106.
「今日はツェザールと彼女のお祝いと、天上世界の安定を願って……乾杯!」
「「「乾杯!」」」
ガイラルが音頭を取って乾杯の声が響き渡る。個室なので気兼ねなく話ができる場所である。
まずは一口ずつお酒を口にし、落ち着いてからツェザールが口を開く。
「フフ、ガイラルの言う通り天上世界の安定は最大の指標だな。これからが忙しくなる」
「地上を焼き払う……本当にやるのか?」
「当然だ。愚か者どもをまず絶滅させてから俺達が地上へ戻るんだ。ここに居るのは仮に過ぎないんだぞ?」
「そうか……」
その話を聞いてガイラルは弱々しく微笑みながらそう呟く。そこでモルゲンがくいっと酒を飲んだ後で首を振りながら言う。
「僕の仕事は終わったから、後は研究機関とやってくれよ? 大量殺人に手を貸すのはごめんだ」
「なにを言っている? お前の能力は高い。地上を焼く魔法弾の製造を……」
「それは他の研究者でもできるだろう? ゆっくりさせてくれ」
「……」
「ははは、モルゲンは天上を浮かす装置のメンテナンスが忙しいだろうから仕方ないんじゃないか?」
ガイラルが進言するとツェザールは口をへの字にして二人に対して目を細めた。少し考えた後、ツェザールはため息を吐いた。
「仕方ない、か。確かにそうかもしれないな。ガイラルは俺のサポートをしてくれるのだろう?」
「まあ、業務についてはもちろん。戦いは全然できないからそこは期待しないで欲しいけど」
「……そうだな」
「み、みなさん凄いんですねえ……!?」
そこでミエリーナが目をパチパチしながら反応する。地上を天上をへ上げた主力がある意味この三人だということを少しの会話で把握したからだ。
「ま、今後の方が大変なんですけどね」
「ふふ、ツェザール様はお二人を頼りにしているんですね?」
「……まあな」
真顔でそう言い、ミエリーナはやっぱりと微笑む。ガイラルとモルゲンはツェザールに彼女とどこで知り合ったのかを尋ねる。
「彼女とはどこで?」
「たまたま見つけたバーでな。いきなり泣き始めたときはどうしようかと思ったぞ」
「あ、あはは……あの時はすみませんでした……」
「なんでまた泣いていたんだい?」
モルゲンが追及するとミエリーナは頬をかきながら上目遣いで話し始める。
「いやあ、両親と喧嘩してしまいまして……魔獣の脅威はかなり無くなったから冒険者なんてやめてくれと言われたんですよね」
「ああ、なるほど。女性が危ないことをするのは両親にとって怖いことだな。僕も妹がいるからよくわかる」
「そ、そうですか……でも、今さら戦い以外のお仕事と言われてもなかなか切り替えが、ですね……」
「それはそうか……ツェザール、彼女になにかお仕事を斡旋できないか?」
ガイラルが尋ねると、ツェザールは少し考えた後で返答をした。
「秘書、というのも冒険者あがりには難しいな。そうだな、今日、話そうと思っていたことを先に言おう」
「なにかあるのか?」
ツェザールはミエリーナに酒を注いでもらいながら身を乗り出して話し出す。個室だがそれでも聞かれたくない話かとガイラルとモルゲンの二人も耳を傾ける。
「……今後、天上のクーデターや地上制圧といった状況に対応するため、部隊を設立しようと思っている。彼女や他の冒険者にはその指導を行ってもらうような形だ」
「私設部隊は好ましくないと思うがねえ? 恐怖政治はすぐに崩れる。それは歴史が証明しているじゃないか」
モルゲンがローストビーフを口にしながら怪訝な顔でツェザールへ告げる。それに対し、肩を竦めてから酒を飲む。
「ふう……言いたいことはわかるがなモルゲン。地上を焼いた後、しばらく静観するが生き残りは必ずいる。それを駆逐するための戦力だ」
「……あくまでも地上を攻撃するため、ってことか。まあ天上はある程度収まったと思うし、アリかもしれないな」
「そういうことだ。ガイラル、モルゲン、お前達も訓練はしてもらうからな?」
「「はあ?」」
そこでツェザールがとんでもないことを言いだしたので二人は間の抜けた声を上げた。
「それはそうだろう? お前達はこの天上を運営するのに必要な人材だ。自衛ができるようになってもらわないとな?」
「護衛をつければいいだけだろう?」
「俺も鍛えるつもりだ。なんせ、勉強ばかりで魔獣の相手などしていなかったからな」
「……なにかあったな?」
ガイラルが目を細めて問うとツェザールが眉をピクリと動かした。ビンゴかとそのまま話を続ける。
「刺客にでも狙われた、ってところか?」
「ふん、相変わらず聡いなガイラル。まあ、そんなところだ。とはいえ後をつけられているなというくらいだが」
「……だが、心配事はあるねえ。彼女ができたんだ、狙われる可能性も高い」
「え、えへへ……」
「ミエリーナは俺より強いがな? そういうわけで、まずは訓練校を開こうと思う。これが今日、彼女を連れてきた理由だ」
「なるほどね。そういうことなら僕は賛成するよ、確かに強くなって損することは無いしね」
「仕方ないか。僕も研究がてら参加させてもらうよ」
「頼む。モルゲンには武器の研究もしてもらうことになるが」
「詰め込み過ぎじゃないかね?」
ガイラルが不敵な笑みを浮かべながら納得したと口にする。モルゲンも渋々だが訓練を受け入れた。追加で面倒な話も、仕方ないと肩を竦めていた。
「しかし戦いかあ……僕にできるかな。クレーチェに怒られないかなモルゲン」
「クレーチェは喜ぶだけだと思うが」
「が、頑張りましょうね! 私もお手伝いしますから……!」
「……それじゃ宴会の続きといこうか」
張り詰めた空気がミエリーナの言葉でフッと切れ、ようやく飲み会の雰囲気になった。
だが、その中でツェザールの瞳だけが怪しく光っていた――
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