104.
「クレーチェ」
「お待たせ。兄さんが引き留めてきて大変だったわ」
「ははは、モルゲンはクレーチェが大事だから仕方ないさ」
「妹離れできないんだから! ……私達、これからどうなるのかしら……ツェザールはなにを考えてこんなことを……」
クレーチェはレストランで待ち合わせをしていたガイラルと挨拶を交わしていた。モルゲンのシスコンはいつものことだと笑い、そこは彼女もいつものことだと肩を竦めて笑う。
しかし着席しながら周囲を気にしつつ小声でツェザールについて話し出す。
「……僕達には特に危害を加えるつもりは無さそうだけど?」
「私と兄さんは、ね。だけどガイラル、あなたはわからないわ」
「……」
クレーチェにじっと目を見つめられると、ガイラルは困った顔で視線を逸らす。実際、ツェザールがクレーチェのことを好きだということは概ね皆が知っていることだ。
モルゲンと共に親友であることは間違いないが、この件に関してガイラルはツェザールに色々と嫌味を言われていた。
「……どうせこれから忙しくなる。ツェザールはこの天上の王になった。選ばれた人間のみの平和な世界。これから食料問題、インフラ……考えることはいくらでもある」
「それもガイラルに頼むんでしょ! あの人、あなたが居ないとなにもできないのに!」
「まあまあ、別に僕が居なければきちんとやるよあいつは」
「そうかなあ……」
ガイラルが組織に入ったのはツェザールに頼まれたからでもあるが、地上の状況はあまり良くなかった。それを変えるためにと奮闘した。
だがここまでするのはガイラルの予想をはるかに越えていた。それでも気づいた時には遅く、できるかぎりのことをして上へ来た。
「あー、もうやめやめ! ツェザールのことを考えると嫌な気分になるわ」
「ははは、そこまで言わなくても」
「兄さんを通して私にアプローチをかけてくるのよ? もうガイラルの彼女だって知っているのに。最悪よ!」
「そうか……」
譲れ、といつも口にしているツェザールを思い出すガイラル。しかし、これはそういう類のものではなく『はいどうぞ』と言えるはずもない。
あるいはクレーチェがツェザールを好きになれば可能性はあるかもしれない。
だけど、彼女は彼を嫌っているし、自分も手放すつもりはないとガイラルは頼んでいたコーヒーを口にしながら考えていた。
「とりあえずご飯を食べようか」
「そうね! 今日は泊りに行ってもいいのよね?」
「ああ。明日は休みだから構わないよ」
まだ空に上がってから数か月。
混乱はまだあるがいくつかの大陸が上がっていて、それを繋げる魔法のおかげで生き残った人間は『選ばれた』のだと店などは通常営業をしていたりする。
「私、ハンバーグ定食!」
「相変わらず好きだな」
「だって美味しいじゃない! ガイラルはサンドイッチとコーンスープなんて少なすぎるわ」
はあ、と苦笑しながら首を振る。やっぱりクレーチェはいつもの癖をしたなとガイラルは微笑んでいた。
その後は仕事や今後のはどうするかといった話を交えて楽しく食事をした。
「あー、食べた! それじゃガイラルんちへゴー!」
「元気だなあ……」
少し酒も飲んだため、気分が良くなったクレーチェはガイラルの手を引っ張って家路につこうとしていた。
普段から物静かなガイラルは自分と性格の違う彼女に振り回されつつも楽しんでいる。
楽しくおしゃべりをしながら彼女と二人で歩いていると――
「よう、ガイラルにクレーチェ」
「ツェザールじゃないか。こんばんは」
「……こんばんは」
くすんだ灰色の髪をしたスーツ姿の男がニヤニヤと笑みを浮かべながら声をかけてきた。
そんな彼に対して微笑みながら返すガイラル。それとは裏腹にクレーチェが心底嫌そうな顔で挨拶を返す。ツェザールはフッと鼻を鳴らしてから一歩近づいてきた。
「デート中か?」
「まあ、そうだね」
「……!」
「ふふ」
ガイラルは特に気にせず頭をかきながらそう返すとツェザールは眉を動かし、クレーチェが苦笑する。
一瞬、黙り込んだ後でツェザールが口を開く。
「気楽なものだな。俺は大陸の平穏と地上制圧に頭を悩ませているってのによ」
「それは当然でしょ? あなたが考えた計画なんだから責任をもつべきだわ」
「いやいや、こいつもそれに乗ったんだ、こんなところで油を売ってないでもっと協力をしてもらわないと」
「僕は僕なりにやっていると思っているけどね?」
「……っ。俺の腰ぎんちゃくのくせに生意気を言うな。……なあ、クレーチェ。俺はこれから天上、地上の王となる。こんな奴よりずっと上になる。だから俺のモノになれ」
道の途中でツェザールはそんなことを口にした。二人は顔を見合わせた後、肩を竦めて彼へと返す。
「まだそんなことを言っているの? 私はあんたには興味が無いっていつも言っているわよね?」
「僕の居る前でよくそんなことが言えるなあ」
「……」
この答えもまた、いつものこと。これが覆ることはガイラルとクレーチェの心変わりが無い限りあり得ない。
先ほどまでにやけていた表情を真顔にしてツェザールはガイラルを睨みつけた。
「ふん、いつか必ず俺の方がいいと言わせて見せる……!」
「あんたはちゃんとこの天上について考えることよ。最後まで責任を取りなさい!」
「……チッ」
クレーチェにそう言われてしまい、ツェザールは舌打ちをしながら退散した。ガイラルは大きくため息を吐きながら頬を掻く。
「まったく、我が親友ながら恐ろしいな」
「本当よ。……地上を焼き払うなんて計画……本当はガイラルにもやって欲しくないんだけど、ね……」
「……そうだね」
ツェザールの背中を見送りながら二人はそんなことを呟いていた――
◆ ◇ ◆
「ガイラルの奴め……相変わらず苛立たしい。クレーチェは欲しいがあいつの力はまだ必要だ」
悪態を付きながら政治局へと戻る。
重要人物なのに車の一つも乗っていないが、本人がそうしたいと言ったからである。自衛が出来る程度には彼は強い。
「クレーチェはどうしてあんな弱そうな奴を好む? 強く、地位のある人間こそ至高だろう。……酒でも飲んでいくか」
そこでオシャレな酒場を見つけて適当に飲んでいこうとツェザールは足を止めた。中へ入ると客はそれほど多くなく悪くないなと判断した。カウンターに座るとマスターらしき男が眼を見開いて驚いていた
「あなたは……!?」
「知っているのか?」
「それはもう……この天上を作った方ですし……」
「ふふ、まあな」
そう、これが自然な対応だとほくそ笑む。そこでもしかしたら距離が近すぎて凄さが分からないのかもしれないと思い当たる。
「はあ……」
そう思っていると、カウンターの隅に黒髪の女が座ってため息をついていることに気づく。長い髪に顔立ちは美人というより可愛いという感じだ。
「ほう……ああ、とりあえずワインを」
「かしこまりました」
悪くない。ツェザールはそう思いながら横目で見つつ飲み物を頼む。
なにやら落ち込んだ様子を見せている彼女を気にしていたら、はたと目が合った。
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