103.
――天上
5000年ほど前に地上であった人間同士の戦争という厄災から逃れるために一部の選ばれた者が空へ逃げた。
大地は魔法と魔石と呼ばれる石で大陸ごと空に浮かすという大仰な細工を施し、争いを回避することに成功したのだ。
そして空から地上を焼き払い、残った人間の約九割を死に至らしめることになった。
さらにモルゲン博士が作ったコールドスリープ装置を使い”来るべき日”まで眠りにつく――
「それが基本的な天上のことだ」
「……」
ディダイトがガイラルから聞いた話をエリザに話し出した。聞けばおぞましいほど血塗られた存在だと言っているようなものだった。エリザは無言で顔を青くしている。
「……そもそも、戦いの理由はなんだったのですか?」
「父上が言うには国家間の争いらしい。今でこそ地上はこういう感じだけど、もっと栄えていて車などももっと普通に走っていたらしい。増えすぎた人間の住む場所を得る……そのために始めた戦い」
「それをツェザールという天上人の首魁がやった、と」
「ああ」
そこでツェザールの名を口にすると、特に考えるということもなくディダイトが肯定した。エリザはそのまま父、ガイラルについて尋ねる。
「それで父上が騙された、というのは……」
「それを話すには順序が必要でね。ま、座ってくれよエリザ」
「あ、はい」
兄であるディダイトが珍しく困った顔で笑い、口にしにくいことかと推察する。
あまり表立ってこないが、母親と同じく優しい人物である彼のこういう表情は子供のころ以外に見たことが無いなとエリザは考える。
「(いや、お兄様とまともに話をしなくなったから、かも。カイルと結婚式を上げようとしたあの日から……)」
五年前の事件を思い返して目を伏せる。それに気づいたディダイトが考えこもうとしているエリザの思考を逸らすため口を開いた。
「さて、父上の話だけど……結構、胸糞悪い話になる。いいかい?」
「ええ」
「では――」
続けるよ? と、ディダイトが語り出す。その内容はとんでもなく醜悪で独善的なものだった。
まず、天上に上がった父上とツェザールの関係についてガイラルから聞いたことをエリザに告げる。
ガイラル、ツェザール、そしてモルゲンの三人は地上に居る際、親友と呼べる間柄だった。
通常の学生をしていたころはそれこそ、悪友とも呼べるようなことをしていた三人組として、有名だった。
そんな彼等は就職した先は政治にまつわる機関だった。政府、と呼ばれるその場所で管理をするガイラルとツェザール。モルゲンは研究機関に入っていた。
「政府……」
「まあ、僕……私達でいう大臣などが集まって
「それで?」
エリザが続きを促す。ディダイトは頷いてから言う。
「平和だった日々にやがて戦争が始まった。まさに血で血を洗う侵略戦争。そして仕掛けた側は……父上たちの国だった」
「……」
ガイラルやツェザールが組織で働く中で、食料難や住む場所が切迫していることは把握していた。何とかしなければ。誰もがそう思うが手立てなどない。混沌とした丸いレールの上をぐるぐると回されている状況。
そんな混沌に引き金を引いたのは他ならぬツェザールだった。
『人を減らす。それしかないのでは? 他国を攻め落とし、我等の国民を住まわせる以外ないでしょう』
それに殆どの人間が賛同・承認をすることで泥沼の戦争が始まった。
「しかし、ただ、戦うと宣言するだけでは難しいのでは?」
「時代背景が凄かったみたいだからね。我々の使っている銃などより上の性能を持った武器がたくさんあった、と言っていたよ」
「今よりも……?」
もっと大きな重火器などもあったと語る。
ガイラルはある程度持ち出し、再現できたと言っていた。だが、本来であればもっと強力な武器が存在したことも話していた。
「その後はさっき話した通り、地上は泥沼の争い。そしてモルゲンが用意していた浮遊大陸で天上へと至った、ということらしい」
「ではお父様はその時に……?」
「……全てはツェザールの計画通りだった。そして当時、モルゲンの妹である我等の母、クレーチェが好きだったそうだ」
「え?」
「だが、父上が好きだった母上はツェザールを求婚を断った。それでも欲しかった彼は父上を地上派遣部隊に任命した……」
「ライバルが居なければ手に入る。そういうことでしょうね。やり方が汚い……」
肉親である妹をモルゲンも説得した。ガイラルとのことは応援していたものの、地上へなどやるわけにはいかない――
◆ ◇ ◆
「兄さんには関係ないわ! ツェザールさんがしつこいのをなんとかしてよ! ……というか、まさかこんな計画があったとはね……」
「……今やこの天上の王だからねえ。僕もこんなことになるとは思わなかった」
「今更なにを言っているの? ……あれじゃ独裁者じゃない。世界のためと吹聴して虐殺したのは兄さんも同罪よ! ……私はガイラルについていくからね」
天上に上がってから数か月後――
クレーチェとモルゲンは浮遊大陸に設置された自宅で言い争いをしていた。数年後に開始される地上制圧のために送り込まれる人員の選定にガイラルが選ばれたことに、恋人であるクレーチェが作戦の一端を担っているモルゲンに怒りを露わにしていたのだ。
「地上は危ない。頼むからそれだけはやめてくれないかね?」
「断るわ! 兄さんがツェザールの計画に乗らないなら考えてもいいけど? ガイラルが気に入らないからって地上に送る? ふざけないで」
「むう……」
モルゲンはそう言われて冷や汗を掻く。クレーチェは自分と同じで頑固な性格をしているため、どう説得するべきかと。
しかし、すでに計画は進んでいるためツェザールを捨てるとなると自分の命が危ないとも。
「それじゃちょっとガイラルのところに行ってくるわ。夜までに……とは言っても、感覚がわからないけど」
「……ああ、いってらっしゃい。ガイラルによろしく言っておいてくれ」
「あの人、優しいから兄さんにも強く言わないのよね……二人にガツンと言って欲しいんだけど……」
「ま、ガイラルだからねえ。それでも、剣の腕は折り紙付きだ」
「兄さんとガイラルでツェザールに強く言ったら? それじゃ」
そういってクレーチェは出ていく。まだこの辺りは冗談で済む時期だった。
しかし、ツェザールは――
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