102.
散歩ついでの昼食に向かったカイル。
その足はもちろんゼルトナの店へ向いていた。シュナイダーの快復祝いを兼ねてゼルトナとも話をしたいと考えていたからだ。
「居るかい?」
『いらっしゃいませー!』
「わふん」
「お前は食べに来た側だからな?」
店の扉を元気よく開け放ち大声をあげるイリス。彼女の頭を撫でながらカイルが店へ入ると、やけに静かだなと感じた。
「ああ、いらっしゃいカイルさん」
「あれ? サリーちゃんだけか、ゼルトナ爺さんは?」
「遠征から帰って来て、店に顔を出していないのよ。どこに行っているのやら! というか、城が忙しいみたいだしそっちに行ってるんじゃないないの?」
「ああ……」
生返事で答えたカイルはゼルトナの姿を見ていないなと思っていた。この店に戻って調べものをしていたものだと思っていたが、そうではないことを知る。
『ハンバーグはありませんか……?』
「あるある! おねえさんが作ってあげるよ!」
『やったー!』
「きゅふーん!」
ゼルトナが居ないことを特に気にした風もなくサリーがイリスにハンバーグを作ると力こぶを作っていた。
そのままハンバーグを作ると厨房へ行く。
イリスは大喜びでカウンターの椅子に着席すると、シュナイダーはイリスの膝に乗って丸まった。
「あ、魔獣は良くないな」
「うーん、まあいいわよ。お客さん誰も居ないしね」
「すまない」
カイルもイリスの隣に座りながら謝罪を口にして料理を待つ。シュナイダーと戯れているイリスを尻目に、カイルはゆっくりと考える時間ができたと思案し始めた。
「(皇帝が目を覚ませば恐らく天上人のことを話すはず。問題はこちらから打って出る手が無いことなんだよな……飛行船では雲の上まではいけない……)」
ガイラル皇帝が寝ている間にも天上人は準備を進めている。もちろん反撃をするための準備を整えるつもりだが、指針となる指導者が居なければ動きようがない。
「皇帝のやつあのままくたばらないだろうな……やることはまだたくさんあるんだぞ……? エリザのことも――」
そこで復讐相手であるガイラルを心配している自分に気が付いた。カイルはそこで頭を抱えてカウンターに肘をついて渋い顔をする。
『おじいちゃんがどうしたですか?』
「あー、気にするな。早く眼が覚めるといいなって思ったんだよ」
『そうですね……いっぱい血が出てました……』
イリスがシュナイダーの頭に手を置いて心配そうな表情を見せた。カイルはそれを見て、最初に出会った時は本当に感情らしいものが無かったのに変わったなと、苦笑しながらイリスの頭を撫でてやる。
ガイラルにも『おじいちゃん』と懐いているため死なれるのは困る。自分が殺してしまったらイリスはどう思うだろうとも考えてしまった。
「はーい、お待たせ! サリーさん特製花丸ハンバーグだよー!」
『あ! お花の形をしてます! ……うー』
「きゅん?」
「お、どうした? 食べたかったんだろ?」
最初は喜んでいたイリスが花丸ハンバーグを前にして唸り出した。不思議に思ったシュナイダーとカイルが声をかけるとイリスは困った顔でカイルの袖を引っ張ってきた。
『可愛いです……だから食べるのが可哀想な気がしました……』
「あはは、イリスちゃん可愛いわねえ。大丈夫よ、食べてもらうために作ったんだから! 全部食べちゃってね」
『いいんですか? ……はぁい!』
「ほら、シュナイダーはこっちだ」
「うぉふ♪」
カイルがもってきたシュナイダー用の皿にハンバーグを乗せるとイリスの膝から大喜びで飛び降りて食らいついた。傷の快復はこれでいいかとカイルもハンバーグを食べ始めた。
「(一度、皇帝のところにも顔を出しておくか。エリザの兄であるディダイトにも、俺達のことを話しておかないとな……)」
◆ ◇ ◆
――ガイラルの私室
「エリザです」
「入っていいよ」
カイルと別れた後、エリザは父ガイラルの下へやって来た。容態を見るために。意外だったのは扉から返って来た返事が医師ではなく兄だったことだ。
エリザは部屋に入るとガイラルの横に静かに座っているディダイトの下へ歩いて行く。
「父上はまだ目を覚まさない。第六大隊の副隊長に診てもらっているけど、命に別条は無いらしい」
「そう、ですか。お兄様はどうしてここに?」
「ははは、父上を心配するのは当然だろう? ……まあ、確かにここ最近の私は姿を見せていなかったからね」
「ええ……冷たい、というわけではありませんが皆が困っている時に居なかったので……」
ディダイトは少し前まであちこちに顔を出していたので気さくな皇太子として親しまれていた。しかし、ちょうどイリスが居た『遺跡』を見つけたあたりから部屋にこもることが多くなっていた。
「ま、父上に言われていたからね。『自分になにかあった時のため』に私に色々なことを教えてくれたのさ」
「……? 元々王位継承をするのだからそれはやっていたのでは?」
当然のことだとエリザが首を傾げていると、兄であるディダイトはゆっくりと首を振ってから真顔になる。
「もちろん『通常』の公務なんかは殆ど叩き込まれている。あの日から教えてもらったのは、私達の明確な敵のことさ」
「敵……。まさか……!?」
「そう『天上人』のことだ」
エリザは目を見開いて父と兄を交互に見た。あれからかなり月日が経っているが、そんなに前から教えていたのかと驚愕する。
『遺跡』には‟終末の子”というイリスが居た。『遺跡』が見つかった時点で天上人が攻めてくることが分かっていたのかもしれないと訝しむ。
「確かに‟終末の子”は天上人の戦力にすると言っていたから……あれ? でもお父様は天上から派遣されたはずよ……?」
「……」
そこでエリザは奇妙な矛盾に行きあたる。それは恐らくカイルも気づいていなかったこと。
それは――
「まさか終末の子の居場所を教えてもらえていなかった……?」
――ガイラルは終末の子の子に居場所を知らなかったことである。もし知っているのであればすぐに開けて自分の戦力にするべきなのだと。そこで不穏な表情をしたディダイトが口を開く。
「その通り。父上は捨て石になる予定だったんだ。天上人の王、ツェザールの策略によって――」
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