98.

 ――ゲラート帝国


「ふう……」


 第六大隊(衛生兵)の隊長、カーミルが書類から目を離して一息ついていて壁にかかった時計を見る。

 示す時刻はそろそろ0時を越えようとしていた。


「いつの間にかこんな時間か。そういえばお腹がすいたな」


 そう呟きながらカーミルはすでに冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干して立ち上がる。行く先は隊舎の外にある夜中でもやっている酒場だ。


「フレーヤはカイルを追いかけることも無く、エリザ嬢もしっかり兄上の補佐をしている、と」


 出がけにカイルとガイラルに頼まれたことを煙草に火をつけながら口にし、庭を歩いて行く。

 大隊長の中で一番頭が回り、衛生兵という役職、それと信用度から彼女に色々と託していたのだ。


「二人のおもりは構わないけど、現場仕事を回すのは止めて欲しいわね。……にしても、カイルの『頭』はやばい。あいつの強みは技術開発とそれを十全で使えることだと思っていたけど――」


 先ほど睨めっこしていた資料を思い出して肩を竦めて紫煙を吐く。ガイラルからカイルのことを秘密に教えてもらっていたのだが‟終末の子”のプロトタイプだと知ればわかる気がする。


「全体の身体能力は通常の人類より遥かに上。それはこっちに残っているミサを検査したから間違いない……。カイルは身体能力プラス頭脳をいじられているって感じね。あら……?」


 ブツブツと資料を思い返しながら明日以降、エリザに頼むことを考えていると技術開発局の棟に灯りがついていることに気づく。


「私以外に頑張っているヤツが居るのか。……ふむ、このまま一人で行くのも味気ないし」


 と、足を技術開発局へ向けてほくそ笑む。

 どうせ飲むなら誰かを巻き込んでやろうといういたずら心に火がついた。

 ゆっくりを歩きながら草むらから虫の合唱を聞いて、秋が近くなってきたなと思っているとやがて技術開発局へ到着。


「お邪魔しますよっとね」

「おや、カーミル隊長?」


 入口はセキュリティが強いので呼び出しするかと考えていたが、ちょうどばったり局員と遭遇。だが、白衣を着ていないところを見ると帰りらしい。


「こんばんはー。今帰り?」

「ええ、どうしたんです?」

「ちょっと酒場へ行こうかと思って。どう?」

「はは、自分は家族が待っていますのですみません。他は……そうだ、まだ局長が残っているので誘ってみては?」

「ありがとう」


 身分証を見せるカーミルに、局員がセキュリティを開けてくれると言った瞬間――



「な、なんだ!?」

「爆発音……! セボックの奴、なにか失敗でもやらかしたか?」


 ――棟が震え、爆発音がカーミルと局員の耳をつんざいた。残っている人間は局長であるセボックのみということを聞いて彼女は舌打ちをする。


「そのようは実験はしていなかったと……」

「私が見てくる。君は他に人を集めてくれ。といっても先ほどの音で集まってくると思うけど」

「は、はい! カーミル隊長、お任せします!」

「ああ。ケガをしていても私は衛生兵の隊長だ、なんとかするさ」


 それを聞いた局員は何度か頷いてから外へ出ていき、カーミルはセキュリティを解除してもらった棟の中へ駆けて行く。


「あいつがなにかを間違えることは滅多にないんだがな……!」


 カイルの後釜に入ったセボックは局長という隊長クラスの職位があるので顔を合わせることが多い。もちろん食堂でご飯を食べたり、飲みに行くこともある。

 それゆえに残っている者が彼だと思って声をかけるつもりだったのだが、まさか事故に遭遇するとは思わなかった。


「どこだ……?」


 階段を使って三階まで到達するも一、二階と同じく特に変化はない。カーミルは記憶を辿り、実験室へ向かうことにした。


「……! 煙が……!」


 実験室に到着すると扉が開いており、そこから煙が噴き出していた。すぐに口にハンカチを当て、身を低くし実験室へと踏み込んでいく。


「セボック、無事か!」

「……! カーミル!? どうしてここに、もう誰も居ないはず……!」


 カーミルを見て驚愕の表情を見せるセボック。

 その姿は白衣ではなく普段着だった。更衣室に行けばそのまま帰宅するから『実験場』で制服を着ていないのはおかしいと瞬時に判断するカーミル。

 

「お前、一体何を――」

「見られたか」


 カーミルが問いただそうと口を開いたところで、煙の中から知らない男の声が聞こえて来た。警戒しながら注視していると細身の男がゆらりと出て来た。その姿は……カイル達と戦っていたはずの#ウォール__・__#だった。


「悪いなお嬢さん、こいつはウチが貰っていく」

「なんだと……? どういうことだ」

「……」

「答えろセボック! どういうことだ!!」


 目を細めて尋ねるが視線を反らして黙り込むセボック。その態度に激高したカーミルが叫ぶと彼の横に立っていたウォールが口を開く。


「さっきも言ったがこの男は貰っていく。なに人質とかじゃあない。我々の研究者として働いてもらう」

「貴様……何者だ?」

「オレの名はウォール。あんた達の王様が天上人と呼んでいる者だよ」

「……!」


 まさか入り込まれているとは……。ハンカチの下で唇を噛みながら冷や汗をかく。この男の口ぶりだとセボックは『スカウト』されたのかと考えを巡らせる。


「陛下やお前を後任にしたカイルを裏切るというのかセボック」

「……」

「だんまりか、まあいい。ここから逃げられると思――」

「――さい」

「ん?」


 ずっと黙っていたセボックがポツリと呟き、それをカーミルが聞き逃さなかった。尋ね返そうとしたがその前に彼は捲し立てるように口を開く。


「うるさい……! 陛下とカイルを裏切るだと……? 俺は……こんなところで終わる男じゃない……。カイルなんて足元にも及ばない力があるんだ! それに……」

「……それに?」

「本当に天上人と戦えると思っているのか? ウォールから聞く限り地上人が勝てる要素などない! 空からの大砲が……ぐほっ!?」

「そこまでだ。ぺらぺらと喋ってもらっては困るな? まあ、そういうわけでこの男……それと何人かいただいていくよ」

「待て……!」


 セボックを気絶させて肩に担ぎ、空いた手には研究資料や道具などが入ったカバンを持っていた。まずい。そう判断したカーミルはこれ以上の時間稼ぎは難しいとハンドガンを懐から出して発砲する。


「お嬢さんは衛生兵だったな? それじゃあオレには当たらない。この国のことはあらかた調査させてもらった」

「私は三十五だ、お嬢さんなどと呼ばれては照れてしまうな……!」

「……!」


 ハンドガンの弾を回避し続けて派手に空いた壁から逃げようとステップを踏むウォール。

 カーミルは移動しながら実験場の机の上にあったライフルを手にかける。


「セボック君に当たるぞ」

「構うか。裏切り者だから……な!!」

「ふん」

「ぐっ……!?」


 本気の目だと感じ取ったウォールはカバンを一瞬上に放り投げ、カーミルの視線を動かした後、ダガーを投げた。

 ダガーはカーミルの左肩に突き刺さり白衣が赤く染まっていく。咄嗟に身を翻したので心臓に直撃は免れた形だ。


「くそ……! 増援は!」

「残念だけど時間切れだ。もう会うことはないだろう。地上制圧まで楽しみにしておくのだね」

「ま、て……!」


 片膝をついて叫ぶもウォールは空いた壁の穴から闇の中へ踊り出ていった。後を追おうと動こうとしたが、出血が酷くなりカーミルはその場に倒れこんだ。

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