97.
「状況は?」
「太ももの大きい血管をやられているので出血が酷く……」
「しっかりしてくれよ医療班! 輸血は持ってきているんだろ!」
飛空船に戻った一行はすぐに帝国へ向けて出発。
モルゲン博士を捜索する部隊を使うか話し合ったが、見つからないであろうことと、終末の子が手札にある彼を相手に出来る人間が居ないため下手に犠牲が増えるのを避けるため追わないことにした。
それよりも傷を負ったガイラルの容態が芳しくないという報告の方が重要だった。
「え、ええ、それはもちろん。ディリンジャー少尉に言われて余分に。それでも元々輸血の予備は多くないので」
「……確かにな。すまん」
「いえ。陛下のご心配はごもっともです」
カイルは激昂したことを謝罪し、医療班の男は首を振って問題ないと口にする。万が一を考えてカイルの指示で輸血用パックを持って来たが、大動脈をやられたため予想外の出血をしていた。
歯噛みするカイルにイリスが裾を引っ張りながら口を開く。
『お父さん。お爺ちゃんは大丈夫です?』
「ん……。ああ、大丈夫だ」
『いっぱいできるからお父さんが治せないですか?』
「む」
そう言われてカイルは口ごもる。
確かに技術開発局に居た頃は色々と覚えるため医療技術も会得していたなと思い出す。少し考えた後、前に居る医療スタッフに話しかけた。
「俺も手術に参加させてくれ」
「え!? いや、素人には――」
「こいつがあれば問題ないだろ」
「それはマスタークラスの免許……!? ディリンジャー少尉あなたは一体……」
「お前は知らないか。こいつは元・技術開発局長だぞ。それに陛下の娘と結婚している。いわば身内だ構わんだろ」
「ゼルトナ爺さん」
カイルが返事をしようとした瞬間、ゼルトナが耳をほじりながら部屋に入ってきた。二人の顔を見合わせていた医療班の男がカイルへ向き直り敬礼をする。
「承知しました。ではディリンジャー少尉はこちらへお願いします」
「サンキュー。ちょっと行ってくるぜイリス。爺さんを元気にしてくる」
『はい! 頑張ってください!』
「ゼルトナ爺さん、イリスを頼むぜ」
「わかっとるわい」
カイルが医療班の男と一緒に治療室へ入っていく。その姿を見送った後、ブロウエルがぽつりと呟く。
「……我が身が不甲斐ない。老いたものだ」
「仕方ねえだろ。おめえとガイラルは冷凍睡眠装置から出ちまったからな。良く動いている方だぜ?」
「そうは言いますが、全盛期ならモルゲンどころか終末の子相手でも勝てていたはず」
「ま、こればっかりは仕方ないさ。相手は少し前まで眠っていたような奴なんだろ。とりあえず飯でも食って体力を回復させとこうぜ。イリスはハンバーグでいいよな?」
『ハンバーグ!!』
「……」
両手を上げて喜ぶイリスを見て帽子の唾を持って位置を直すブロウエル。二人の後を追う途中、そこでふと、奇妙なことに気づいた。
「……そういえばモルゲン博士は我々ほどではないが歳を食っていたような気がするな? ウォールは変わっていなかったが」
それがどういうことか思案する間もなく、ブロウエルは終末の子の一人、リッカに話しかけられた。表情は少し困惑しているように見えた。
「あの、ブロウエル様」
「どうしたリッカ。なにか気になることでもあるのか? それとも怪我をしたか? 治療なら医療班に――」
そういえばあの戦闘は終末の子を二人相手取っていたと思い出し、ガイラルのことばかり気にかけて過ぎてしまったと眉間に皺を寄せる。他の二人もと口にしようとしたところでリッカが叫ぶ。
「と、歳を取ってもブロウエル様はカッコイイですから……!! いやあああ言っちゃったぁぁぁぁ!」
リッカは言うだけ言ってその場を駆け出していく。あっけに取られたブロウエルは止めることが出来ずにそのまま立ち止まって見送った。
「……フッ」
「へっ、仏頂面が珍しいじゃねえか」
『たいさ笑ってるの初めて見ました!』
「……見ていたのか。趣味が悪いぞゼルトナ殿」
「ついてきてねえから戻ってきたんだよ。いいじゃねぇか。……どうせこれからもっと忙しくなる。今回は少しミスったとはいえガイラルは生き残った」
「……」
くっくと笑っていたゼルトナが神妙な顔に戻りそんなことを言う。
戻れば侵攻に向けての準備が始まるため、今回のような『戦闘はできない』と暗に言われているとすぐに判断した。
特例でガイラルの依頼もあってついてきたが、今後は天上人との『戦争』になる。
そうなればガイラルの傍ではなく部隊の指揮に戻らなければならないので守ることが出来なくなるのだ。
「鍵はやはり終末の子か。陛下の下に集ってもらう必要があるな」
「そこはガイラルが回復してからだな。終末の子は向こうに二人、こちらに四人。まだなんとなるだろ?」
「……」
『?』
ブロウエルがイリスを見ながら目を細める。そして帽子の唾を直してから前を向いて言う。
「三人だ。イリスは小さい。戦争ともなれば巻き込まれて潰れる可能性がある。カイルと共に陛下と一緒に居てもらう方がいいだろう」
「ま、それもそうか」
『よくわからないですけど、ハンバーグが食べたいです』
「そうだな。他の者も呼んで一緒に食べるとしようか」
ブロウエルがイリスにそう言うと、彼女は満面の笑みで頷いた。いつからこのように表情豊かになっただろうかと思案する。
「(それもカイルの力か。陛下を頼むぞ、カイル。戦争まで時間がある……。私は――)」
◆ ◇ ◆
「な、なんだこの人……」
「無駄口を叩くな。輸血は少ないんだ、とっとと縫合をするぞ」
「技術開発局長が医療技術を持っているとは……。ディリンジャー少尉、これを」
「おう。麻酔が効いているから俺達の大変さはわからねえだろう。起きた時、皇帝に感謝させてやろうぜ」
「無駄口が多いのはあんたじゃ……痛!?」
カイルは汗をかきながら憎まれ口を叩いていた。予想以上に出血が多く、気を落ち着かせるため周りを巻き込んでの行動だった。
「……よし、これで出血は止まる。あとは傷口を閉じて終わりだ」
「すげえ……」
「後は輸血だ。それは頼むぜ」
「ええ」
「ふう……俺は休むぞ……」
カイルがマスクと髪の毛を隠していた帽子を取って部屋を出ていく。死ぬようなレベルではなかったが後遺症が心配だったため自分がやって良かったと感じていた。
「タバコ……は部屋か。仕方ねえ、我慢するか、病人の前だしな。それにしてもモルゲンのヤツはこの後、どう仕掛けてくる?」
その辺に座り込んで先のことを考える。しかし、まずは帝国へ戻ってからかと、息を吐く。
「そういやウォールのやつが意味深なことを口にしていたな……? ありゃどういう意味だ?」
カイルが顎に手を当てて目を細めて呟く。帝国になにかを仕掛けたのか?
その答えは、帝国に戻ってからすぐに知ることになる――
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