93.

 

「降りる場所がねえな」

「空中で制止させて梯子で降りれば問題ない。ゼルトナ、預けるぞ」

「任しとけって。終末の子がこれだけ居ればあのイカれた博士も倒せるだろうぜ、頑張ってきな」

「この風はちと不安だがな」


 防寒服を着ながら窓の外を確認するカイルがため息を吐きながらぼやく。残り二人の終末の子を回収するため、リッカが居たユーロバー王国から近いロンダル共和国の『遺跡』へと到着していた。

 帝国からかなり北の方へ位置する場所で、『遺跡』は雪山の中にあるのだが運悪く天候は悪く、吹雪いていたのだ。

 カイルは飛行船が落ちないか心配しつつ、今度はイリスへ防寒服を着せるため膝をつく。


「ほらバンザイ」

『はーい』

『イリスちゃんはお留守番をしないのですか?』

「こいつも"終末の子”だからな。それに見ていないと勝手に飛び出す恐れがある」

『……この子は』

「我々は先に行くぞ。用意が出来たら降りてこい」

「ん? なんだシチ?」

『あ、いえ……先に行っています』


 少し前に開放した終末の子であるシチがイリスを見てなにかを言いかけたが、ガイラルに促されてこの場を後にする。


「なんだ?」

「気にするな。リッカ、行くぞ」

『あ、了解であります!』

「ちょっと待ってくれよ!?」

『お父さん、手袋が欲しいです! ……シューはまだおねんねですか?』


 カイルが訝しんでいる中、ブロウエルとリッカも作戦室から出ていくとイリスが寂し気な顔でカイルを見上げて倒れたシュナイダーの心配を口にしていた。

 

「……ちょっと傷が深いから今回もお休みだ。戻ってきたらお見舞いへ行ってやろうな」

『はい……。大丈夫かな、シュー……』

「……」


 状況は悪い。

 元々、実験動物扱いで全身をいじり倒されているため他の魔獣よりも寿命は長くないであろうとカイルは思っていた。それでも改造された恩恵で傷の治りは早いという部分はあったのだが――


「(傷が深かったとはいえ今回は芳しくないからこれ以上は戦いをさせない方がいいだろうな。死んだりしたらイリスが泣きそうだしな……)」


 カイルはイリスに手袋とフードを被せてから手を繋ぐとそのままシュナイダーの居る医療室へと向かう。心配そうにしているイリスへ無事であることの確認をさせるためだった。


『シュー、寝てる?』

「みたいだな。背中が動いているからちゃんと生きているぞ」

『うん。行ってきますー』


 ケージの中で治療を受けているシュナイダーを見て微笑むイリスにカイルが『随分表情が出るようになった』と驚きを見せる。そこで声に気づいた彼がうっすらと目を開けてから一声鳴いた。


「わふ……」

『また後で!』

「大人しくしていろよ?」

「ひゅーん……」


 仕方ないと再び目を瞑るシュナイダー。

 それを見届けた二人はいよいよ『遺跡』へと向かうため梯子を下りていく。


「ぶわ!? こりゃすげえな……」

『冷たいです!』


「来たか」


 先に待っていたガイラルがイリスのフードに積もった雪を払いながら言い、カイルが無言で頷くとヤアナが大剣を肩に担いでから歩き出す。


『……すでに人が立ち入った跡がある。恐らく戦いは避けられない』

『まさか"終末の子”同士で戦い合うとは思いませんでしたよ』

『そうですね。ですが、モルゲン博士が単体でわたし達を解放しに来たところを見るとガイラル様が裏切ることを見越していたような気もします』


 ヤアナが呟くと、シチとリッカも後に続きながら推測を口にする。さらにその後ろに居るガイラルとブロウエルはその言葉になにか返すことなく彼らの背中を見ながらゆっくりと歩いていた。


「……ちっ、随分歩きやすくなってんな。こりゃあの博士とウォールが先に来てもう解放は間違いないな。もう出ている可能性もあるんじゃないか?」

「いや、それは無い。あいつの目的は"終末の子”。天上側の戦力にするためこちらの四人も手駒にしたいはず。時間的にもう一人は手に入れているはずだからここが最後の正念場となるだろう」

「最後……いや、それは早すぎるだろうってそういやあいつらの移動手段はなんだ? 二回出会っているが、場所はともかく先回り出来ているのはおかしくないか?」

「ヤツなら自動車の一つや二つは持っているだろうから不思議ではないぞ? もしかすると小型の飛空船があるかもしれん」

「マジか……」


 カイルが肩を竦めているとブロウエルが帽子の位置を直しながら口を開く。


「お前が発明した飛空船や自動車も、もっと雑なものだったがモルゲン博士も作っていたのだ。生体研究にシフトしてからそのあたりの研究は放置されていたが」

『俺達は改造する時の博士しか知らないがやっぱり頭はいいんだな』

『ブロウエル様には勝てませんが』

『そりゃリッカの趣味じゃないか……』

「ほら、ブロウエルのことより先を急ぐぞ」

「だな。……こっちだ」


 少し緊張がほぐれてフッと笑うガイラル。

 凍れる『遺跡』は山中に作られていたが地下へ降りていくタイプではなく巨大な迷路のように一フロアで完結している作りということをカイルは見抜いていた。さらに誰かが通った跡があるため行軍はスムーズにいく……と思っていたが、わざと行き止まりに足跡をつけるなど小賢しい真似をしていたようで何度かダミートラップを解除する羽目になっていたりする。


「だぁー!! あのクソ眼鏡意地の悪い真似をするじゃねえか!」

「そうだな。あいつはいつもこうやって人をからかう真似をする。私の妻……やつの妹でもあるクレーチェと幼少のころよく遊んでいたが、木の上から蛇のおもちゃを投げてくるとかしょっちゅうだったぞ。その度、クレーチェに引っぱたかれていたもんだ」

「皇帝……」


 ガイラルが懐かしいといった調子で昔話をすることにカイルが驚く。自分とエリザを引き離した理由はまだきちんと聞けていない。が、ここまでの旅でガイラルが『意味のないこと』をしないというのを分かってきたカイルは、どうしてエリザと自分を無理やり引き剥がしたのか疑問を持っていた。


「おっと、話が過ぎたな。昔はどうあれ今は敵。……そうだな、モルゲン?」

「……!?」


 ガイラルが足を止めて正面に向かってそう言うと、いつの間にか目の前にモルゲン博士とウォール。それと見知らぬ少年と少女が立っていた。そしてガイラルの言葉に対して愉快だとモルゲン博士が顎に手を置いて首を鳴らす。


「くっく、あの時に始末しておけばこんなことにはならなかったから僕もまだまだだよ」


 笑うモルゲン博士にガイラルは口を結んで目を細めた。そこでリッカが槌を両手に持ってから口を開く。


『待っていた、というのか?』

「その通りだお嬢さん。ここでガイラルとブロウエルを倒せばお前達終末の子を再調整して戦力に出来る。こっちも二人、調整済みだ。数では負けないぞ?」

「ほざけよウォール。そろそろこの追いかけっこも飽きてきたところだ、始末されんのは……てめえらだ」

『行きます……!』


 カイルが銃口をウォールへ向けたその時、その場にいた全員が武器を構え――


「これで終わりにしてやるぜ!」

「ひゃっは……! 来いプロトタイプ・カイル! お前の頭脳は使えるからな!」

「それをさせる私ではないぞ……!!」

『俺達はあの二人と戦う、博士は任せる!』


 ――発砲と同時に戦闘が開始された!

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