81.

 

 「カイル! 一体どういうことだ!」

 「エリザ? どうしたんだいきなり」

 『エリザお姉さんです!』

 「わおわおーん♪」

 「ああああ……はいはい、分かったからちょっと大人しくしててね?」


 ――公園でガイラルと話をしてから数日。

 

 カイルの体調はほぼ回復し、一度隊に顔を出そうかと思って部屋で寝転んでいたところにエリザが物凄い剣幕で自宅へ突撃してきた。

 群がるイリスとシュナイダーを脇に抱えて椅子に座らせたエリザはくしゃくしゃになった紙を広げてカイルに突きつけながら憤慨する。


 「これはどういうことだ!」

 「なんだよ急に……これはどういうことだよ!?」

 「私が聞いているの!!」


 エリザの差し出した紙を広げてカイルはエリザに顔を近づけて大声をあげると、エリザも言い返す。

 お互いが寝耳に水。そういった内容が書かれており――


 『辞令:第五大隊所属 カイル=ディリンジャー少尉 以上の者の任を解き、新設する第零小隊の隊長を命ずる』


 「私の下から外れるとは聞いていないわよ!」

 「俺だって……あ、いや……」

 「なに? 心当たりがあるの?」

 

 歯切れの悪いことを言いながら目を逸らすカイルに、襟首を掴んだエリザが訝しげな眼を向けて尋ねる。

 そこでカイルは公園での会話を思い出す。



 ◆ ◇ ◆



 「……うめえ。暑い日はアイスだな……」

 「エリザが町に出るたび欲しそうな顔をして我慢していたのを思い出すな」

 「へえ。まあ、あいつは欲しいものを欲しいって言わねえからな」

 「うむ。だからこそお前と結婚したいと言いだした時は驚いたものだ。ちょうどこれくらいのころだったか。……よく似ている」

 『?』

 「……」


 イリスの頭を撫でながら穏やかに笑うガイラルに目を向け、黙ってアイスをかじるカイル。

 するとアイスを食べきったガイラルが立ち上がり、帽子を頭に乗せてから口を開く。


 「……すまんなカイル。お前はもう少し私のために利用させてもらう。全てが終われば――」

 「あん? どういうこった? 利用って今更だろうが」

 「フッ、確かにそうだな。では、そうさせてもらうとしようか」


 ◆ ◇ ◆



 「(あの時のセリフはこれのためか? しかし俺を隊長にするとは第零小隊とはなんだ?)」

 「……い、おい、聞いているのかカイル!」

 「い、いや、皇帝に話を聞かない限りは俺もさっぱりだ」

 「またお父様が!」


 さらに怒りをあらわにするエリザになにを言ってもダメかと考えを巡らせていると、イリスが二人の袖を引いてぽつりと呟く。


 『うう……喧嘩しちゃダメですよ……』

 「わおう」

 「ほら、イリスが泣くぞ。とりあえず本当に俺は知らないんだ。今から行くが、お前も来るか?」

 「ああ、ご、ごめんなさい、イリス」

 『怒っちゃダメです……』

 「そうね……。カイル、お父様のところへ行きましょう。こんな告知、納得がいかない」

 「……そうだな」


 恐らく、エリザの抗議はさらりと躱されるのだろうと思いながら支度を始めるカイル。

 

 「(先日の話からだいたいの予想はつく。が、プロトタイプの俺を使うメリットがあるのか? むしろ――)」

 

 疑問は聞いて解消すればいい。

 そう考えつつ、程なくしてガイラルの私室へ到着するカイル達。中へ入るなりエリザが即座に詰め寄って行った。



 「お父様! これは一体どういうことですか!」

 「どうしたんだいエリザ、そんなに怒っていては美人が台無しだぞ」

 「茶化さないで答えてください!」


 娘の剣幕にくっくと笑いながらソファに誘導するガイラル。

 三人と一匹が着席したのを確認すると、ガイラルは静かに語りだす。


 「さて、どこから話したものか。先日のシュトレーンとの戦いは覚えているな?」

 「……ええ」

 「あの時戦ったニックという男。あれと同じ存在が『遺跡』に眠っているのだ。イリスと同じくな」

 「では、お父様はイリスやあの男の正体を知っていると認識してよろしいですか?」


 エリザの言葉に眉をわずかに動かす。

 流石は自分の娘と思うべきか、勘が鋭いことを苦々しく思うべきかと胸中で苦笑しながら続ける。


 「私は皇帝だぞ? ある程度は把握している。そもそも、イリスという被検体があるのだ、しかるべきだろう」

 「まあ……」

 「よせよせ、皇帝相手は分が悪いぞエリザ。……で、今度は俺になにをさせたいんだ?」

 「話が早くて助かる。カイル、お前には各地にある『遺跡』を巡ってもらいたい。目的は『回収』だ」

 「……なるほどな」


 イリスを起動できた自分ならこちらに引き入れることが可能だろうと思考を巡らせる。同類ならもしかしたら自分を知っているかも、という期待もある。


 だが、カイルは一つだけ懸念があった。


 「もし、あのウォールというヤツに俺がやられたらどうする? ブロウエル大佐が居なかったらあのまま連れて行かれていたかもしれねえ。賭けとしては正直、分が悪いと思うぜ」

 「カイル、一体なにを……?」


 たったひとつ。

 だけど、急所。

 イリスも連れて行くとなれば終末の子は博士とやらの手に落ち、地上を攻撃するコマを増やしてしまうことになるのだ。


 それについてはガイラルも考えていたようで、小さく頷くと口を開く。


 「もちろん、考えている。お前を中心とした編成は……こうだ」

 「ん。……!? お、おい、正気かよ!?」

 「どうかな、私はすでに壊れているのかもしれんからな――」



 そう言って笑うガイラルのが差し出したメンバーは――


 隊長:カイル=ディリンジャー少尉

 副隊長:ブロウエル=モーント大佐

 補佐:ゼルトナ=イーブル少佐

 相談役:ガイラル=D=ゲラート


 「ゼルトナ爺さん!?」

 『ハンバーグの人です!』

 「相談……ちょっとお父様!?」

 「……少々確かめたいことがあってな。エリザ、お前はライオットと共に内部調査を頼む」

 「お兄様と……?」

 「なに考えてんだ皇帝?」


 訝しむカイルとエリザ。

 

 だが、時が止まることは無く、カイル達は謎の中へ足を踏み入れることになる――

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