80. 


 

 「……皇帝……ふん」

 「ああ、助かる。歳を取ると立っているのもつらいんだ」


 不意に訪れたガイラルに戸惑いながらもカイルはベンチを少し開けて座るように促し、ガイラルは帽子を取りながら隣に腰かけると、カイルは煙草に火をつけながら悪態をつく。


 「なにが『歳を取ると立っているのも辛い、だ! この国でも最強戦力のあんたが言うと皮肉にしか聞こえねえよ」

 「フッ、お前にもいずれ分かる」

 「分かる……のかねえ。俺は‟終末の子”らしいや。ちゃんと成長しているけど、実はそんなに長く生きられないかも……イリスとサラだってどうなるか……俺達が作られたならあいつらにいいようにされたりするんじゃないか……?」

 「不安か?」


 タバコを吸いながら頭を抑えて捲し立てるように喋るカイルに、父親が息子にやるように頭に手を置いてからガイラルは笑う。嫌な笑みでは無く、カイルを想っての顔で。


 「不安だ……。俺は結構いいかげんだと思っていたけど、実は人間じゃありませんでしたって聞かされて鼻で笑い飛ばせるほど楽な性格じゃなかったらしい。はは……あんたを殺すなんて意気込んでいた感情ですら自分のものかすら怪しいと思うくらいには、な」


 呻くように、そして乾いた笑いを浮かべてカイルが胸中を吐露する話をガイラルは黙って聞きながらずっと頭に手を置いていた。


 「なあ、エリザは大丈夫なのか……? 子が出来たことがあったけど、身体は――」

 「心配するな。お前の体の殆んどは人間のそれと変わらん。イリスも、サラも‟終末の子”のベースは人間。そういう風に作られているからな」

 「なんでそう言いきれる? ……あんたはどこまで知っているんだ?」



 カイルがガイラルの顔を見ながら訝しむと、ガイラルはフッと笑い空を仰ぎながら口を開く。


 「……私がヴィクセンツ領へ向かう前に言ったことを覚えているか?」

 「ん……なんだったか……?」

 「お前が戻ってきたら一つだけ、お前の知りたかったことを教えてやると、私は言った」

 「……! そういえばそんなことを言っていたな。忘れていたぜ……」


 カイルが煙草を地面に落としながら呟く。

 そして再び二人が無言になり、カイルが真顔でガイラルを見据え、ガイラルは少し微笑みながら視線を返すと、カイルは息を少し吸ってから口を開いた。


 「聞きたいことは……そうだな、本当ならどうしてエリザとの結婚を認めた後、それを反故にしたか、だったんだが……今は俺達(終末の子)のことを聞かせてくれるか? 分かる範囲でいい」

 「ふむ、そう来たか。『分かる範囲』ならいいだろう。イリス、こっちへ来なさい」

 『……? おじいちゃん? はーい』


 突然イリスを呼び、シュナイダーとガイラルの前に来ると、


 「イリスや、あそこにいる屋台で好きなものを買ってきなさい。アイスとかあるはずだ」

 『アイス! はい! 行ってきます!』

 「わんわん!」


 イリスはガイラルにお金を貰うと、あっという間にその場から立ち去り、ガイラルは笑いながら言う。


 「はっはっは、元気だな。……さて、カイルの問いだが、お前達‟終末の子”は基本的には人間と変わらない。成長もするし子を作ることも可能……だが、どこかしら必ず身体を改造されていてな、サラなら脚力、イリスなら腕力、お前なら脳だ。ニックは眼だったかな? まあ、そういうことだ。そして神具を呼び出すことができる」

 「ああ……イリスは【レーヴァテイン】とかいうのを出していたな。でも俺にはそういう記憶がないぞ」

 「当然だ。お前には神具が無い、はずだ」

 「歯切れが悪いな……」


 カイルが舌打ちをすると、ガイラルは気に留めず話を進める。


 「それには理由が二つ。ひとつはお前はプロトタイプだったからそれを用意できていないこと。もう一つは自身でそれを生み出すための脳改造を施したからだ」

 「……それは!?」

 「そう。お前が技術開発局へ回した理由はそこだ。特に兵器に関しての知識を叩き込まれていて、彼になにかがあった時、そのバックアップとしての役割を果たすことができる。それがプロトタイプ”カイル”の存在理由」

 「お……」


 なにかを言おうとしたカイルだが、いつの間にか真顔になっていたガイラルに気圧され言葉を失う。ガイラルはゆっくり目を閉じると、驚愕の言葉を放つ。


 「完全に改造される前に逃がしたのは私の親友キトウという者……彼が最後の封印の前にお前をいずこへと放逐した」

 「ど、どうして……」

 「それは……言えない。すまない、キトウの話はまた今度だ。そしてお前達に改造を手掛けた男は今、地上に来ている」

 「なんだって!?」

 「ウォールと共にやってきた男……ヤツの名はモルゲン=フィファール博士。人体実験で快楽を得る……最低最悪の男だ……!」

 「こ、皇帝……?」


 珍しく激高した声色と表情で吐き捨てるように言うガイラルに、ベンチからずり落ちるカイル。だが、すぐに立ち上がり、言う。


 「……そいつは残りの終末の子を探しに来た、ってところか」

 「フッ、流石だな。そういうことだ」

 「どうするんだ? 先にこっちから確保する、か?」

 「まあ、急ぐな。考えている……まずは」

 「まずは……?」


 ごくりと唾を飲むカイルに、ガイラルは視線を逸らす。


 「イリスの買ってきたアイスでも食べようではないか」

 「なんだよ!? ……くそ、調子が狂うぜ……」

 『どうしたんですかー? 喧嘩はダメですよ!』

 「はっはっは、そうだなイリス」


 そう言って抱きかかえるガイラルは、笑顔だった。


 「(博士、か……。順当に残っているなら残り五人。イリスとサラと同等の力を持った相手は厄介だぞ、どうするつもりだ?)」



 ◆ ◇ ◆

 

 

 「……くっく、ここだ……ここにまず一体……。……ウォールか?」

 「おっと、流石ですねえ。気配は消していたと思いますが?」

 「くく、この生体流動ユニットがあれば気配を消したところで、体温、呼吸といったもので反応するようになっているんだ」

 「これはこれはまた面白いものを」

 「それより報告を聞かせたまえ」

 「ええ、カイルと接触しました」


 ウォールが背中越しに白衣の老人に声をかけると、老人は背筋を伸ばし、ギギギ……と首をウォールへ向けて満面の笑みを見せる。


 「そうか! いたか! くく、やはり逃がした後に保護したのだな……アレは私の最高傑作、なんとしても取り戻したい! ……連れて来ておらんのか?」

 「いやあ、ブロウエルに邪魔されましてね」

 「かーっ! 使えん奴じゃ! まあいい、まずはNo.8を解放するぞ、帝国に攻めるにはもう一体くらい欲しいがのう」

 「手伝いますよモルゲン=フィファール博士」


 そう言って二人は『遺跡』に入っていく。


 足元にある、自らが殺した大量の死体を踏みにじりながら。

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