73.
「そこを右に曲がったらすぐだ」
「分かった」
武装した男の一人が後部座席からカイルに声をかけ、右に曲がる。罠かどうかがもうすぐ分かるかとカイルは油断なく片手でハンドルを操作し、左手はポケットのハンドガンに添えて自動車を走らせる。
『あ、見えてきましたよお父さん』
「わふ」
「でかい入り口だな。あれか?」
カイルはバックミラー越しに後ろを見ながら声をかけながら自動車を止めると、武装した男たちは先に降りてカイル達へ向きなおる。
「間違いなくここが『遺跡』だ。……まあ、すでには何も無いだろうがな」
「って感じだな。あの立ち入り禁止は領主様が?」
カイルがタバコに火をつけながら黄色のテープを無数に張り巡らされている『遺跡』の入り口に目を向けながら尋ねると、無言で頷き『遺跡』の入口へ歩いていく。
「ああ。……いつだったか、とんでもない台風がこの国を襲ったんだ。その時この崖が崩れて『遺跡』が姿を現した。領主様は国王様に報せた後、危ない魔獣が現れたりしないかとここの調査に乗り出したんだ」
「……あまり思い出したくもないが、調査は簡単にはいかなかったよ。犠牲も当然出た」
「ま、『遺跡』は迂闊に手を出すととんでもない目に合うのは常だ。で、奥にはなにがあった?」
カイルの言い草に不満げな目を向け、口を尖らせて答えた。
「最深部には強力なライオンのような魔獣が一匹。犠牲は多かったが倒すことができたが、骨董品のようなものがいくつかとガラスでできた棺があったな」
「! その中身は!」
カイルはタバコを口から落としながら男の肩を掴みながら声を上げた。ここはイリスが居た『遺跡』と同じものだと瞬時に判断したためだ。男はびっくりしてカイルの手を払うと、脇を通り抜けて下山を始める。
「俺達が見たのは空の棺だったよ。そんなわけで『遺跡』にはもう何も無い。あんた達帝国兵が調べても意味は無いと思うぜ?」
「おい、送っていくぞ」
「『遺跡』の入り口を監視する詰所はすぐそこにあるんだ。入れ替えの時間が近いんだ、助かったよ」
カイルが止める間もなく下山するふたりは振り向かずにそんなことを言ってこの場を立ち去る。カイルは訝しげにその背を見ながら無言で見送っていると、その内ひとりが足を止めて首だけ振り返ってカイルへ言う。
「そういえば『遺跡』の調査が終わってから、領主様が女の子をひとり養子に入れていたが会ったか? 奥様とリリア様が亡くなってフルーレお嬢様が出て行ったから寂しかったのか分からないが……」
「でもあの子を引き取ってから領主様も屋敷から出るようになったのは良かったけどな。ま、フルーレお嬢様が戻って来たなら領主様もまた明るくなると思いたいぜ。連れて来てくれたあんただからここまで案内したんだ、どうせ帝国の本隊が来たら強制執行するんだろ? でも、一人では入るなよ、真面目な話、犠牲は本当に多かったからな」
そう言って今度こそ立ち去った二人を見てイリスがカイルに近づいて口を開く。
『帰っちゃったんですか?』
「……みたいだな。いくら俺が帝国兵とはいえ『遺跡』の監視役が俺達を置いて離れるかね?」
カイルはそう言って『遺跡』の入口へ向かう。
彼らは『遺跡』には何もないと言いながらも、カイルに自分の目で確かめてみろと言っているようだった。監視役なら立ち入り禁止の場所から離れることがそれを物語っていた。
「とりあえず少し入ってみるか。装備はトランクに入れているし、鍵をかけとけば車も盗まれないだろうしな。いいか、イリス?」
『もちろんいいです! でも、エリザおねえさんたちが来るのを待たなくて大丈夫ですか?』
「わふ」
「ま、少しだけな。それにしてもフルーレちゃんに姉ちゃんが居たとはなあ。それにしても養子を引き取っているなんて話は――」
そこでカイルはふと男たちの言葉と、昨夜のビギンとの会話を思い出す。
「……ガラスの棺を知っているということは『遺跡』は確かに調査済み……養子にしたのならなんでフルーレちゃんが居る前で紹介しなかった? それと随分イリスに構っていたな……それに昨日の襲撃、あれは女じゃなかったか?」
『お父さん、入らないんですか?』
イリスがそう言って首を傾げるのを見て、カイルは目を見開いて車に乗り込む。イリスがびっくりしてシュナイダーを抱っこして助手席に乗った。
『どうしたんですか?』
「わおん!」
「迎え入れた養子ってやつは多分お前と同じ存在だ。恐らくお前のことも『知っていて』手に入れようとしていた可能性がある。それで何をするかまでは分からないが……」
『わ!』
車を急発進させて鉱山を後にするカイルは、養子とやらを自分に見せたく無かった理由はわかると胸中で考える。
あの場でカイルを始末すれば、イリスを手に入れることが出来るからだ。
「……しかし、仮に俺がやられたとしてイリスが大人しくするはずがない。まして同じ”終末の子”だと知っているなら反撃は――そうか、それでフルーレちゃんか……! しまった、置いてくるんじゃなかった!」
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