72.
「お、見えてきたぞ」
『おー……でもあまり木が無い山ですね、お父さん。シューの散歩はしやすいかもしれません』
「わん!」
散歩と聞いてシュナイダーが尻尾を振り、車のダッシュボードに前足を置いて一声鳴く。『遺跡』のある鉱山の中腹へ自動車を走らせていると、途中に立て札があることに気づき、カイルは一旦停止をして確認する。
「こっちが鉱山の道か。向こうに行くと村があるみたいだな」
『村へ行くんですか?』
「いや、普段着じゃないし、『遺跡』付近の村であまり目立つのも後から来るエリザ達に悪い。このまま鉱山へ行くぞ」
カイルは村に領主であるビギンの息がかかっている可能性も考え、そのまま鉱山へと向かう。立て札があった場所からさらに三十分ほど登っていくと――
「な、なんだありゃ!?」
「知るか! おい、止まれ! 止まれぇぇ!」
道の途中で武装した二人の男が自動車の前に飛び出し、カイルは自動車を止めて窓から顔を出して二人に声をかける。
「なんだあんた達、車の前に出てきたら危ないぞ? 危うく轢くところだったじゃないか」
「車……? む、貴様よく見れば帝国兵か? こんなところで何をしている」
「ああ、この先にある『遺跡』に用があってな。大丈夫、領主様から許可は得ているよ」
カイルはしれっと嘘をつき笑いながら男に答える。そこへイリスも助手席からカイルの応援を始めた。
『領主のおじさんはフルーレおねえさんのお父さんでしたから、お父さんと一緒に来たフルーレおねえさんのお願いは聞いてもらえるからお父さんはここに来たんです!』
「んん……?」
ドヤ顔で言ってやったという顔をするが、男達は理解できず首を傾げてお互い顔を見合わせる。しかし、そこでそのうち一人が『あっ!』と小さく声を上げて続ける。
「い、今、その子、フルーレおねえさんと言ったか!? お嬢様を連れてきた、のか?」
「ん? まあ、成り行きではあるけどな。なんだ、フルーレちゃん人気だなあ。町の門番もすぐに分かったし」
「あんた、知らねえのか? お嬢様がこの国を出て行った理由を」
「知らん。親父さんと折り合いが悪いのかと思ったが、昨日の感じだとそこが原因じゃなさそうだったな」
「……なるほど、本当にお嬢様と一緒だったってのは嘘じゃなさそうだな。『遺跡』に行くなら乗せてくれるか? 道中少し話してやる。……お嬢様を連れて行ったとはいえ、ビギンさんが家に人を上げたなんて久しぶりに聞いた。あんたには聞いてもらいたい……気がする」
男は少しだけ深刻そうな顔をしてそんなことを言う。カイルは一瞬考えたが、上着の上から銃を入れていることを確認し、親指で後部座席を指してから口を開く。
「……乗りな、腰の剣は足もとに置いてくれ。妙なことはするなよ? イリス……この子に何かあれば――」
「大丈夫だ。子供を手にかけたりしたらそれこそ領主様に殺されちまう。『遺跡』はすぐそこだ、ま、行ってくれ」
殺される……物騒な話だと思いながらカイルはふたりを乗せて『遺跡』へと車を発進させる。そこでカイル達が来た話とは――
◆ ◇ ◆
<ヴィクセンツ邸>
カイル達が出発してから二時間ほど経過したヴィクセンツ邸……フルーレは久しぶりの屋敷を探索していた。
その結果分かったことと言えば、メイドの数は減っており、庭の手入れが微妙にされていないことに心を痛め、立派だがどこか寂し気な印象を醸し出している屋敷の様相を庭から見上げため息を吐く。
「……お母様の好きだった花だけは守っているんですね」
そう呟いた後、その足で生前、母親の部屋だった場所へ向かう。
「ただいまお母様。フルーレ、戻りました」
そう言って扉を開けると、綺麗に整頓された部屋が広がり、庭の花と同じく、母の大事にしていたものを残しているなと足を踏み入れたフルーレはすぐに分かった。
思い出を頭に描きながら、壁にかけてあった母親の肖像画の前でフルーレはひとり、誰にともなく口を開く。
「お母様が無くなられてもう十五年……リリアと一緒にあの世で仲良く暮らしているんでしょうか……?」
フルーレは答えの帰ってこない質問をした後、母親の部屋を出ると今度は別の部屋へと向かう。そこはぬいぐるみや子供のパジャマ、ドレスに服が新品と同じような状態で残されていた。フルーレは眉を下げたまま口元を少しだけ微笑ませてぬいぐるみを手に取る。
「……ここに居たか」
「お父様……」
するとそこへ父親のビギンが姿を現しフルーレに声をかける。お互い寂し気な表情で黙り込んでいたが、やがてビギンから話す。
「フレアが死んで十五年、か。お前は五歳で妹のリリアは二歳だったな」
「はい。お母様はとても優しかった……でも、身体が弱かった……」
「……」
ビギンはフルーレの言葉に口を噤むが、一瞬目を閉じた後、リリアの部屋に入って椅子に腰かけて口を開いた。
「あれは仕方なかったんだ……あの頃は隣国と小競り合いが続いていた……前線に立つことは無かったが、私は領の物資を回すため仕事を――」
過去のことを口にしながら呟くビギン。後悔か言い訳か分からない言葉を発した時、フルーレが珍しく下唇をギリッと嚙みながら激昂する。
「そんなことは他の誰でも出来たはずです! お母様が苦しんでいた時、どうして傍に居なかったんですか! 五歳だった私とリリアとメイドだけで看取り、帰って来たのは全てが終わってから!」
「だが、私がやらなければ領民にも被害があった……! あれは事故なんだ!」
「嘘ばっかり……! リリアの病気の時も仕事だと言っていなかった……お父様は家族の死から目を背けてばかり……!」
「う……」
詰め寄るフルーレに言い返せず、椅子から転げ落ちそうになるビギン。
「だから……わたしは家を出て帝国の兵士になったんです。別に構いませんよね、どうせわたしが死ぬ時も駆けつけてはくれないんでしょうし」
「そ、そんなことは――」
と、言いかけて口の中が乾いたビギンが言葉を繋げようとして……出なかった。フルーレが言っていたことは核心をついており、何も言えなかったのだ。しばらく沈黙の後、ビギンは肩を落として頭を振る。
「その、通りだよフルーレ……私は怖かった……自分の愛する家族が目の前で息を引き取るのを……これでも戦争で身を立ててこの地位を築いて来た。自分が死ぬのは怖くは無い。だが、仲間が死んでいくのを目の当たりにしていた私は……怖くて、フレアもリリアの死ぬ目を見るのが……怖かったんだ……」
「……」
それが真相――
いつか戻ることがあればフルーレが聞こうと思っていたことを、ついに聞くことができた。気持ちはわかる。父は友人を多く失くしていると、子供の頃語っていたことがあるので嘘ではないだろうとフルーレは涙を拭く。
肩に手を置こうとしたその時、扉の方向から声がした。
『お父様、こちらにいらしたんですか?』
「あなたは……?」
「ミサか……紹介しよう、お前が出て行った後に拾った子で、名をミサという。フルーレ、お前の義理の妹になる」
ミサと紹介された少女の年は十六歳ほどで、長い金髪を真ん中からリボンで縛っていた。リリアが生きていたらこんな感じだったかもしれないと何となくフルーレが見ていると、ミサが近づき手をスッと伸ばして笑う。
『よろしく、お姉さん』
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