71. 

 


 「さて、追いだされちまったもんは仕方がない。とりあえず『遺跡』まで行ってみるか。強行突破するにしても様子は見ておいた方がいいからな」

 『はい。わたしと同じ力を持った人がまた居ると思います。気を付けていきましょう』

 「わぉん」

 「お、やる気満々だな、イリス。……ほら、良く見えるだろ」

 『わあ!?』


 カイルはやる気を見せているイリスを肩車し、町の中を歩いていく。足元のシュナイダーも大人しく横をついてくる。目指すは昨晩泊まりかけた宿で、そこに置いて来た自動車を回収するためだった。

 『遺跡』の場所は国王に教えて貰っており、車でさっと様子を見ようという算段である。


 「すんませーん」

 「いらっしゃ……おや、昨晩はどうも。まさか領主様のお嬢さんを連れているとは思いませんでしたよ」

 「はは、まあ偶然じゃないのは間違いないけどな。とりあえず表の車、回収するよ。一晩すまなかった」

 『ありがとうございました!』


 そう言ってチップを渡すと、宿の主人はイリスを見て微笑みながら受け取る。こういう場合は断る方が失礼だと心得ていた。その後、すぐに宿の主人は眉をひそめて口を開く。


 「……そういえば、そのフルーレお嬢さんが居ないようですが……?」

 「ん? ああ、今は久しぶりの実家帰りだから俺達だけで出てきたんだ。『遺跡』に行くつもりだ」


 宿屋なら人の流れが多いので、カイルは何か情報が引き出せるかと『遺跡』を口にする。しかし、帰って来たのは意外な話だった。


 「そう、ですか。領主様は複雑かもしれませんね……もう帰ってこないものだと思って孤児を引きとったのですから」

 「? どういうことだ?」

 「お会いになりませんでしたか? ミサという娘なのですが」

 「いや……」

 「そうですか、もしかしたら旦那さんには見せたく無かったのかもしれませんね」

 「俺はフルーレちゃんの旦那じゃないからな? ま、向こうは向こうの事情があるんだろう」

 「まあ、領主様は気難しいですからね……『遺跡』に行かれるのでしたらお気をつけて」

 「え? もう少し話を――」

 「あ、いらっしゃいませ。すみません、仕事に戻らせてください」


 宿の主人はカイルがミサという人物について何も知らないことを悟ると、話を切り、次のお客へと笑顔を向ける。

 これ以上ここに居ても口を開きそうにないと、カイルは肩を竦めて宿を後にする。


 「孤児、ねえ」

 『なんですか?』


 カイルは肩車をしているイリスに目を向けると、イリスはカイルの頭を掴み、首を傾げて返事をする。思うところはあったがそれは口にせず、助手席にイリスを置いて車を走らせる。


 「『遺跡』は町をふたつ越えた先にある鉱山跡だ。昼飯を町で食った後に行くぞ」

 『はーい。シュナイダー、お散歩ですよ』

 「うぉふ♪」

 『あ、窓から顔を出したら危ないんですよ』


 膝に乗るシュナイダーが歓喜の声を上げ、窓の外顔を出そうとするのをイリスが叱るのをみてカイルは口元を緩める。しかし胸中では別のことを考えていた。


 「(フルーレちゃんの親父さんが拾ったという娘が襲撃者……と、考えられそうだが、動機が分からん。俺をどうにかしたところで、帝国兵……エリザがやってくれば『遺跡』調査は始まる。フルーレちゃんに何もしなくても、俺やイリスが居なくなっていれば訝しむのは間違いない)」


 

 もしあの時点でカイルが死んでいたらエリザが黙っておらず、帝国に敵対の意思ありとみなされ帝国と戦争になるであろうことは間違いなかった。それ故、強襲してきた理由に疑問が残ると訝しむ。

 どちらにせよ『遺跡』に関する何かを握っているのだろうと、鉱山跡へと向かう――




 ◆ ◇ ◆



 <ゲラート帝国 執務室>



 「……何者だ? いや、ここまで誰にも気づかれず来れた者など、言うまでもないか」


 気配を感じたガイラルが書面から顔を上げて誰にともなく口を開く。その口ぶりは誰が来たのかを知っている風で、頭は動かさず、視線だけが『それ』を追う。やがて、それを捉えると、引き出しに隠していたダガーを何も無いところへ投げつけた。するとダガーは空中で制止し、直後、長身でややたれ目がちの二十台中ごろであろう男がスゥと現れ、口元に笑みを浮かべて拍手をする。


 『ふはっ! 流石にあなたは気づくか。ガイラル』

 「当然だ、私はお前たちと同じなのだからな』

 『くく……』


 男はガイラルの座る執務机に近づくと、ダガーを置いてから話を続ける。


 『……老けたね、ガイラル。残念だ、君がそんな姿になるなんてさ……』

 「そんなことを話にわざわざ空から来たのか? ご苦労なことだな、ウォール」


 ガイラルは音もなく剣を抜き、男の首筋に刃を当てて目を細めてそう言うと、男は臆さず、やはり目を細めて口を開いた。


 『まあまあ、久しぶりの再会に剣は勘弁してくれよガイラル。それより見たよ『彼』を。君が連れて行っていたんだね』

 「……何のことか分からんが?」


 ウォールと呼ばれた男が楽し気に尋ねるとガイラルは珍しくピクリと眉根と頬を動かした。その様子に満足すると、ウォールは続ける。


 『なるほど、‟終末の子„を手駒にして戦力にする。それはとても賢いね、なんせあの子達は戦うために作られた存在。流石に天上人といえど一人を相手にするのにどれだけ労力を使うか分からない。だけど、No.1は死んだようだ』

 「目には目、というやつだ。お前達相手に手段は選べんし、手加減するつもりもない。で、ツェザールは攻めてこんのか? 相変わらずの腰抜けのようだな」


 ガイラルが挑発するように鼻を鳴らす。旧友を寄越しての宣戦布告だろうとふんでいたガイラルは斬り捨てるつもりでいた。


 だが――


 『……なら、他の『遺跡』の発掘を急いだほうがいいね。地上に降りてきたのは俺だけじゃないんだ。もう一人、いる』

 「なんだと……? どうしてお前がそんなことを言う。お前はツェザールに与したのでは無かったのか?」

 『詳しい話は省くけど、一緒に降りてきたのはタンザール。あのイカれた博士さ。『遺跡』のだいたいの場所を把握できているらしくてね。急がないと、全部天上人サイドに使われることになる。最も、俺達が降りてきてすでに一週間……一体くらいは目覚めさせている可能性はあるが……。まあ君はNo.4は手にしているようだけどね』

 

 どこまで信じたものかと思案するガイラル。だが、この男がここに居るということで信憑性は高く、博士のことも良く知っているため、ガイラルは一度目を閉じた後、剣を下ろして言う。


 「……分かった。その言葉、信じるとしよう。現在、『遺跡』にひとつには向かわせているが、他にお前が知っている『遺跡』はあるか?」


 ウォールは口笛を吹いて手を叩くと、にっこりと微笑み壁に貼られた地図を指さした――


 『博士に根ほり葉ほり聞かせてもらったからね』

 「あそこか……カイルは居ない、誰を向かわせるか……」

 『カイル、やはり『彼』はカイルなんだね? くく……』

 「……」


 ガイラルは胸中で舌打ちをし、失言したなと表情を変えずに思う。しかしまだ些末なことだと、別の『遺跡』に向かうための準備を始めるのだった。

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