70. 


 ――賊がカイルを襲撃した翌日、寝ボケまなこで食堂に来たフルーレが体を強張らせていた。


 「……」

 「……」

 「わんわん♪」

 「カイルさん、お父様……いったい何が?」

 「む、起きたか。おはようフルーレ。お前も早く食べなさい」

 「は、はい……おはようございます」


 フルーレはある一点を見ながら、椅子に座る。すると”それ„が口を開いた。

 

 『おはようございます、フルーレおねえさん。聞いてください、昨日部屋に変な人が侵入してきて、お父さんが攻撃されたんです! あとちょっとで捕まえられたのに逃げられたんですよ……シュナイダーがちゃんと起きてくれれば……』

 「ひゅーん……」

 「こら、イリス。あれは仕方がなかったんだ。シュナイダーに当たるんじゃないぞ」

 『だって……!』

 「あ、あはは、それでそんなに……ごく……ふう……」


 フルーレはイリスの横に積まれた皿の数を見て苦笑する。いつそんなことがあったのか分からないが、怒り冷めやらぬのだろうとフルーレはコップの水を飲んだ後、一息ついて――


 「――って、ええ!? 侵入者!? だ、大丈夫だったんですか!?」

 「ん? ああ、あんまり強くないやつだったし問題ないよ。イリスが攻撃して慌てて逃げて行ったよ」

 「そうです、か……お父様は大丈夫でしたか?」

 「ああ……この男の部屋が騒がしいから見に行ったが、丁度逃げるところだった。イリスには助けられたな」

 『良かったです! ごちそうさまでした』

 「遠慮ねぇなあ……」


 カイルがコーヒーを飲みながら積まれた皿を見て苦笑する。食費がかさばるからイリスは怒らせないようにしようと思っていると、ビギンがパンにバターを塗りながら口を開く。


 「昨晩も言ったが、食べたら屋敷からは出て行ってもらう。賊が侵入するなど今まで無かった。それが昨日、お前達が来た当日など怪しいものだ。……『遺跡』に入るため、私を脅すつもりで招いたんじゃないだろうな……?」

 「だったら手っ取り早くフルーレちゃんを人質にでも使うよ。娘は溺愛してそうだしな? フルーレちゃんが出て行った理由を聞きたいくらい――」

 「うるさい……! 早く出て行け!」

 「あいよ。飯、ごちそうさん。行くぞ、イリス、シュナイダー」


 カイルが席を立ってイリスとシュナイダーを連れて出て行こうとすると、置いて行かれそうになるフルーレがびっくりしてパンを口に押し込みカイルの後を追う。


 「ちょ、ちょっと待ってください! わたしまだ着替えていないんですけど!」

 「フルーレちゃん、君はここに残れ」

 「え!?」


 振り返ったカイルにあっさり言われ驚くフルーレ。もう何度目が覚めたか分からない顔をしていると、カイルが耳元に顔を近づけて囁くように言う。


 「……こんなことを言うのもなんだが、フルーレちゃんの親父さんは怪しい。『遺跡』について何か知っているか、それ以上のものか……それは分からないんだが、なにかを隠しているのは間違いない。俺がここに居ても態度を硬化させるだけのようだし、フルーレちゃんに探って欲しい」

 「お父様が……? わ、わかりました……無理に出て行ってお父様からどうやって逃げようかと思っていましたし、お役に立てるなら……」

 「悪いな。実の父親に疑いの目を向けることになる」


 カイルがそう言うと、フルーレは困った顔で首を振り、


 「大丈夫です。わたしの任務は『遺跡』の調査ですからね! お父様を逆に説得してみせますよ」

 「心強い。俺達は町の宿屋に居るから、何かあったらこれを――」


 そう言ってカイルは筒状の道具を渡す。


 「これは?」

 「この紐を引っ張ると魔法弾が撃ち上る。危険を感じたら空に向かって放て。地上に居ればどこからでも見えるくらいでかい花火があがるぜ」

 「ありがとうございます!」

 『いいなあ、私もやりたいです』

 「おもちゃじゃないからな? ……おっと、噂をすればだな」


 カイルが目線を向けると、ビギンが眉を吊り上げて近づいて来ていた。カイルは口笛を吹きながらフルーレから離れる。


 「貴様! 旦那じゃないならフルーレから離れんか! でもイリスは置いて行っていいんだぞ!」

 「勝手なことを言う親父さんだなあ。ま、とりあえず今日のところは退散する。『遺跡』の件は考えておいてくれ、本隊が来たら強制執行をする。フルーレちゃんの身内にそれは避けたい」

 「……」


 ”強制執行”の言葉に渋い顔をするビギン。カイルはそれを見た後、何も言わずに屋敷を後にする。



 『おねえさんは行かないんですか?』

 「ああ。ちょっとお仕事だ。さて……フルーレちゃんなら命を取られることは無いと思うが、な」


 カイルはイリスを抱っこしながらチラリと屋敷を振り返る。見える窓の内のひとつに人影があることに気づく。向こうも気づいたらしく、スッと身を隠す素振りを見せた。


 「……ま、エリザ達が来るまでにカタが付くといいが。……父親か。……ぐっ!?」

 『お父さん!?』

 「だ、大丈夫だ。ちょっと頭がびりっとした」

 「くぅーん……」

 「そんな顔をするなシュナイダー。さ、とりあえず『遺跡』付近まではいけるだろうから、今日は下見に行くぞ」

 『おー』

 「わおん!」

 



 ◆ ◇ ◆




 カイルが出て行き、屋敷ではビギンとフルーレが食堂へ戻りながら会話をしていた。


 「あの男についていくと言われたらどうしようかと思っておったわ」

 「今は、ですけどね。わたしは帝国の兵士です。そして『遺跡』の調査を任された人間。お父様が首を縦に振るよう、残っただけです」

 「お前……まだあの時のことを……」

 「それとこれとは話が別です。朝食を終えたら久しぶりにお庭の様子でも見てきますね」


 フルーレはそう言って早足でその場を後にし、ビギンがそれを追いかけようとして……道を変えた。向かう先は二階。カイルが人影を見た部屋。


 「……入るぞ」

 『ええ』


 ノックをせず声だけかけると、中から返事がし、ビギンが扉を開ける。中へ入るとそこには昨晩カイルを襲った賊がベッドに腰かけて笑っていた。燃えるような赤い髪をショートボブにし、切れ長の目は威圧的ながらも美貌を携えていた。


 「あの男は屋敷を出て行ったよ」

 『見ていたから知っているわ。で、これからどうしますか? あの男に奇襲は効かない。腕も立つ。何より、あの子が横に居るのが厄介だわ』

 「あの子? イリスのことか?」

 

 ビギンがイリスの名を口にすると、目を細めて口元に笑みを浮かべる。


 『あの子はそういう名前をもらったのね。No.4、それが与えられた名前』

 「そういえばお前もNo.3とか言っていたな……イリスも……そうなのか……」

 『あの男がマスターのようですね。あの二人を相手に『戦闘』では勝ち目がない……』

 「何か手があるのか? ミサ」

 『そうですねえ――』


 ミサと呼ばれた終末の子No.3はにやりと笑いながら口を開く――

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