69. 



 ――カイル達はフルーレの実家に泊まることに決まり、メイドのグレイスに案内された部屋でカイルはひとりでベッドに寝転んでいた。イリスとフルーレは揃ってお風呂へ行っているため考える時間ができたと目を閉じる。


 「さて、とりあえず目的地にはついたけど親父さんがネックか。遺跡に入る許可を貰えなかったのは痛いが……」


 断られる可能性はあったので特に気にしてはいないが、フルーレが家出をしたことを聞いてはいたので『無事に家へ帰した』ということであわよくば、という考えもあった。


 許可を貰えないなら、フルーレの言う通りエリザ達が来て接収することになるし、手っ取り早い。


 「ま、それを待つ時間も惜しいから。親父さんには俺から話すとしようか。フルーレちゃんが居ない時の方がいいか……」

 『戻りました! 大きくて泡がいっぱいのお風呂でしたよ!』

 「うおん!」

 「おお、お前も毛並みが良くなったな」


 カイルは部屋に帰って来たイリスとシュナイダーの声で上半身を起こし、飛び込んできたイリスを抱きとめる。


 「フルーレちゃんは?」

 『お姉さんはおばさんと自分の部屋に行くって言ってました。朝ごはんになったら呼んでくれるそうです。うふふ……』

 「お前なあ……」


 カイルが苦笑しながら涎を垂らすイリスを布団に入れて寝かしつける。シュナイダーが布団の上で丸くなったところで、カイルはソファで内ポケットに入れていた酒を取り出して口に含む。それを何度か繰り返したあと、イリスが寝息を立て始めたので背を預けて目を閉じた。



 そして――


 『……』


 音もなく扉が開かれ、スッと部屋に入ってくる人影があった。それは何の躊躇いもなく、手にした槍をカイルに突き刺してきた。


 「っと、もう動いたか。案外堪え性が無いな、フルーレの親父さん」

 『……!?』


 酒を飲んで無防備と思われたカイルだったが、赤い刃であっさり弾き、侵入者に踏み込んでいく。


 『ぐっ……!? 起きていたの……酒を飲んで寝ていたんじゃ……』

 「女か。悪いな、俺は自分の家じゃないと落ち着かないんだよ、フルーレちゃんの実家だから安心しているとでも思ったか? 残念だったな」

 『やるじゃない、帝国の軍人さん!』


 カイルの肘が胸に入り、侵入者は後ろにのけぞる。槍を薙ぎ払い、カイルを追い払おうとする。しかし、カイルは姿勢を低くして槍を回避すると、唇に指を当てて『しー』っと言いながら喉元に刃を突き付ける。


 『ばかな……あたしがこんなあっさり懐に!?』

 「ま、槍はこんな狭い部屋で使うもんじゃないからな? 得物は場所を選ばないと。……で、お前さんは何者だ? 親父さんの刺客ってことで合ってるか?」

 『……』

 

 刃を突き付けられ、無言で唾を飲み込む侵入者。一瞬沈黙が訪れ、カイルは埒があかないかと口を開く。


 「無言は肯定と――」

 『勝った気でいるんじゃないよ!』

 「おっと、そうそう機転は利かせないと……な!」

 『チッ……!』


 左手を後ろ手にした後、腰のダガーを抜いてカイルに斬りかかり、カイルが回避すると同時に後ろに下がった。すぐに槍を両手で持ち、高速で突いてくる。


 『やあああ!』

 「おいおい、部屋がめちゃくちゃになるだろうが!? 弁償させられたらお前が払えよ!」

 『うるさい! くそ、何だこいつ、あ、当たらない……』


 侵入者の腕は悪くない……むしろ槍を最小限の動きで扱い、狭い部屋でも戦える工夫をするレベルの戦闘能力。しかしカイルへ肉薄するもカイルは涼しい顔で槍を捌いていく。

 力量は分かった、そろそろ足を止めるかと銃を取り出そうとしたその時だった。


 「何だ! さっきからやかましいぞ! おお、何だこいつは!?」

 『ふあ……お父さん……?』

 「チッ、どっちだ……? 考えている暇はねぇか! 親父さん、逃げろ! 賊だ!」

 「何!? うお!?」

 

 部屋に入ろうとしたビギンが槍に弾き飛ばされ壁に叩きつけられる。それを見たイリスが目を覚まし、侵入者にとびかかる。


 『なんてことをするんですか! <レーヴァテイン>!』

 『……え!? あ、あんたは……!』

 『やあ!』

 『くっ……覚えていなさい……』

 「逃がすか!」

 

 窓に向かって走っていく侵入者にカイルが発砲する。太もも、右肩に命中するが構わず窓を破り外へ出て行った。


 『くっ……』

 「速い……!? あの傷でよく動く!」


 一階の部屋なので逃げることはたやすい。しかし、足に銃弾を受けている侵入者にあっさり距離を放されるとは思っておらず、数度発砲した後追跡を止めた。


 「逃げ足も一級品ってか。まあいい、次襲ってきたら捕まえられるか。それより、大丈夫か親父さん」

 「う、うむ……お前、強いな……帝国軍人の癖に」

 「何言ってるんだ、俺なんか底辺クラスの強さしかないって。イリス、フルーレちゃんを呼んできてくれ、親父さん心当たりは?」

 「し、知らん! お、お前達が来たから誰か追って来たんじゃないのか? 悪いが、明日の朝には屋敷を出て行ってもらおう。『遺跡』には近づくんじゃないぞ?」

 「……」


 さて、これは偶然か? それとも……


 カイルは割れた窓とビギンを交互に見ながら思案するのだった―― 

 

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