74.

 

 「ひゅーん……ひゅーん……」

 『お父さんどうしたんですか!?』

 「昨日、俺を襲ってきた刺客、あれは多分お前と同じ終末の子のひとり! フルーレの親父さんが俺を追い出したがってたのは俺が帝国兵って訳じゃない、恐らくフルーレちゃんを人質にするためだ!」

 

 恐らく、とカイルが言ったのはただ平和に暮らしたいということもあるからだ。カイルと引き離せば説得して帝国兵を止めるかもしれないという思惑がありそうだと考えていた。

 

 「しかし踏み込んだところでどうする……? 終末の子が相手ならこっちも無傷じゃすまないし、フルーレちゃんを人質にしてくる可能性がある。ビギンさんが操られているとしたらさらに厄介だ……」

 『わたしが昨日の刺客と戦えばどうですか?』

 「わふ!」

 『シューも一緒だって言ってます!』


 そう言ってシュナイダーを差し出すイリスをチラリと見てカイルは口をへの字にしてイリスの頭に手を置いてから口を開いた。


 「表立ってお前を戦わせたくないからやるときは俺だ。ニックを倒したこともあるし、大丈夫だ」

 『うー……』


 心配だとイリスが口を尖らせると、カイルはフッと笑いアクセルを踏む。

 

 「(さて、問題はビギンさんか。操られていない場合、何かを企んでいる可能性は充分あり得る。シュトーレンは唆されていたが今回はどうかな……?)」



 来た道を戻ると、フロントガラスにポツポツと水滴がつき始めカイルはぽつりと呟く。


 「……雨か」



 ◆ ◇ ◆



 「あなたは……」

 『ミサって言います! お義父様に拾っていただいてこの屋敷で暮らしています。お姉さんがいると聞いていたけど、帰って来たんですね?』

 「え、ええ。孤児、だったんですか?」


 差し出された手を握り、困惑しながらビギンへ顔を向けると彼はゆっくり頷き、ふたりの肩に手を置きながら言う。


 「……そうだ。お前も居なくなったこの屋敷に私ひとりは広すぎる。使用人はいるが心にぽっかり穴が空いたようになっていた……そんな時、ミサが私の前に現れたのだ」

 『ええ、私は遠い昔、両親に捨てられ途方に暮れていたの。そこにお義父様が拾ってくれたわ』

 「そうだったの……」


 ミサが涙ぐみながらそう言うと、フルーレは父親が良いことをしたなと思うが、どこか違和感を感じて胸中で呟く。


 「(遠い昔……? この子、どうみても十七か十八くらいよね? 孤児がいてもおかしくはないけど、戦争はかなり昔なのに私より歳が下にしかみえない……)」

 『どうしたのフルーレお姉さん?』

 「え!? う、ううん何でもないわ、それより昨日帰ったときには寝ていたのかしら?」

 「うむ。結構遅かったろう? それに彼が居たからな、可愛い娘を襲われたりしたらかなわん」

 「そ、そんなことしませんよ! そう言えば出て行っちゃったけど、大丈夫かしら?」

 

 フルーレがビギンとミサから離れてカイルを心配するがビギンは踵を返して妻の部屋から出るため歩き出す。それを追ってミサも微笑みながら出て行く。


 「このまま帝国へ帰ってくれればいいんだがな。もしウチに来ても家に入れん。イリスちゃんは別だがな。フルーレ、あいつを家にいれるんじゃないぞ?」

 『また後でね、フルーレお姉さん』

 「……」


 ウインクして出て行くビギンとミサを黙って見送り、フルーレはひとり部屋に残された。フルーレは母の肖像を見ながら呟く。


 「お父様は何かを隠している気がします。お母様、リリア……」


 フルーレの心を代弁するかのように、外は雨が降り、強くなってきた――

 

 

 ◆ ◇ ◆



 『いい娘ですね、マスター?』

 「そりゃあそうだ。気に強さは私譲りでな、あの子が家を出た時もこうなるのではと思っていた……だが帰って来た、もう会えぬと思っていたからな……」

 『フフ、それじゃあこの生活を守るために頑張らないといけないわね』

 「……しかし帝国兵を皆殺しにするなど――」

 『大丈夫、私の力ならタダの人間なんて人形と同じ……後はあの男を殺してLA-164を回収しないとね』

 「それは?」

 『イリスと呼んでいたっけ? あの子よ。私と同じ終末の子。あの子もいればこの生活も盤石になるわ、誰にも邪魔されない楽園を……』


 そう言って笑うミサの表情に背筋が冷えるビギン。しかし、娘たちと暮らすという欲のため、それ以上何かを言うことは無かった。そんな中、ふと廊下から窓の外を見ると、カイルの自動車が猛スピードで屋敷へ向かってくるのが見えた。


 「……懲りずに帰って来たか。フルーレは私が隠す、お前は迎撃を頼めるか?」

 『もちろん』


 ミサはどこからともなく、イリスの″レーヴァテイン”に似た突撃槍を手に、玄関へと向かう――       

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