66.
『わー、速いですね、シュー』
「わふん!」
「こらイリス、窓から顔を出すな」
「……」
カイル達は自動車に乗ってジャイル王国へと向かっていた。助手席にはフルーレが座り、後部座席にイリスとシュナイダーが窓を開けて風を受けている。
はしゃぐふたりをやんわりと叱りながら、カイルは隣に座るフルーレが王国へ近づくにつれて表情が暗くなるのを見て、カイルはフルーレへ声をかけた。
「フルーレちゃん大丈夫か? 顔色が悪いようだけど、実家に帰るのが嫌だったりするのかい? フルーレちゃん?」
「はっ!? ……あ、カイルさん、ええっと……?」
「ふう……実家は嫌なのか?」
カイルが片手で運転をしながら頭を掻き、フルーレにもう一度聞きなおすと、フルーレは視線を下に落として呟くように口を開いた。
「そうですね……嫌だと言えばその通り、です……」
「親父さん達と何か確執でもあるって感じだな」
「……」
「言いたくないなら強く聞きはしないよ。家庭のことだし」
「ありがとうございます」
『フレーレおねえさん、落ち込んでます! お父さん、何を言ったんですか!』
「俺は何も言ってねぇよ!? ほら、大人しく座っておけ」
『じー……』
「ふふ、イリスちゃん、カイルさんは何もしていないですよ。……お父さん、か」
『?』
フルーレがぽつりと呟いたことを聞き逃さなかったカイルだったが、聞かなかったフリをして自動車を走らせた。
やがてゲラート帝国から北西に位置するジャイル王国の国境を越え、王宮へと足を運ぶ一行。通された謁見の間で、カイルは国王へ手紙を差し出す。
「預かってきた手紙です、手渡しでも?」
「構わない、持ってきてくれ」
気を使って側近に取りに来てもらう案を口にしたが国王は気にした風も無く、フルーレに目を向けた後、カイルに届けるように指示する。
手紙を渡して下がると、封を切って内容を確認した後目を伏せて口を開く。
「……『遺跡』については了承した。どうせ我々では犠牲が増えるばかりで探索など難しい。それに、場所が場所だけに、な。あの領に行くのも面倒だ」
「……」
国王はフルーレに目を向けて細めると、そう言い放つ。なんとなく嫌な雰囲気だと感じ取ったカイルは、憮然とした表情で尋ねた。
「そりゃどういうことです? フルーレちゃんの実家があるヴィクセンツ領に何かあるんですか?」
「色々とな。他国の情勢に口を出すのは如何なものかと思う、が……」
「が?」
「お嬢さんを助けてやってくれ」
「はあ……」
『フルーレお姉さんが落ち込んでいる原因があるですか?』
国王はシュナイダーを抱っこしたイリスが首を傾げるのを見て微笑む。
「……すまないなお嬢ちゃん、私からそれを言うことはできんのだ。直接、領主に聞くといい」
「承知しました。行こう、ふたりとも」
カイルは頭を下げてイリスの手をとって謁見の間を出ていき、フルーレも頭を下げてついてくる。結局、何のことか分からず、もやもやとしたものを抱えたまま再び自動車に乗り込むとヴィクセンツ領に向けて出発した。
『もぐもぐ……これも、なかなか美味しいですね……焼き鳥、ゼルトナおじいちゃんに作って貰いましょう……』
「わんわん……」
「悪いな、急いでヴィクセンツ領に行って『遺跡』を調査したいから早く許可を貰いたい」
『大丈夫です! あとでいっぱいハンバーグを食べさせてもらえれば!』
現金なやつだとカイルは嘆息し、自身もコッペパンにチーズとハムを挟んだものを口にし、コーヒーを飲みながら先を急ぐ。
「大丈夫かな……? お父様、多分わたしを見て許可しないかもしれません……」
「ん……。フルーレちゃんは――いや、なんでもない」
なぜ家出をしたのか? そう聞きたかったが、先ほど言いたくないなら聞かないと言ったばかりなのでカイルは口を噤んだ。
順調に進むかと思われていた旅だが、もちろん魔物は急いでいる事情など知る由も無く襲ってくる。
「フルーレちゃん、迎撃を頼む! イリスも近づいてきたやつをレーヴァテインで倒してくれ!」
『はい!』
「この……!」
「わん!」
「シュナイダー、お前はいい。大人しくしてろ!」
「きゅううん……」
夜に近づくにつれ、魔物の数が増え野営を取るのも難しいかとカイルは一気に街道を突き進む。幸い強敵となるような魔物には出くわさず、ジャイル王国の城下町から西へ七時間ほど進み、カイル達はなんとか領主邸のあるヴィクセンツの町へと辿り着いた。
「早く入れ!」
「……! 助かる!」
『いけいけー!』
「わおわおーん♪」
自動車の音を聞きつけた門番が、門を開けて手招きをする。カイルはアクセルを踏み込み中へと入っていく。爆走が気に入ったのか、イリスは車内ではしゃぐ。すぐに門は閉じられ、向かってきていた魔物はズゥンという音を立てて壁に激突していた。
「ふう……あの門番、いい判断だったな。先に礼を言っておくか。身分も証明しないといけないし。フルーレちゃん、大丈夫だったか? ……フルーレちゃん?」
「きゅう……」
『わ!? お姉さんが目を回してます!?』
「ひゅーんひゅーん……」
「あちゃあ、ちょっと左右に振りすぎたかな。まあ、寝かせておくか」
カイルが肩を竦めた瞬間、自動車の窓がコンコンと叩かれ顔を上げる。
「よう! 無事か? こんな時間に来るとは物好きな旅行者……じゃねぇな。その服は帝国の……」
「ああ、助かったよ。俺はカイル、カイル=ディリンジャーだ。領主に会いにここまで来た」
「なるほど『遺跡』か? つーかそれしかねぇか」
カイルの身分証を見せ、それを受け取ってみながら門番が言葉を返す。『遺跡』は町の人に知れ渡っているのかと思いながら、身分証を返してもらい、話を続ける。
「とりあえず領主に会うのは明日だな。宿はどこにある? 連れが気絶しちまってな」
「ああ、この道を真っすぐ行ったら看板が光っているからすぐわかる」
『ありがとうございます! おねえさんを休ませないといけませんから』
「へえ、子連れか? 帝国兵の夫婦……って隣にいる子……まさか……」
「ん? 分かるか? ここの娘さんだと聞いているが」
「マジか!? ちょ、ちょっと待ってろ! 一大事だぞこりゃ……!」
「あ、おい! ……腹減ったんだが……」
『お兄さん行っちゃいました……』
カイルは門番がどこかへ走っていくのを眺めていたが、まあ宿に行くのは分かるだろうしいいかと自動車をゆっくり走らせるのだった。
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