67. 



 「こんばんは、二部屋空いてるかな?」

 「その服、帝国兵……? あ、いえ、すみません、お客様の素性を探るなんて失礼ですね。いらっしゃいませ、ちょうど二部屋空いていますよ」


 フルーレを背負ったカイルが宿に足を運ぶと、一瞬、訝し気な目で見られた。だがすぐに受付の女性は笑顔で応対をしてくれる。


 「ありがとう。俺の一人部屋と、背中の女性とこの子を一緒にして欲しい」

 『え、お父さんと一緒でいいですよ?』

 「フルーレちゃんをこのままにしておけないだろ? お前が面倒をみてくれると助かる」

 『……! はい!』

 「うぉふ!?」


 イリスはカイルに頼って貰えたと思い、シュナイダーを強く抱きしめ元気よく返事をする。イリスは足元で早く受付を済ませないかなとそわそわしながらカイルの足元でぴょこぴょこしていた。


 「それじゃ――」


 サインをしようとしたところで、宿に入ってきた人物が大声で叫ぶ。それは先ほど町の中へ通してくれた門番だった。


 「居た! おいあんた、その娘はフルーレ様で間違いないな!?」

 「え? ああ、本人もそう言ってたし間違いないと思う」

 「オッケーだ、今、領主様に伝達してきた。夜分悪いが領主邸に来てくれるか。お会いしたいとおっしゃっている」

 「明日じゃダメなのか……?」


 少し考えてからカイルが眉をひそめて聞くと、門番の男が肩を竦めて言う。


 「ダメに決まってるだろ? 領主様の娘を連れていて宿に泊まるなんて以ての外だ。さ、俺が案内するから行こう。ああ、俺の名前はライだ」

 「カイルだ。仕方ないイリス行くぞ」

 『……』


 カイルが受付から入り口に振り返ると、イリスが頬を膨らませており、カイルがどうしたのかと思った瞬間――



 「いてっ!? な、なんだ!? どうしたお嬢ちゃん!?」

 「イリス、いきなり蹴ったりしたらダメだろ!?」

 『痛いです!? ……なんでもありませんよーだ』


 カイルがイリスに拳骨をするも、不貞腐れたイリスはシュナイダーを抱っこして外に出ていく。


 「いや、何かウチの娘がすまん」

 「ははは、気にしていないって。とりあえず行こう」


 ライに先導されカイル達は領主邸へと歩き出した。そして――


 「えー……泊って行かないんですか……」


 宿の女性だけがむなしく取り残された。

 


 宿から出た一行はライの後ろをついて行き、しばらく道なりに歩いていく。フルーレを背負いなおしながらカイルはイリスに話しかける。


 「なんであんなことをしたんだ?」

 『……』

 「いきなり人の足を蹴ったりする子は今度からお留守番してもらわないといけないかもなあ」

 

 カイルがそう言うと、イリスは慌てた様子でカイルの服の裾を掴んで口を開いた。


 『あ、あ……! せ、折角お父さんの役に立てると思ったんです。でも邪魔されたから……ごめんなさい』

 「謝るのは俺じゃないだろ?」

 

 カイルが微笑むと、イリスはハッとしてライのところへ行きぺこりと頭を下げた。


 『蹴ったりしてごめんなさい……』

 「お? ははは、お父さんに怒られたか? ちゃんと謝れたな。偉いぞ? 娘がきちんと育っているな……領主様も納得してくれるだろう」

 『わ!?』


 ライは満足気にイリスを抱き上げながら笑い、程なくして領主邸に到着する。ライが玄関をノックすると、中かメイドが顔を覗かせて尋ねてきた。

 

 「何度も申し訳ない、ライです。お連れしました!」

 「……お待ちしておりましたライさん、さ、どうぞ」

 「ありがたい。カイル殿、どうぞ」

 「ああ」

 「ん……ここは……?」


 そこでフルーレが目を覚まし口を開く。まだ顔は青いが、気分は良くなったようだ。カイルは背中からフルーレを降ろし、背中を撫でてやる。


 「大丈夫か?」

 「あ、はい……なんか見覚えがある宿ですね……?」

 『ここはお姉さんのおうちみたいですよ!』

 「え……?」

 「そちらのお嬢様の言う通りでございますよフルーレ様……!」


 扉を開けてくれた少し年配だと思われる年齢のメイドが目を覚ましたフルーレに涙ながらに言う。フルーレは眠そうな頭でメイドの顔を見ると、一気に目が覚めた。


 「あ!? あなたはミフレ!? ということは……こ、ここは本当にわたしの家!? こ、心の準備が出来ていないんですけど!?」

 「俺もそう思ったが、まあ無下にもできないかと思ってな」


 と、カイルは適当なことを言ってフルーレの肩に手を置くが、父親となにか確執があることは何となく感づいていた。宿で断ることもできたが、何となくフルーレがぐずるのではないかとも思っていて誘いに乗った形だ。


 「……お父さまは?」

 「リビングで待っております。こちらへ。お嬢様にはジュースをお持ちしましょうかね。ライさん、リビングへお通し願えるかしら?」

 『ジュース!』


 メイドのミフレが台所へ向かいカイル達はライの案内でリビングへと通される。扉は無いのでそこにはあごひげを蓄え、穏やかな顔をした白髪交じりの金髪をした男性がそわそわしながら待っていた。


 「……お連れしました!」

 「……! 来たか!」


 ライがそわそわしている男性の声をかけると、男性はカイル達の方を振り向き、フルーレの姿を視認すると、大慌てでフルーレの下へと走ってきた。


 「お、おおおお! フルーレ! よくぞ生きて……まさか帝国にいるとは思わなかった……国内をずっと探していたんだが見つかるわけがないな……ははは……」

 「……お父様……」

 「(この男が領主か)」


 フルーレの手を取り泣きながらそんなことを言う男性。カイルは胸中で呟く。すると領主の男はカイルの手を握るイリスに気が付き、とんでもないことを口走る。


 「おお、この子がフルーレの娘か! 確かにこの金髪は母親似だな!」

 『?』

 「くぅーん?」


 イリスは抱っこされるが訳が分からず首を傾げ、シュナイダーと顔を見合わせる。


 「ふえ!?」

 「はあ!?」

 「さすがに娘までいるのは驚いたが、生きていてくれたことが何より嬉しい。これから家族で暮らせるのだろう?」

 「いえ、お父様その子は……」

 「父親は誰なんだ?」

 『お父さんですか? お父さんはそこに居ますよ』

 「イリス、違うぞ! 違わないけど違うんだ! 領主殿、これはですね……」

 「むう……まさかとは思ったが君がそうだったのか。いや、何も言うまい。うむ、今まで娘を守ってくれたのだろうな……こうして生きて娘と孫に会えたのは――」

 「い、いや、だから――」


 カイルの言うことには耳を貸さず、ぺらぺらと喋り続ける領主の男。そこでついにフルーレの怒りが爆発した。


 「いい加減にしてくださーい!!」

 「うお!? フ、フルーレ……?」

 「おお……キーンとした……」

 


 珍しく大声を出したフルーレに、その場にいた全員が一瞬で黙り込むのだった――

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