65. 



 「おや、少尉どうされました?」

 「ちょっと皇帝……陛下に会いたいんだがいるか?」

 「ええ、先ほどブロウエル大佐が謁見されておりましたからいらっしゃるかと。少々お待ちを」


 城へ到着したカイルは早速門を入ってすぐのところにある受付へ声をかけ、ふたりいる受付のうちひとりが魔通信機で連絡を取る。


 基本的に『城』という建物がある敷地には庭と王族や大臣達の住居しかない。当然エリザの部屋も城の中にあり、エリザの兄も同じく城暮らしである。

 軍の施設は城へ向かう道の途中で分岐しているため、外から城へ来る人間は謁見が主で、稀に大臣やメイドの友人と言った人物が尋ねてくることもあるのでこの受付で用件を申し伝えてからの対応になるのだ。


 『おじいちゃんは忙しいですかね?』

 「いやあ、多分暇してるんじゃないか?」

 『お仕事は……? はっ……! それじゃあおじいちゃんは働かずにご飯を食べている……?』

 「くっく、それ皇帝に言ってやれ、面白そうだ」

 

 しばらく膝に乗せたイリスと話していると、受付にいた女性がアポを取れたとカイル達へ言い、城の奥へと入って行く。


 「カイルだ、入るぞ」

 「うむ」

 

 カイルが扉の前で口を開くと、ガイラルの短い呟きが中から聞こえカイルは息を吐いて重く感じる扉を開く。


 「どうした? エリザから通達があったろう、ジャイル国へ向かう準備はいいのか?」

 「その前に聞きたいことがあったからな」


 カイルがガイラルに近づくと、イリスがぺこりと頭を下げて挨拶をする。


 『おじいちゃんおはようございます』

 「わん!」

 「おはようイリス。朝食はきちんと食べてたか? カイルがだらしなかったら私に言うのだぞ。まあ私もフレデリックとエリザを育てた時もそうだったがな、はっはっは」


 ガイラルが玉座から立ち上がりカイルとイリスのところまで歩きながら笑い、イリスの頭を撫でた。カイルは憮然とした顔で腕を組み、ガイラルを睨む。


 「……メイドに任せてたんじゃねえか」

 「おっと、カイルが怖い顔をしているな。イリス、ちょっと大事な話があるから向こうでデザートでも食べていてくれないかい?」

 『デザート! 行きます』


 目を輝かせて言い放つイリスのガイラルは苦笑し、カイルはこの先食べ物に釣られて誘拐されるんじゃないかという心配をする。ガイラルがメイドを呼び、イリスを預ける。


 「では、頼むぞ。好きなものを食べさせてやってくれ」

 「かしこまりました。さ、何にしましょうかね」

 『ハンバーグがいいです!』

 「きゅん♪」


 イリスが謁見の間から姿を消すと、カイルは頭を掻きながらため息を吐く。


 「……ったく、ハンバーグはデザートじゃないだろうが……」

 「まあ、構わんだろう、終末の子と言えど子供は子供だ、たまには好きにさせてやるのもな。……お前は適当だが、芯はある。このままイリスは良い子に育つだろう」

 

 ガイラルがそう言うと、カイルはギリっと歯を噛み、皇帝の胸倉を掴んで激昂した。

 

 「良い子だと……! 俺とエリザの子を殺したお前が言えたことか!!」

 「……あれは運が悪かったと言ったろう? あのままではエリザの命にも関わると伝えたはず」

 「なら、どうしてあんたの要望である『アレ』を俺が作らないと言った後にこうなった! 結婚の取りやめ、局長の解任。……局長の座など別に要らなかった。だが、俺達の子を殺したのはお前だろうが……!」


 だからカイルは五年前ガイラル殺害を企てたのだと叫び、ガイラルを殴った。無防備なまま、殴られるがガイラルは微動だにせずただ、悲しそうな顔でカイルを見つめる。


 「……っ! 何とか言え! どうしてあんなことをした!」

 「何とか言え、とはご挨拶だな。用があるのはカイルだろう? だからここに来たのではないか?」

 「……あんたってやつは……!」


 ガイラルが冷静にそう言うと、カイルはさらに怒りもう一度拳を握るが、荒れた息を整えガイラルから手を離した。


 「はあ……はあ……武器を持っていなくて良かったぜ……」

 「それは良かった。それで、どうしたのだ?」

 「チッ……まあいい、いつか俺が殺してやるから覚悟しておけよ……。ふう、用は『遺跡』のことだ。イリスが見つかった『遺跡』からそれほど経っていないが、見つかるのが早かったな? それにどうしてまた俺なんだ、しかもフルーレちゃんだけ同行とはどういうことだ? 許可を得るなら同じ女性であるエリザやカーミル大佐の方がいいんじゃないか?」


 カイルが一気に尋ねると、ガイラルは神妙な顔で頷きすぐに答えた。


 「イリスを含め、”終末の子”が出てきたということは天上人にも伝わっている。目覚めの時はあらかじめ決めていたのだろう、それが今だということだ。それに元々『遺跡』は、各国で探すひとつの一大プロジェクトだ。同盟国でない場所はシュトーレン国のように我が帝国を倒そうとするため『遺跡』や『遺物』を探しているしな。今回は同盟国だったから報せが入ったというわけだ」

 「……ということは『遺跡』が姿を現すのはあらかじめ予定されていたものということか。しかし”終末の子”が居る遺跡は七つじゃないのか?」

 「『遺物』を納めた『遺跡』もあっただろう? あれはダミーとして建造したものらしい。今回が『本命』であるかは行ってみなければ分からん。それと、国は許可しているが、『遺跡』のあるヴィクセンツ領はフルーレ中尉の生まれ故郷だ。領主は彼女の父親だ。難しい性格のようで、フルーレ中尉はそこから逃げ出してきたようだ」


 ガイラルが言うと、カイルは眉を潜めてから尋ねる。


 「……なら、フルーレちゃんは行きたがらないだろう」

 「まあ、命令は聞かねばならない。そういうことだ」

 「……」


 カイルはガイラルの『軍人』であることを強調され黙り込む。当たりかハズレかは分からないが、行くしかないということと、後から第五大隊以下軍の人間が『遺跡』調査に乗り出すためまずは許可を得る必要があると言いたのだろう。


 「出ていった娘の言うことを聞くと思うか?」

 「分からんよ。だが、私ならエリザが出ていって帰って来たなら話は聞くぞ?」

 「知るかよ……」

 「はっはっは、まあそういうことで頼む。……女性だけは少し危ないと思っているのだ。お前なら何とかしてくれると私は思っている」


 勝手なことをとカイルが口に出さず目で訴えると、ガイラルは不敵に笑い話を続ける。


 「……今回の『遺跡』無事に帰ってきたらお前の知りたいことをひとつ、答えてやろう」

 「なんだと……?」

 「先の子の件でも構わない」


 その言葉を聞き、カイルは大きく目を見開いた後、口元に笑みを浮かべる。


 「言ったな? その言葉、忘れるなよ……!」

 「ああ」


 ガイラルは涼しい顔でカイルに頷き、やがて戻ってきたイリスと共にカイルは謁見の間を後にする。


 そして舞台はジャイル王国、ヴィクセンツ領へと移り変わる――

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