63.
「で、結果とは?」
カーミルを前にしてカイルはゾンビー化のウィルスについて尋ねる。終わったことだと切り捨てるのではなく、こうして結果を聞くことの意味。
それはガイラルの話にもあったように、ニックの振りまいた災厄はあれで終わりではないからだ。あのウィルスが他に持っている者が居て、それを分からないように撒かれれば、今度はもっと大きな損害を起こす可能性が高いためだ。
そんな胸中を知ってか知らずか、カーミルはカイルの言葉に頷き、ファイルをテーブルにスッと差し出す。
「……」
カイルはそのファイルを手に取り、黙って目を通す。運ばれてきたお茶に口をつけて口元に笑みを浮かべるカーミルは黙ってカイルが読み終わるのを待つ。
「マジか……」
「大マジだ」
カイルが愕然とした顔でファイルを投げてお茶を飲むカイルにカーミルが真面目な顔で返すと、カイルは頭を掻きながらお茶をグイっと飲み干して手から口を開く。
「凝縮された魔力を持った風邪に近いウィルス……いや、風邪のウィルスにそれを組み込んでいるのか?」
「そうだな。ラットで実験してみたがそれが大量に体内に入ると、内臓を中心に食い尽くし魔力の”コア”を形成するようだ。呼吸、血液、は全て”コア”が賄い、コアか首を落とさない限り……死ぬことは無い。まさにゾンビー、無敵の兵士の完成ってわけだ。こいつを作ったヤツは頭がおかしいとしか言えないな」
「ウィルスは大丈夫なんだろうな?」
「問題ない。君も知っているだろうが空気感染はしない。噛まれて体液を注入したときに感染するらしいな。もし空気感染するならこの帝国は終わり……もちろんあの時戦闘行為を行った我等も感染していることになる」
そこでカイルは顎に手を当てて呟く。
「それもそうだな……もしそうなら作った奴等も相当危険だ……いや、だとしたら……」
「気づいたか? ……現状、このウィルスのワクチンを作るのが難しいことに」
「やっぱりか……」
『?』
「わおん?」
カイルが嘆息し、ソファにもたれかかるとイリスとシュナイダーが首を傾げてカイルを見る。ワクチンが作れないと聞き、やはりと言ったカイルが続ける。
「そもそも投与した時点で内臓を殺すわけだから、ワクチンがあったとしてそれを打ったとしても内臓を殺す効果が現れれば徐々にゾンビー化する。故にワクチンは意味がないって話だろう?」
「その通りだ。いくら原因菌を弱くしたところで抵抗力がつくわけではなく、どの状態からでもゾンビーにされる。噛まれれば生きた人形の出来上がりというわけさ。……ホント、反吐が出るよ」
「……」
珍しくカーミルがきれいな顔にしわを入れ、吐き捨てるように言い放つ。元々は町医者だったらしいとエリザから聞いていたカイルは何かあったのだろうと思ったが、それは口にせずカーミルに再度尋ねる。
「対抗策は噛まれないことだけでいいか?」
「うむ。一応まだ研究は進めているから続報を待ってもらうしかないな。噛まれた後にすぐゾンビー化はしないから、それを霧散する後投薬を作れないか考えている。……が、まだ”敵”は使うと思うか?」
「あり得るだろうな。こいつをシュトーレン国の兵士に使った黒幕は始末したが、仲間がいるらしい。だから研究は続けてくれ」
カイルの言葉にカーミルが頷く。その直後、元気にフルーレが応接室に入ってきた。
「お待たせしましたー! イリスちゃん、パフェですよパフェ!」
『パヘ! わーい!』
「言えてないぞイリス」
早速かテーブルに置かれたパフェに釘付けになったイリスがスプーンを手ににこにこしながらクリームやアイスを口に入れていく。
『美味しいです……』
「ははは、ゆっくりしていくといい。私は研究室に戻る。フルーレ、相手を頼むぞ」
「了解しました! ……ほら、イリスちゃん口のまわりべたべたですよ」
カーミルが微笑みながらファイルを持って応接室から出ていき、フルーレが敬礼をして見送る。カイルも出ていく瞬間目が合ったので片手を上げて笑う。
「わん!」
『ん』
「あ、シュー、行儀が悪いわよ、あなたはこっちを食べなさい」
「ひゅーんひゅーん!」
イリスの口についたクリームをシュナイダーが舐め、それをフルーレが窘めてから骨付き肉をシュナイダーに分け与えていた。
先ほどまでの緊迫した話から一気に和み、カイルは苦笑しながら天井を見上げる。その胸中は――
「(カーミルの言いたいことは分かる。だが、それでも謎は残る……話ではすぐにゾンビー化はしないようだったが、あの時平野で戦闘を行った帝国兵はすぐに狂暴化した。ニックが何かしていたような気がしたが、あのフラガラッハとかいう剣になにかあるのか?)」
そしてイリスの方に目を向け、彼女の出す武器について思考を移す。
「(……レーヴァテインといったか。あれも研究価値があるか……? セボックにまた研究室を借りるか。サイクロプスの防具もまだまだ足りないしな……)」
『桃、おいしいですねえ……』
子共らしい感情を出しながらパフェを食べるイリス。微笑ましいと思いながら、カイルは次の戦いのため、ガイラルに技術開発局の使用許可を得ようかと考えていたが――
――数日後
「ふあ……」
「よう、カイル。久しぶりに出て来たのに眠そうじゃないか」
「エリオットか……逆だよ、久しぶりだから眠いのさ」
『そうです! お父さん全然起きませんでした!』
「ははは、イリスちゃんも大変だね。とりあえずシュトレーンとの戦いから向こう平和だからいいけどな。朝礼が終わったら、今日は警邏に出てもらう」
「ああ、久しぶりだな通常業務も」
カイルがエリザにどう切り出すか考えながら会議室に入ると、第五大隊のメンバーはすでに揃っており、中央に座るエリザがカイルとエリオットの顔を見た後に頷き、口を開いた。
「全員揃っているな。特に言うべきことは無いが、戦争が終わった直後だ、警戒は怠るな」
「は! 全身全霊、務めさせていただきます」
「ま、いつもの日常ですな」
「中佐は固いんだからあ。もっと楽にしていいよねイリスちゃん」
『はい。お父さんとシューはいつもだらしないです!』
真面目なキルライヒが敬礼をし、ウルラッハが身もふたもないことを口にして、パシーがキルライヒとカイルをいじる。
カイルはいつもの光景だと思っていたが、次にエリザが発した言葉により緊張が走る。
「……カイル、お前には特別任務をお父様……皇帝陛下より賜っている」
「なんだって……?」
「……友好国であるジャイル国に『遺跡』が見つかったらしく、前回生還してきたお前が再度選ばれた。同行者はフルーレ中尉だ」
カイルは胸中で案外早かったなと思いながらエリザに返す。
「分かった。フルーレちゃんがまた来るなら、ブロウエル大佐やオートス中佐もか?」
「いや、今回はまずふたりで行ってもらう。調査隊も一旦は無し。だが後で私達第五大隊が応援に向かうことになっている」
「どうして一気に行かないんですか? フルーレ中尉だけってのも謎なんですけど」
パシーが手を上げて当然の疑問を口にすると、エリザはパシーに目を合わせて続けた。
「……今回『遺跡』が見つかったのはジャイル国の中にある一つ『ビクセンツ』領だ。帝国の調査には非協力的でな、だからこそフルーレ中尉が必要なのだ」
「……? どうして――」
「そういうことか……」
パシーがやはり分からないという顔で首を傾げると、カイルが呟く。
「どういうことです?」
「フルーレちゃんのフルネーム、聞いたことがあるんだが彼女の名前は『フルーレ=ビクセンツ』だ」
その場にいた全員がカイルを見て驚愕する。他国の人間がどうして帝国で兵をしているのだ、と――
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