50.
「どうした!」
「い、いや、どうしたもこうしたも、何が起こったのか……」
鳴り響くサイレンの音に技術開発局員もオロオロと廊下を右往左往していた。もっとも、彼らがこの棟から出ることは無いので、状況を掴めないことに焦っているだけだろうとカイルは思う。
適当にひとり掴まえて聞いてもこの返答なので、目で見た方が早いかと深紅の銃と刃を持って研究棟から外に出る。するとそこには――
「ガァァァァァ!」
「う、うわ!? どうしたんだお前! ……あ、がぁぁぁ!?」
「や、やめろ……!? あああああ!?」
「グォォォァァ!」
「なんだ、兵士が兵士を襲っている……!?」
『お父さん、右です』
「ハッ!? ……こいつ!」
「グアァァッァァ!」
飛び掛かってきた兵士を銃のグリップで殴りつけて足を引っかけて転ばす。手加減なしで打ち付けたので気絶させたつもりだったが、
「ガァァァァァ!」
「効いてないのか……!? いかん、イリス逃げろ!」
ぐるりと向きを変え、追ってきたイリスへと四つん這いのまま突撃していった。
「きゅぅぅん……!」
『……!』
シュナイダーが威嚇し、イリスが例の武器を手にしようと構えた瞬間、銃声が響き兵士のこめかみを貫いた。直後、兵士はどさりと地面へ倒れこみ頭から血を流しぴくぴくと痙攣する。
「無事か?」
「ああ……って、カーミル大佐か、状況を教えてくれ。というかあんたは戦場へ行ってないんだな」
「うむ。正直なところ私にもよくわからん。私がやられれば医療の最前線が崩れる。今回はお留守番ってところさ。フルーレ中尉が居なくて残念だったな」
「おい……!」
カイルが抗議をしようとしたところで、カーミルが咥えていた煙草を噛みちぎり呻くように言う。
「……あの島で噛まれた兵士だ。そいつらが急に暴れだした。こいつもその一人。あの島で村人らしき者に噛まれた奴らが同じく狂暴に変異したんだが、事態が収束した際、元に戻った。それから今までは何ともなかった」
「操られている……?」
「と、思いたいが調べている暇はない。何せ噛まれたら感染するんだ、残念だが始末するしかない。それと今後に備えてワクチンの開発が急務だな」
「そんな……馬鹿な……!?」
敵でさえ人間を殺すことに抵抗があるカイルに恐るべき事実を告げるカーミル。だが、時間は待ってくれないと言わんばかりに狂暴化した兵士が兵舎やグラウンドで雄たけびを上げる。
「ガァァ!」
「きゃああああ!?」
「……!? くそ……!」
すぐ近くで女性兵士が襲われようとしたところを見て、カイルは深紅の銃の引き金を引いた。ガァンという音がした瞬間、眉間に穴が開き絶命する。
「いい腕だな」
嬉しくない評価をもらったところでカイルはカーミルに叫ぶ。
「カーミル大佐、一体は生きている個体を残すか?」
「居るとありがたいが」
「なら、やるしかないか……! イリスついてくるなら離れるなよ!」
『はい』
「うぉん!」
「人間の魔獣化……そう見えなくもないな」
カイルはカーミルの言葉になんとなく頭痛がしたような気がした。しかしまずは兵士たちを助けねば、町にも被害が及ぶかもしれないので駆けていく。
「島で噛まれた人間は三十六名、今一人始末したから三十五か。私の伝聞で頭を潰せと言ってあるからそう時間はかかるまい。後は再度噛まれた人間が居ないことを祈るだけだ。
「了解……!」
『お父さん、あそこです。シュー、行って』
「うぉっふ!」
人数はそれほど多くないが、いきなり襲われて噛まれた人間が多くいたようで、数は三倍くらいに膨れ上がっていた。
「すまん……!」
「グガ……」
「家族には私から謝っておく、ゆっくり眠れ」
カイルの刃が首を飛ばし、別の兵士を銃が的確に頭を撃ち抜き数を減らす。幸いというか知らない顔ばかりということもあり、苦い顔をしながら倒していく。
刃の赤か、兵士の血か。真っ赤に染まる刃を振り回し、突っ込んでいく。
「(すごいな。エリザのお気に入りで少尉……しかし実力は大佐以上じゃないか……?)」
カーミルもハンドガンで兵士を倒しながらカイルの戦いぶりを見てそんなことを考えていた。武器の扱いが格段に上手い、と。
「た、助かった……武器を持って無かったんだ……」
「ふう……終わった、か?」
『みたいですね。一体残すのはできませんでした』
イリスがシュナイダーを抱っこしようとしたところで――
ガシャァァァン!
「……まだ残っていた!? イリス! ぐあっ!?」
『お父さん!』
突然建物のガラスを突き破ってイリスを狙ってきた兵士。カイルはイリスを庇うように前に出ると、カイルは肩を噛まれる。
「こいつ!」
「あ、が……」
カイルが刃の柄で後頭部を殴りつけて気絶させることに成功する。イリスがしゃがみ込んだカイルに駆け寄ってくる。
『お父さん』
「くっ、油断した……カーミル、変貌する前に俺を撃て……!」
「わかった」
『お父さん、大丈夫ですよ?』
「何言ってんだ、噛まれたんだぞ! すぐお前も離れろ!」
するとイリスは首を傾げて不思議そうに言う。
『その上着、まだサイクロプスの皮を張り付けていますよね。肌にまで貫通していないのでは?』
「あ」
カイルが上着を脱ぐと、言う通りまだ皮……スキンはそのままだった。
「……良かったな」
「取り乱してすまなかった。とりあえず、確保したぞ」
「ああ。すまないが、そいつを第六大隊の隊舎に運んでくれるか? 血液から調べたい」
「分かった」
あちこちで爪痕を残した騒動がいったん終わり、第六大隊のブロウエルが指示し、片付けているのに気づく。
「大佐」
「む、カイルか。……そうか、陛下に頼まれたのだったな」
「知ってたんですね?」
「私の第一大隊は諜報などを得意とする部隊だぞ、身内のことなどすぐに分かる。それより、噛まれてはいないだろうな?」
ブロウエルが眉を上げてそう言い、カイルは肩を竦めて頷く。ブロウエルも頷き、話を続ける。
「……鎮圧は成功した。が、九十三名死亡は痛い数字だ。この忙しいときにやられたものだ」
「こんなのは読めませんし、仕方ありませんよ」
そこでカーミルが口を開く。
「カイル少尉の言う通り、島から帰ってきた人間で噛まれたものは全員調べた。だが、何も検出されなかったからそのまま生活に戻ってもらったのだが、どうやら失策だったようだ」
「ウィルスか何かか……? 島へ戻って遺体の調査に乗り出す必要がありそうか?」
「いや、そこまでする必要はないだろう。サンプルは手に入れた。この狂暴化した状態で何か結果が出ることを祈っていてくれ」
カイルとブロウエルは第六大隊まで兵士を運び、中へ入るカーミルを見送った。
「……お前は兵器開発か?」
「今は防具……というか上着に加工するスキンの作成ですかね」
「そうか。それは急務だ。それと、広範囲兵器はどうだ?」
ブロウエルの口からそれを聞いて驚くカイル。皇帝と近い隊長なら教えていてもおかしくないかと返事をする。
「……気は進まないんですがね。エリザ達がやられるよりかはマシかと思って作るつもりではありますよ」
「そうか。今回の相手が部隊だけで倒せれば良し。その時は使わないでいいのだから、保険として持っておく感じでいいだろう」
「なるほど」
見立てでは帝国に負ける要素は無いと言うブロウエル。カイルもそのことについては否定せず頷く。
騒動を制したカイルとイリスは再び研究棟へ向かい、サイクロプススキンの製作を続ける。
一方、前線へと赴いたエリザやガイラルは――
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