47. 

 カイルの目の前にサイクロプスが一体横たわっていた。この男はどこまで、何を、知っているのか? 過去のわだかまりはあるものの、カイルはガイラル皇帝が何を考えているのか気になり始めた。

 サイクロプスとガイラル皇帝を交互に見ていると、声をかけられる。


 「お前も一部だが持って帰っていたろう? どうだった?」

 「どうって……弾力性が強く、一体なにで出来ているかがさっぱりわからない。自動車のタイヤのゴムかと思ったが、伸ばせば簡単に伸びる。こんな素材は見たことが無い」

 「ああ、私と同じ見解だ。こいつをベストや服に縫い込んで防具にすることはできないものか? 今からでは戦争に間に合わんかもしれんが、『今後のこと』が心配でな」


 ガイラル皇帝がため息を吐いてから言う。今回の戦争には間に合わないが、強力な装備を必要としていると語る。


 「……できなくはないと思うが、今回間に合わないなら俺はエリザと前線の方がいいんじゃないか?」

 「いや、『間に合わんかもしれん』と言ったのだ。お前ならできると思ってな?」

 「ふん……一体なにを企んでいるんだ? これだけで呼んだわけじゃないだろう?」


 カイルが適当な所に腰かけながらガイラルに問う。


 「もちろんだカイル少尉。……どうせ気づいているのだろう? アレを作って欲しいんだよ」


 幾度となく言ってくる例の件。カイルはカチンとなり、睨みつけながらガイラルへ激昂する。


 「またか! 何度言われても俺は作らないと言っているだろう! だいたいなんで広範囲を攻撃する兵器が必要なんだ? 今回みたいな戦争でも、帝国の力なら他国の協力を仰げば……それこそウェスティリア国でもいいじゃないか」

 「……まあ、な。だが、それでは足りないんだ」

 「何が足りないんだ! そんなに人を殺して領土を広げたいのかあんたは!」

 「落ち着けカイル。……イリスが驚いているぞ」

 『……お父さんがこんなに怒ったところ、初めてみました』

 「あ……すまん。おいで」


 カイルが申し訳ない顔でイリスを呼ぶと、膝の上の座るイリス。カイルは一度深呼吸をした後、もう一度尋ねる。


 「で、どうしてだ? あんたが言っている兵器は以前俺に話した”リベレイション”で間違いないな?」

 「うむ。空から投下するタイプの巨大な弾丸のようなもので、地上に着弾すればそこを中心に敵を焼き尽くすというものだ」

 

 いわゆる投下爆弾に近い兵器で、空対空での戦いが無く、飛空船を所有している帝国ならではの戦法だとガイラル皇帝は言う。だが、無駄な犠牲を払いたくないカイルは大量破壊兵器の製作は拒否し続けていた。


 「俺はそれを拒否した。するとどうだ、あんたはエリザを俺から取り上げた。結婚まで許してくれたあんたがな」

 「……くっく、それはそうだろう。自分の役に立たない男に娘をやるわけがないと思わんか? まあ、今回は少々事情が変わってな。今回は無理にでも作ってもらうぞ?」

 「だから嫌だと――」

 「もし、拒否するならそれでもかまわないが、今度はカイルの知り合いがどうなるか分からんぞ? フルーレ中尉にオートス少佐――」

 「脅迫する気か? セボックに頼めばいいんじゃないのか」

 「私としても悠長にしていられなくなったからな。ま、そういうことで頼むよ。セボック局長はさっき新作のとおり甘い。あの時、大暴れしたお前を生かしているのはこういう時の為だ」

 「……」


 冷や汗をかくカイルは考える。自分がいくら蔑まされようが痛い目を見ようが構わないが、他人にそれが及ぶのは避けたいと。

 そして、『遺跡』にエリザや自大隊のメンバーを入れず、フルーレを同行させていた目的はこれだったかと胸中で舌打ちをする。断ったところでこの男は実行するだろう、ならばカイル自身が消えるか自殺するしか方法はない。

 

 「(帝国から逃げるか? ……だが、前線に出ているやつらを見捨てる訳にもいないか。作るふりをして、失敗作でも渡して納得してもらうのが良さそうだな)」


 五年前には激昂して思いつかなかったことを、歳を経て冷静になったカイルは胸中で呟く。さらにガイラルは話を続ける。


 「それともう一つあるんだが聞いてくれるか?」


 ガイラル皇帝は悪びれた様子もなく言う。カイルは目を丸くしてガイラルを見た後、口を開く。


 「ふう……聞くだけなら聞いてやる。どうせ嫌だと言っても勝手に話すんだろ? ……一体何だ?」

 『わたしも聞きたいです』


 面倒くさそうに言うカイルと、退屈になったのか自分も聞きたいと言うイリス。ガイラルは満足気に笑い、そしてカイルが思っていた


 「カイルよ、『遺跡』と『遺物』についてどう思う?」

 「え?」


 また武器の話かと思ったがまったく別の話が切り出され変な声をあげるカイル。言葉を反芻し、顎に手を当ててから答えた。


 「……過去に凄い文明があって、それが何かしらの理由で崩壊。残されたものが『遺跡』だろ? 俺も昔いくつか調査に乗り出したし、イリスの『遺跡』も見たが詳しいことは分からなかったし、謎のままだな」

 「うむ。だが、あれを作った者たちの噂は聞いたことがあるだろう?」

 

 ガイラルに言われ、目を細める。


 「地底人だか天上人って話か? おいおい、そんなのは噂の域を出ないし、そんなのが居た痕跡もないのは知っているだろう?」

 『……』

 「ははは、確かにな。だが、いなかったという証拠もない。天――」

 「すまねぇ、遅くなりました。アサルトライフルは明日からでも部品の製造が行けそうです。前線の状況にもよりますが、まあギリギリ間に合うでしょうや」


 珍しく真面目な顔でカイルの目を見ながら『遺跡』の話をするガイラル。だが、そこでセボックが戻ってきた。報告を聞いたガイラルはフッと笑い、頷く。


 「そうか、助かる。カイル少尉はここで詰めることになるがいいか?」

 「ええ……って、やるのかカイル?」

 「まあ……」


 曖昧に返事をして、頬をかくカイル。


 「そうか。お前がこっちに居てくれると助かるからなあ。生活部屋はすぐとなりだ、あのワン公も連れてこないといけないか」

 『ワン公じゃありません。シューです』

 「いや、シュナイダーだからな?」

 「はっはっは! では、そろそろ私も大隊長の集まりに顔を出さねばならんから、行くとしよう。イリス、またな」

 『はい』


 微笑みながらイリスの頭を撫で、今度はカイルの肩に手を置いて言う。


 「では、任せたぞ。失敗作など私は許さんからな?」

 「……おう」

 

 嫌な奴だと思いながら去っていくガイラル。装備の説明を兼ねてセボックもその後を追い、カイルは嘆息してポケットに手を突っ込むと、さっきまでは入っていなかった紙が手に触れた。


 「なんだ? ……こいつは!?」

 『なんですか?』


 イリスが広げた紙をのぞき込むとそこには――


 「対空兵器、だと? 作れって書いてあるが、こんなもの戦争の役に立つのか? どこかの国が飛空船を作ったなら分かるがそんな話を聞いたことは無いぞ……」


 カイルが広げ、恐らく皇帝が忍ばせた紙の内容は『小型ミサイル』の構想を書いたものだった。皇帝の言うもう一つは『遺跡』の話ではなく、この兵器のことだったのだと気づく。


 「皇帝……あんたの目的はなんだ? 何故隠す。隠さなければ協力もできるだろうに」


 すでに立ち去った皇帝の後ろ姿に問いかけるように、カイルはひとり呟くのだった。

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