37. 



 「あの音はただ事じゃないぞ! ……イリスの足じゃここを全力で走るのは辛いか。シュナイダー、これを食え」


 「きゅん! ……もぐもぐ」


 「え? 何を食べさせたんですか?」


 「この前のやつだよ。お、きたきた」


 カイルがシュナイダーに餌を与えると、見る見るうちに体が巨大化して元のシュナイダーへと戻っていく。


 「ガォォォォン!」


 『シューがかっこよくなりました』


 「ああ。それじゃ、イリスはシュナイダーの背中に乗って移動するんだ。毛を掴んでいれば落ちないだろ」


 『はい。シュー、よろしく』


 「ガウ!」


 「行きましょう!」


 フルーレが叫び、その声を皮切りにカイル達は村を目指す。道中、魔獣に襲われることを警戒しながら目を動かしていると、奇妙なことに気づく。


 「魔獣が襲ってきませんね」


 「ああ。近くにはいるんだけど、もしかしたら村長が操っているのかもしれん」


 「……どこかへ向かっている?」


 フルーレの頭上を猿型の魔物が木から木へ飛び移り、カイル達には目もくれずガサガサと音を立ててどこかへ向かっていた。

 

 「ガウウ!」


 べちゃっとネズミ型の魔獣をシュナイダーが倒し、それを見ていたフルーレが続ける。


 「シューちゃんが大きくなったから近づいてこない、とかもありそうですね」


 「魔獣はランク付けされるくらいには元の生態系と上下は変わらない。まあカエルが蛇を倒すこともあるから一概には言えないけど、シュナイダーは上級だから、その辺の魔獣なら相手にならないだろうな」


 「わおわぉん!」


 『シューは小さい方がいいです』


 「ひゅーん……ひゅーん……」


 イリスにぴしゃりと言われ尻尾を下げるシュナイダー。魔獣に襲われることなく村にたどり着くと、そこにはマーサだけが残されていた。


 「マーサ!」


 「カイル、さん……。村長が……町を潰すと……」


 「行ったのか……。くそ、五十年前とは武装も違う。一瞬で終わるぞ……」


 カイルが毒づくと、マーサはカイルの胸元を掴み叫ぶ。


 「違うわ! 大きな一つ目の巨人をどこからか呼び出してそれと共に行ったの! あれがなんだかわからないけど、とても危険な気がする!」

 

 「お、落ち着いてください!?」

 

 「(出会った時から冷静で、自分がすでに死んでいることすら淡々と言うマーサが取り乱すとはよほどのものか? ……巨人か、またアレの出番になりそうだな)」


 カイルは一人胸中で呟くと、銃をリロードし、腰のホルスターへ差し込む。アサルトライフルを手に、フルーレへと告げる。


 「フルーレちゃんはイリスと一緒に少しずつでいいから追いかけてきてくれ。魔獣を村長が操っているなら危険はないはずだ」


 「あ、わ、わかりました! ……これは!」


 カイルはそう言い放ちながらフルーレへ深紅のアサルトライフルを投げてよこす。


 「弾は入ったきりのしかない。大事に使ってくれ」


 「カイルさんは?」


 「切り札がある! イリス、後から頼むぞ!」


 『了解です、お父さん』


 「私も行くわ。……お父さんを止めないと」



 カイルとフルーレは一瞬驚いた顔になるが、すぐに頷き、村を後にした。




 ◆ ◇ ◆



 一方そのころ――



 「今日はカイル少尉たちを探して援護を頼むぞ」


 「ラジャ! しかし不思議でしたよ、急に気配も姿も消えるんですから……」


 「森の中は不思議なものだ、俺の親父も――」


 「あ、行ってきます!」


 「こら、人の話を――」


 クレイターが話をスルーしようとしたのを見逃さず、引き留めようとしたところで、


 ズシン……ズシン……


 と、大きな地響きが聞こえてきた。


 「な、なんだ!?」


 「隊長、あれを……!?」


 「は……」


 クレイターが部下に言われて窓の外を見る。すると森の奥、木とほぼ同じ高さの人間が歩いているのを見てクレイター達は絶句する。そこで巨人がクレイター達の方を向き、目が合った。 


 「一つ目、だと!?」


 目の前の光景に理解が追いつかず、見たままの、当たり前のことを呟くと、直後警報が鳴り響いた!


 ウー……ウー……


 プープー!


 警報サイレンに交じり、魔科学のひとつである”魔電話”からも音が鳴り、クレイターが慌てて受話器を取る。


 「クレイターだ! あの巨人はなんだ!?」


 (わ、わかりません! それより緊急事態です! 魔獣の群れが森から出て、町に向かっています!)


 「なに!? よくわからんがカイル少尉たちの捜索は中止! 各員、迎撃に出る、魔通信機を忘れるな。俺も出る!」


 

 「ラジャ!」


 クレイター達は装備を整えて駐屯地から外に出る。すでにそこは戦場と化していた。


 「グルゥゥゥゥ……!!」

 

 「くたばれっ!」


 ダララララララ……


 「グォウ!」


 「う、うわ!? ぎゃあ!?」


 「しっかりしろ! 医療班! どこからでも沸いてくるぞこいつら!?」


 ザ……ザザ……


 (救援要請……町に……魔……獣……)


 「すまない、こちらも強襲を受けたところだ! 本国へ連絡を頼む!」


 (了――解……! うわ……)


 ザザ……


 「キリがないですよ隊長!?」


 「落ち着け、魔獣も無限じゃない、倒し続けていれば――」


 ブオッ!


 「!?」


 クレイターが魔獣に狙いを定めたその時、フッと空が暗くなったことに気づき、上を見上げる。するとそこには、先ほど目が合った巨人が着地しようとしているところだった。


 「た、退避ぃ!?」


 ドォォォオン……


 轟音と共に着地する一つ目巨人。もうもうと上がる砂煙の中、銃の音が聞こえた。


 タタタタタ……


 「げほ……くそったれ……、聞いちゃいねぇのか!?」


 「ふははははは! この”サイクロプス”にそんなちゃちな弾が聞くとでも思っているのか!」


 「誰だ!?」


 「貴様ら帝国が忘れさった村の村長とでも言っておこうか! やれ!」


 「オォォォォォン!」


 「うおおおお!?」


 「隊長!? こいつ……!」


 「撃て! とにかく撃つんだ!」


 ズン……


 振り下ろされた腕がクレイターを狙い、部下が銃を乱射する。ゴロゴロと地面を転がるが、クレイターは何とか無事のようで、ハンドガンを村長のエスペヒスモへ狙いをつける。



 「のこのこ出てくるからだ! お前を倒せばこいつが止まるんだろう!」


 ターン……!


 「ぐ……」


 放たれた銃弾がエスペヒスモの腹部へと着弾し、じわりと赤いものが……出てくることは無く、少したたらを踏んだ後、エスペヒスモはにやりと笑い上着を脱ぐ。そこには――


 「う、うえ……」


 「どうなってんだ……骨、しかない?」


 「とっくの昔に私は死んでおるわ……! 今度は貴様ら帝国兵が死ぬ番だ!」


 骨となった胴体の心臓部分に、魔素を蓄えたエスペヒスモが吠え、サイクロプスと魔獣が襲い掛かる。転がった魔通信機から声が聞こえていたが、クレイター以下、部隊には聞こえていなかった。





 ザ……ザザ……


 (駐屯地……応……答……一つ目の巨……人……町に……)

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