35.
『おお……はんばーぐがパンとパンの間に挟まっている……これは画期的な食べ物ですね。でもぜるとな爺さんのはんばーぐには遠いです』
「ありゃいい肉使ってるから当然だ。帰ったら連れて行ってやるよ。よく噛んで食べろよ? ほら、グレープジュースだ」
『ありがとうございます、お父さん。何個まで食べていいですか?』
「……明日の分が無くなったら困るから三個までな」
『……』
若干不服そうな顔で頷くと、イリスはハンバーガーを口にしもぐもぐと租借する。お腹が空いたと連呼するイリスにとりあえず渡したハンバーガ―だったが、思いのほか食いつきが良く、三個までという制約の中でゆっくりと味わいはじめたので静かになった。
「それで、話ってのはなんだ?」
「……頼みがある。この村を、消し去ってほしいの」
「ど、どういうことですか……?」
「そのままの意味よ。この村は存在していない……いえ、存在してはいけない村なの」
マーサが目を伏せてそんなことを言う。カイルとフルーレが黙って聞いていると、話を続ける。
「……五十年前、私達は森の開発を頼まれていたこの村の住人だったわ。でもある日、魔獣の大群が現れた。村はほとんど壊滅したけど、帝国兵が倒してくれたわ。喜んだのも束の間……その後は悲惨なものだった」
「一体……?」
「けが人や生き残りの村人を……殺したの。当時は疫病が流行っていた時期だったから、少しでも疑いがある人を殺して埋めたわ」
「……」
フルーレが悲痛な顔をし、対するカイルは厳しい顔でその話を聞き、少し間をおいてから口を開く。
「では君がここに居るのはどうしてだ? 幽霊ってわけじゃなさそうだし。それと、魔獣と帝国が村人を殺した件はどこまでが本当だ……?」
「……え?」
「……フフ、さすがね。見た瞬間、この話をするのは『あなただ』と思っただけのことはあるわ。……そう、この話は本来あなたたちに伝えられている話とは半分本当で半分外れ……」
マーサがギィ……と椅子を傾け目を瞑る。ごくりと喉を鳴らすフルーレに、次の言葉を待つカイル。そこで意外なことに口の周りをケチャップでべたべたにしたイリスが口を開いた。
『……何かを見つけましたね? 森の奥で。それを帝国が狙った……』
その言葉を聞いて、一瞬驚いた顔を見せるが、口元を綻ばせて頷く。表情でビンゴだと分かり、そのままカイルは尋ねる。
「見つけたものは『遺物』か?」
「帝国の人間はそんなことを言っていたけど私達にはどうでもいい。あれを使って村長はこの島から人間を追い出すか仲間に引き入れる……そのつもり。そしてその準備が整ったから魔獣が増えたのよ」
「……あなたは、その時死ななかったんですか? 村長さんも……」
フルーレは冷や汗をかきながら、ようやく乾いた口から言葉を出す。『そうだった』と返ってくることを期待して。五十年前のことだという事実を知ってなおフルーレは尋ねる。
だが――
「私はあの時、帝国兵に殺されたわ。生き延びたのは村長だけ。森の奥へ『遺物』を持って逃げた」
「よく逃げ切れたな?」
「『遺物』はふたつ。一つは魔獣を操る力が秘められた赤い珠。そしてもう一つの青い珠は――」
マーサは自分の上着をはだけながら、告げる。
「う……」
「――死体を生きているかのように動かすことができる珠よ」
「……その体は死んだときの傷、か?」
カイルがただれた皮膚と、銃創を見て目を細めて言うと、マーサが頷いて言う。
「そう。死んだときと同じ場所の傷は癒されない。動く死体、それがこの村にいる人間の正体。ただ、作用するのは差があるみたいで私みたいに意識がある死体は少ないの。あなたたちが話しかけた村人は最低限、生前の生活を繰り返すだけの人形みたいなものね」
「なるほど……半分本当というのは?」
「魔獣の大量発生だな。恐らく、魔獣が増えたのは嘘じゃないんだろう。魔獣になるためには魔素が必要だ。これは勘だが、マーサのゾンビ化は魔素を浴びた魔獣と同じだと思う。青い珠とやらが暴走して空気中の魔力を集めた。そこに魔力の塊が発生して動物が大量に魔獣化したんだろう。帝国兵が魔獣を倒した後見つけた『遺物』を回収しようとし、秘密を知る村人を始末しようとした、そんなところだろう」
「ご名答。そんなわけで村長の持つ『遺物』を破壊してほしいの」
「そういうことなら調査も一気に終わるけど、ひとつやらないといけないことがあるな」
「なんです?」
「魔素だ。赤い珠とやらで魔獣が操れるなら、一度溜まっている場所を駆除したほうがいい。戦闘になった場合、魔獣を呼ばれちゃ困るからな。すぐに魔素が溜まることは無いから、準備は先にしておこう」
「わかりました! ……でも、『遺物』を破壊したらマーサさんは……」
「気にしなくていいわ。どうせもう死んでいるもの。それより、村長はこの島の人間を皆殺しにするつもりよ。そんなに時間が無いと思ってね」
「了解した。それじゃフルーレちゃん、明朝6時、行動開始だ。マーサは悟られないよう村長の足止めを頼む」
「任せて」
マーサは頷き、家を出ていく。念のため周囲を警戒していたカイルだったが、聞き耳を立てているということは無かった。
「(というより、そんな知能が残っている死体があるとは思えないな。村長の意思で動くのか? いや、そもそも村長も五十年前から生きているにしては若い。もしかすると――)」
カイルはカバンから道具を取り出しながらこの後の手を考えるのだった。
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