34. 



 <村長の家>



 「……帝国兵……ここへ連れて来たのはお前か? 手紙にお前の名前があった、とやつらは言っていたが……」


 「さっきも言った通り、『私』は知らないわ」


 村長のエスペヒスモはマーサを睨みつけるように見るが、マーサは涼しい顔でそれを受け流す。舌打ちをし、エスペヒスモはドカッと椅子に座りぶつぶつと口を開く。


 「あと一息なのだ……準備は整っている……なら奴らを最後にことを起こすか……?」


 「……私は行くわ。あの人達を案内しないといけないし」


 「おい、待てマーサ! ……くそ、なぜ私の言うことを聞かんのだ……!」


 苛立ちながらまた立ち上がり、椅子を蹴飛ばしながら自室へ向かう。鍵付きの金庫を開け、その中にある大ぶりの玉ねぎくらいの大きさをした青と赤の珠を手に持ち口をへの字に曲げる。


 「これさえあれば……」




 ◆ ◇ ◆




 「……」


 屋敷を出たカイル達は村の真ん中にある広場まで移動していた。無言で前を歩くカイルが立ち止まると、フルーレが先ほどのことをようやく口にする。


 「もう、お茶をこぼすなんてお行儀が悪いですよカイルさん!」


 いい香りだったのに、と愚痴を零すフルーレに、呆れた様子でカイルがフレーレへ言う。


 「馬鹿言うな、出されたものをホイホイ口にする兵士がいるか。……あのお茶、紅茶に見せかけているけど麻薬の類によくある匂いが少しあった。幻覚か麻痺か……それはわからないけど、飲んでいたらどうなっていたかわからないぞ」


 カイルの説明に背筋が冷たくなるフルーレ。そこへイリスが虫網をぶんぶん振り回していた。


 「こら、人に当たるからやめないか」


 『なんか虫がわんわん飛び回っていてうっとおしいのです』


 「きゅん! きゅきゅん!」


 「まあ、森の奥にある村だしな。あ、すみません、ちょっとお話を――」


 「……」


 カイルが農作業をしている村人へ声をかけると、カイル達を一瞥した後スッと家の中へ消えていった。


 「感じ悪いですね……」


 「他の人は――」


 と、村を見渡すと、他の村人も遠巻きに見ているだけで近づけばサッと離れていく。


 『私が捕まえてきましょうか?』


 「虫を掴まえるのとは違うんですよイリスちゃん。元々予定に無い村ですし、休憩場所として考えておきますか」


 「そうだな。いざとなれば接収する手も使うか。どうにもこの村は怪しい」


 『……お父さん、マーサさんです』


 イリスがカイルの後ろを指さし、振り返るとそこにはマーサが立っていた。


 「疲れたでしょう? 宿泊する家を案内するわ」


 「……そりゃどうも」


 カイルは腰の銃をさすりながらマーサの後をついていく。ほどなくしてとある家の前に立った。


 「ここを使っていいわ。……村人はあまり外からの人間を好まないの。話があるなら私が教えるわ……ベッドの上でもいいわよ?」


 フフ、と妖艶な笑みを浮かべるマーサにフルーレが激昂する。


 「だ、ダメですよ! こんな狭い家にそんなことをしたらイリスちゃんの教育に良くありません!」


 「あら、じゃあ、居なければいいの?」


 「そこまでだ。こういう子だからからかわないでもらえるかい? 話はまあ、どっちでもいい。明日にはお暇させてもらって村を接収させてもらう」


 「……」


 不敵に笑うカイル。マーサは肩を竦めて家の鍵を開けて入って行く。


 「……出られるといいけどね、この村から」


 「なんだと?」


 マーサの口から不穏なことが告げられカイルは訝しむ。


 「とりあえず入って。詳しいことは中で……」




 ◆ ◇ ◆



 <ゲラート帝国>



 「……ふむ、フィリュード島を調べようと思ったが資料が残っていないな。さほど大きくない島だ、似たような事件が以前にもありそうなものだが……」


 エリザは休憩を利用して城内にある図書館に来ていた。手紙の件もそうだが、広すぎるということは無い島で魔獣が増えすぎているというのがどうにも気になっていた。

 

 「お、これは島の歴史が載っているのか? ふむ……元は無人島……そこへ帝国の開発が進んだ、か。ふうん、五十年前には確立していたんだな」


 フィリュード島は現地人もおらず、木々の生い茂るのみの無人島だったと記され、当時の開発状況が記されていた。海岸沿いに町を作り、森の開墾のため村を設置したと。


 「島に物資を運ぶのは大変だったろうな。しかしあの島が中継地点として使えるおかげで南にあるボルゲイン国との交易ができるわけだが」


 エリザは資料を進めていき、大きく目を見開く項目に注目した。


 「森の奥に作られた村、全滅……? なんだ?」


 記事を読んでいくと、こう書かれていた。


 ――森の開墾で作っていた村が、突如として現れた魔獣の大群に襲われ全滅した。遺体による疫病を回避するため村は焼き払われた。その後、森の中は危険だということで開墾を中止し、沿岸沿いの開発が積極的に行われた――


 「……犠牲者が載っているのか? ……!?」


 エリザが犠牲者の一覧に目を向けた瞬間、驚愕で立ち上がり資料を取り落とした。その名前の中には『マーサ』と書かれていたからだ。


 「偶然か? しかし魔獣が増えている状況は今回も同じ……同名の人間がいてもおかしくはないが……」


 コンコン……


 「……誰!」


 「残されたものが事実、とは限らないものだよエリザ」


 「父上……!? 最近よく姿を現しますね? 私があなたを許しているとお思いですか? カイルの手前気にしないようにしていますが」


 「そう怖い顔をしてくれるな娘よ。私はカイル君との交際は認められないだけでふたりを憎く思ってなどいないよ?」


 「……よく言いますね。最初は歓迎していたのに……心変わりした理由はなんです?」


 「それは時期が来たら教えてやるつもりだ」


 「では今回の任務は、フルーレ中尉を私の代わりにあてがうつもりですか? 魔獣の調査にかこつけてくっつけようと……」


 エリザが牙を剥くと、皇帝は口元に笑みを浮かべて口開く。


 「さて、上層部はなにか考えているようだけどな? あの島の真実を教えてやろう――」


 「――!? で、では、魔獣が増えたというのは……」


 「あとはカイル君が調査をしてくれることを願うばかりだね。……イリスちゃんもいるし、帝国の失態を消してくれるとありがたいんだが」


 そう言って皇帝は図書館を出ていく。エリザも後を追うように外に出て、その足を上層部がある建物へと向けた。

 

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