31.
『もむもむ……』
「きゅんきゅん……」
もむもむとケーキを次々と口に入れるイリスを見て苦笑するクレイター。フルーレが口元のクリームを拭きとりながら質問を投げかける。
「それで調査はどういう経路で行えばいいんでしょう? めぼしい場所はあるんですか?」
「町を回って話を聞いて欲しいが――」
「いや……大佐、口を挟んで申し訳ない。直接、森へ行きたいんだけどどうでしょうか?」
「森……もちろん調査をするのは君たちだ、それは構わない。……むしろ行ってくれるのか。魔獣は嘘偽りなく多くなっている。危険だぞ?」
カイルは肩を竦めて冷めつつあるコーヒーを口にしてから返事をする。
「『遺跡』に比べれば大したことはありませんよ。なあ、中尉」
「ふふ、確かにそうですね!」
「頼もしい限りだ。では、ギリースーツ等の装備を用意させる。朝出発した方がいいだろう、特に今日は陽が強いから今からだとへばるのが早くなる」
クレイターの言葉にうなずき、カイル達は食堂へ移動。イリスが本領を発揮し、チーズハンバーグという彼女にとって未知の料理が相当数消化され、クレイターを驚愕させていた。
「それでは! ……っていっても隣の部屋ですけど」
「ま、なんかあったらイリスを寄こすよ。風呂へ行くときは連れて行ってやってくれ」
『いえ、お父さんと……』
「折角大風呂があるんだ、行っとけって」
「きゅーん♪」
「お前は俺が洗ってやるから安心しろ」
「きゅふん!?」
三人は宿舎の部屋をあてがわれ調査前の夜を過ごす。窓から見える森が、風でゆらゆらと木々を揺らす。イリスはじっと森の方角を見ていた。
『……』
「どうした?」
『マスター、あの森は嫌な感じと懐かしい感じがします』
「嫌なってのはわかるけど懐かしい……?」
『何なのかは分かりませんが、このあたりがズキンとします』
そう言ってイリスは胸のあたりを抑えて目を瞑る。
「……お前がそう言うとなると『遺跡』でもあるのかね? もしあればお前の謎も解るか?」
『お父さんは危険より知的好奇心なんですね』
イリスは屈強な男たちに囲まれて体を洗われたことに拗ねて丸まっているシュナイダーを撫でながら口を開く。
「そうだなあ。俺は生まれた場所も記憶も無くてな? 多分、七歳か八歳……お前と同じくらいの歳にはもう色々なものを作っていたんだ。それをブロウエル大佐が孤児院か施設みたいなところから俺を連れだして……銃なんかを作らされるようになった」
『不本意でしたか?』
「……子供のころはこういうのを作れるかって言われて作れば褒めてくれたから、そうでもなかった。だけど、一度他国との小競り合いがあってな。魔獣を倒すために作っていた武器が人間に使われた。それで俺は銃を作るのを止めたんだ」
『……』
イリスは黙ってベッドに寝転がるカイルの話に耳を傾ける。自分を拾った彼のことはマスターとしてしか知らないので、興味があった。
「……そういやそのころか、エリザと会ったのは」
『エリザお姉さん?』
「っと、そろそろ寝るか……明日は早いしな……」
『お父さん、エリザお姉さんと何があったのですか? 教えてください』
「……面白い話でもないさ。さ、寝るぞ」
背を向けて言い放った後、カイルはそれ以上口を開かなかったので、イリスもベッドへもぐりこんだ。
「エリザさんとやはり何か……」
「中尉、何やってるんです?」
「シッ! 気づかれちゃいます! ……手ごわそうです、カイルさん……」
ぶつぶつと何か言いながら自室へ戻るフルーレを見て、
「本国には変わった人がいるもんだなあ……」
と、駐屯所の若い兵が困惑するのだった。
そして翌日――
「……イリスちゃん、森は危険なんだ。おじさんと待っていた方がいい」
『ご心配なく。私は強いですから』
「きゅん!」
自分もいると尻尾を振って主張するイリスに頭を抱えるクレイター。
カイル、フルーレのふたりはギリースーツに身を包み、イリスは探検隊のような服を着て、虫網を手に力強く言い放っていた。
「カイル少尉、説得は――」
「まあ、無理ですね。大丈夫ですよ、なんかあっても俺達だけだから」
「護衛部隊も必要ないとは……」
「身軽な方がいいですし、回復術が使えるフルーレ中尉もいます。何とかなりますよ」
カイルは問題ないと笑い、森の中へと足を踏み入れる。それを見送ったクレイターと、準備していた部隊が肩透かしをくった顔で言う。
「……変わった人たちですね……女の子も怯みもしないし……」
「『遺跡』帰りだ、肝は据わっているのさ」
「隊長は小さい子を心配していましたけど……」
ゴーグルを上げながらクレイターに声をかける部下。それに対して、
「俺にはあれくらいの娘が居たんだ」
「へえ、初耳ですよ? ……いた?」
「ああ。事故で亡くなっちまったんだ。危ないからと別居していたんだが、死に目にも会えなかった。俺もあいつみたいに連れてくるべきだったのかもなあ。……俺が守ってやれば良かったんだって気づかされたよ」
「隊長……」
全員が鬼の隊長にそんなことがあったのかと驚愕しつつ、悲しげな表情を浮かべる。すると、その中の一人が。
「隊長、俺達に彼らの護衛の指示をお願いします。一定の距離をを保っていれば気づかれないと判断します」
「……ふむ、そうだな……訓練のひとつだと言ってごまかせるか。よろしく頼む!」
「「「ハッ」」
総勢四人の部隊が、カイル達の追跡を始めるのだった。
森が、獲物を誘うように木々を揺らしていた――
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