30. 



 ――フィリュード島


 帝国領がある陸地から南に1200kmの位置にあるこの島は、人口三千人足らずのそれなりの大きさの島である。海に浮かぶ孤島へは船で行くしか方法が無い。

 台風のような被害は受けないので年中穏やかな気候が人気の観光地でもある。


 『……とガイドブックに書いています』


 「良く読めました! 付け加えるなら、ここは島国だし、魔獣も少ないから観光地としては破格だったんだけどな」


 「そうだったんですね。でも、確かに海もきれいですし一週間くらいバカンスで来たいですねー」


 フルーレが背伸びをしながらそう言うと、近くの商店から声がかかる。


 「そこのお嬢さん! フィリュード島名物ペナントはいかが? 部屋に置いとくと映えるよ!」


 「いえ……来たばかりなのでいきなりおみやげは……」


 「そうかい? ウチにしかないぜこれは! 帰りにでも頼むぜ!」


 「あ、はあ……」


 フルーレが脱力して返すと、イリスはシュナイダーを抱っこしたままフルーレに問う。


 『ぺなんと、とはなんでしょうか? 美味しいものですか?』


 「あはは……食べ物じゃないよ? なんか三角形の布なんだけど、よくおみやげで買ってくる人がいるの」


 「ありゃ、なんなんだろうな……。絶対おみやげが考え付かなかったやつが買ってくる気がするんだよなぁ」


 「あ、わかります! なんかもらうと友達ランクが低い気がします!」


 「あー確かに。セボックに貰った時、なんだよとは思ったかなあ」


 それはきっと勘違いなのだが、カイルも同じ考えなようでうんうんと頷く。食べ物じゃないペナントに興味をなくしたイリスはスタスタと歩き始める。


 「くぅん?」


 『お父さん、お腹が空きました。ここはおさかなが美味しいみたいです』


 『お刺身』と書かれたノボリを指さし真剣な表情でイリスはカイルに言う。カイルはプッと噴き出し、イリスの頭をくしゃりと撫でる。


 「オッケーだ。だけどまずは現地の帝国兵と合流してからな?」


 『はい』


 「きゅーん!?」


 「ふふ、イリスちゃん可愛いですね」


 頬を膨らましてシュナイダーを抱き締め、シュナイダーが悲鳴を上げる。フルーレは麦わら帽子をイリスにかぶせていた。程なくして街はずれに駐屯地に到着する一行。


 「そこの……家族……? と、とりあえず止まれ!」


 全員普段着で、子供までいるカイル達が向かってくるのが見えた兵士は若干動揺して口を開く。カイルはまあそうだろうなと思いながら敬礼をして口を開く。フルーレも隣で敬礼をしていた。


 「カイル=ディリンジャーとフルーレ中尉だ、話は聞いているか?」


 「はっ! お待ちしておりました! こちらへ……」


 身分証を見せると、門番の兵士が頷き中へ案内してくれた。島の地形を利用し、広々とした訓練場に宿舎、体育館のような建物を通り過ぎ、屋敷のような大きな建物へとやってくる。

 二階の執務室の扉を、案内してきた兵士がノックをすると中から年配の男性の声が聞こえてきた。


 「入れ」


 「失礼します! ……では、私はこれで」


 そそくさと立ち去る兵士をしり目に、中へ入ると鋭い目をした男が椅子から立ち上がりカイルとフルーレの前に立って口を開く。


 「……観光気分で任務とはいいご身分だな、カイル少尉にフルーレ中尉」


 「流石に軍服で通常の船に乗船するのは抵抗がありましてね」


 「も、申し訳ありません……着替えてくるべきでした……」


 二人が対照的な言葉を放つと、年配の男がため息を吐きソファへ座るよう示唆し、カイル達は着席する。カイルの膝にイリスがちょこんと乗るのを男は目を細めてみるが、話を進める。


 「さて、自己紹介をさせてもらおう。俺はクレイター=ティス。階級は大佐だ」


 そう言うと、カイルの膝に座っていたイリスが口を開く。


 『イリス=ディリンジャーです。こっちの狼はシュナイダーで、私とフルーレ中尉はシューと呼んでいます』


 「ちょ、ちょっとイリスちゃん急にどうしたの……!?」


 『? どうかしましたか? おじさんはお父さんとフルーレお姉さんのことは知っていたみたいですけど、私のことは知らないと思ったので自己紹介をしました』


 「おじさん……!? くっく……はっはっは! 親に似て肝が据わっている娘だな、おい! 『遺跡』の調査隊から派遣されてくると聞いていたからどんな偏屈が来るかと思ったが……くっく……」


 クレイターは手元にあった電話機を手に取りどこかへ連絡する。


 「俺だ、コーヒーをふたつ。それと、ジュースにミルクと……適当に菓子でも持ってきてくれ」


 「すみませんね、ウチの娘が」


 カイルが肩を竦めると、クレイターは先ほどまでの怖い雰囲気を消し、口元に笑みを浮かべる。


 「気にしなくていい。俺が威圧して委縮するようなやつだったら追い返すつもりだったからな」


 「えっと……?」


 意図が読めないとフルーレが首を傾げるが、次の言葉でその意味がすぐに判明する。


 「……急に本題に入って申し訳ないが、この島は海岸沿いに町が存在し、中心部は開発が少しずつ進んでいるものの大きな森が広がっている。聞いていると思うが魔獣が増えてきたというのも聞いていると思うが、それは森の中だけなんだ。町に被害が及ぶことはめったにない」


 「なるほど……では怪我人が多いというのは……?」


 「……開発を進めたい利権がらみの連中だよ。ウチの兵士は護衛で駆り出されることがあってな。本国の上層部が依頼として報酬も貰っているから俺達も行かざるを得ない。だが――」


 「魔獣が強力で増えすぎたため頓挫しているってところですか?」


 フルーレが意味を理解し口を開くと、クレイターは頷いて肯定する。


 「俺は手紙をもらったからって聞いてますけど?」


 「ああ……出所がわからないアレか。今回動いたきっかけみたいだが、マーサと言う女はどの町にもいないことが分かっている。開発を嫌う者かと思ったが、交易の件や物資について書いているところをみると島の住人だろうが……」


 偽名か? と、カイルは考えるがそれをする意味が今の状況では不明だった。


 「(森の中、か)」


 「失礼します。お飲み物をお持ちしました」


 『おー』


 「きゅうん♪」


 「イリスと言ったかな? お菓子もあるぞ」


 『ありがとうございます、おじさん。ちょうどお腹が空いていました』


 「は、速い……!?」


 カイルの思考は、イリスがケーキを頬張り始めたあたりで中断させられるのだった。

 

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