29. 

 「えい、えい!」


 『フルーレさん、右方向に二体来てます』


 「もう!?」


 「そいつらは放っておいていいぜ!」


 「え? ……あ!」


 カイルがハンドルを切りながら笑うと、フルーレの視界に町の城壁が見え意味を悟る。直後、町の方角から帝国兵が出てきて魔獣が来るのを待ち構える。


 「すまんが頼む!」


 数人の兵士とすれ違う際、窓越しにカイルが叫ぶと、ひとりの兵が返してくる。


 「ハッ! クレイジーホース……#中級__ミディアム__#だ、油断するな!」


 おお! と、EW-036 #ホーネット__ショットガン__#やEW-189 #ウッドペッカー__アサルトライフル__#を構えて魔獣へ発砲しながら散開する。


 「へえ、いい気迫だな。銃がメインの部隊か。……ん?」


 カイルは町に入ると同時に、見知った顔を発見する。少し前、食堂で朝食を共にした――


 「ドグル大尉じゃないか!」


 「あん? ……おお! カイルじゃねぇか! それにフルーレちゃんに嬢ちゃんも!」


 『こんにちは』


 「きゅんー!」


 哨戒任務に駆り出されたドグルが居たのだ。自動車を適当なところに駐車していると、ドグルがカイル達の下へ駆けてくるのが見えた。


 「よう、おふたりさん!どうしたんだよ、デートか? いくらボーナスが出たからって自動車はやりすぎだろ?」

 

 「ち、ちがいますよぅ! ふふん、わたし達は任務なんです!」


 「そういうことだ。俺みたいなおっさんとフルーレちゃんみたいな若い子がデートするわけないだろう? 任務でフィリュード島に行くところなんだよ」


 「勿体ねぇな……それともわざとか? まあいい。フィリュード島って最近魔獣が増えたって話だな。討伐か?」


 「いや、調査だ。俺達ふたりだけのな」


 「……」


 そこまで聞いてからドグルが目を細めて思案する。


 「怪しいな……上層部か?」


 「皇帝じきじきだ。ここに来る前に、エリザ大佐の執務室で激励を受けたぜ?」


 「!? ……マジかよ……陛下は何考えてんだ? 命を狙う男に自分から近づくかね……」


 「それは、まあ色々あるんだよ。ところで、折角だから荷物を降ろすの手伝ってくれないか?」


 カイルはニカっと笑い、ドグルは引きつった笑いで返す。渋々荷物卸を手伝い、近くのカフェへ足を運ぶ一行。コーヒー三つとバナナジュース、ミルクを注文し一息つく。


 「船までまだ少し時間があるな」


 「ですねぇ。ドグルさんがいてびっくりしました」


 「そりゃこっちのセリフだっての……で、フィリュード島か。結構こっちにけが人が帰ってくるから気をつけろよ? 皮膚がえぐられて腐りかけてたようなやつもいたからなあ」


 「ええー……? それ、魔獣の仕業なんですか?」


 フルーレが顔を顰めて呟くと、コーヒーを口に入れてドグルが方眉を下げて肩を竦める。


 「さあなぁ。暗闇でばっさりやられたらしい。傷は爪痕みたいだったから、魔獣だろうけどな。えっとなんだっけ、ほら……」


 『破傷風ですね。細菌による感染症で、魔獣なら爪に土の細菌や、糞が付着していればあり得ると思います』


 「ほえー……」


 「お、おう、それそれ! 嬢ちゃん物知りだなあ……義理とはいえカイルの娘だけのことはあるか?」


 『イリスです』


 「お、おう……イリスね……」


 ちゅーとバナナジュースを飲みながら上目遣いで有無を言わせぬ迫力を出してイリスが呟く。背筋がぞくりとしたドグルが困惑の表情を浮かべながら話を続ける。


 「まあ、そんな感じで魔獣は増えるわ、狂暴だわで現地兵もうんざりしているみたいだ。気をつけてな。……俺も行ってみてぇところだがなあ。何か隠し玉、持ってんだろ?」


 「まあな」


 フッと笑うカイルに悔しげな表情を浮かべるドグルを見てフルーレが笑い、イリスが頭に『?』を浮かべて、シュナイダーがあくびをする。


 程なくして荷物を持ったカイル達は船に乗り込み、船室に荷物を置いた後甲板に出る。


 「ふわあ……もう陸地があんなに小さく……」


 「ここからさらに一日半か……行くだけで疲れちまうなあ。イリス、危ないからあまりへりに寄るなよ」


 『これが海……シュー、落ちたらもうあなたを助けられません。大人しく私に抱っこされるのです』


 「ひゅんひゅーん……」


 尻尾をくるんと股下に下げ、シュナイダーはイリスにしがみつく。しかしイリスも海を見ておっかなびっくりしながら行ったり来たりを繰り返していた。

 そして周囲に誰もいないことを確認したフルーレがカイルに尋ねる。


 「……どう思いますか?」


 「……それはどっちのことだ?」


 「両方、ですね。わたしが選ばれた理由と島の状況です」


 ふむ、とカイルは目を逸らし少しだけ面倒くさそうに答える。


 「フルーレちゃんは『回復術』が使えるから、だろうな。俺はこういうことには強いから、ってところか」


 「で、でも他の人も使えなくは……」


 「……そう言うことにしておけ。いいな?」


 「……っ! は、はい……」


 いつもの飄々として優し気な顔をしたカイルだが、今はとても険しい顔……それこそ皇帝を殺す時に見せた表情をしていた。


 「(意味はある。多分――)」


 と、カイルは考えうる可能性を頭に浮かべ海を見つめる。だが、今から行く任務にそれは必要ないと頭を振った。


 ――そして舞台はフィリュード島へ

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