28. 



 「おはようございますー!」


 「ふああああ……フルーレ中尉、早いなあ……」


 「中尉はつけなくていいですよ? そんなに早いですかね?」


 「そりゃ集合の二時間前で陽もまだ出てないからね……」


 カイル家に意気揚々と現れたフルーレが照れて頭を掻く。カイルはあくびをしながら家に招き入れてから顔を洗う。


 「イリスちゃんはシューと一緒に寝ているんですか?」


 『くかー』


 「ひゅーん……」


 「ああ、毛が抜けるからやめろって言ったんだけど、気づいたらベッドに連れて行ってるんだよ」


 「うふふ、子供は動物好きですからね」


 ベッドでお腹を出して眠るイリスに微笑んだ後、真面目な顔でリビングに戻ってきてカイルに聞く。


 「……今回はわたし達だけだと聞いています。上層部は一体何が狙い何でしょう……」


 「……俺の話を聞いたようだな」


 「はい。恐らく、あの時のメンバーは全員。だけど、カイルさんがどうして皇帝陛下を殺そうとしたかの理由は語ってくれませんでした」


 そう言ってカイルを見つめるフルーレ。しかしカイルは首を振ってコーヒーに口をつける。


 「俺から言えることはないかな? でも迂闊に俺の過去を口にしないことだ。頭がおかしいと思われるか……消されるぜ?」


 「……」


 カイルの言葉に俯き、フルーレはコーヒーをずず……っと口にし、


 「あの――」


 『おはようございまふ……ほら、シューも起きるのです……』


 「きゅぅん……」


 と、何かを喋りだそうとしたところでイリスが目を覚まし、ぽてぽてとリビングへやってきた。寝ぼけているのか、シュナイダーの尻尾を掴み、モップのように引きずっていた。


 「起きたか。フルーレちゃんが来ているから、朝食を取ったら出るぞー起きろー」


 『……ふぁい……』


 結局フルーレが何を言いたかったのかは聞けず、カイルはわざわざ過去のことを掘り返す必要はないと、当たり障りのない会話をしながら準備を進めていく。覚醒したイリスの食欲にフルーレが驚き、出発の時間となった。


 「自動車って聞いてますけど、そんな高価なものを使っていいんでしょうか? わたしは免許を持っていませんけど、運転手さんがいるのかな?」


 「ミュールの町まで距離があるし、部隊で動くわけじゃないからコンパクトに移動できる手段がいいのさ。幸い、俺は免許がある!」


 『わー』

 「きゅんきゅん!」


 イリスが抑揚のない声でぱちぱちと手を叩き、シュナイダーが足元ではしゃぐ。帝国において、運転免許はなかなか取れない貴重なライセンスである。三人と一匹が車庫へ到着すると、ツナギ姿の青年がカイル達に気づき笑いかけてくる。


 「カイル少尉、お待ちしていました! 整備は万全ですよ!」


 「ありがとう、助かるよ」


 「いえいえ、カイル少尉の知識に比べたら僕なんてとても……あの時、ブレーキ音を聞き分けてくれなかったら、お偉いさんが事故を起こしていたところですよ」


 青年が興奮気味に言うのを頬をかきながら苦笑して聞くカイル。そこにフルーレが口に指を当てて、


 「流石は元技術――」


 「やめとけって」


 「もが……!? あ、は、はい! すみません!」


 「迂闊な発言で死にたくないだろ? 気を付けるんだ」


 「一応、修理工具などはトランクへ積んでいます。お荷物もどうぞ!」


 助かると青年に言ってから、鎖でぐるぐる巻きにされ、魔血晶で出来た刃と銃が入ったアタッシュケースに、着替えなどが入ったトランクを入れ、フルーレのキャリーバッグのような大きい荷物ケースを積みこむとカイル達は自動車に乗り込む。


 「そういえばあの武器が入った木箱は持ってきていないんですね?」


 「……トランクに入れてあるよ。バラして入れてあるけどな。流石に対物ライフルは持ってきてないけど」


 「あはは……あるんですね……」


 「あの時フルーレちゃんに貸したのも持ってきている。ハンドガンの中じゃ折り紙付きの威力だから現地についてから危険な状況なら渡すよ」


 「ありがとうございます! そういえば名前とかついていないんですか?」


 「また教えてやるよ、さ、出発だ!」


 ブルォン!


 カイルがエンジンをかけると、自動車が勢いよく揺れた。アクセルを踏み、ゆっくりと進みだす。


 『これはいいですね』


 「きゅんー」


 「こら、窓から頭を出すなって危ないから」


 「あ、ダムネ大尉ですよ!」


 フルーレが指さした先に、訓練にでも向かうのか数人の男と一緒に歩くダムネの姿を発見する。カイルは片手をあげて挨拶し、ダムネがびっくりした顔で見送ってくれた。


 「ははは、何でそんなのに乗ってるのかって顔だったなあ」


 「流石に『遺跡』の調査隊のメンバーとはいえ、次の目的までは知らされてませんからね。……次はもうちょっと危なくないといいけどなあ……」


 「ま、調査だけだし大丈夫だろ? さて、町を出るぞ。魔獣を警戒しておいてくれ」


 「了解しました!」


 元気よく返事をして、フルーレがハンドガン”イーグル”を取り出すのだった。





 ◆ ◇ ◆





 「……さて、あの島で何が起こっているのか、楽しみだな」


 「陛下は何があるかご存じで?」


 「いや、私はここから動くことはないから流石に分からぬよ。だが先日『遺跡』が口を開け、今度は魔獣の異常発生だ。面白いとは思わないか?」


 「はあ……」


 側近の気のない返事に、皇帝は肩を竦めて玉座に座りなおす。


 「(もしかすると、時が来ているのかもしれんな。そうなるとカイルには出張ってもらわねばならん。この世界のためにはアレが必要なのだと気づいてもらわねばならんからな……)」

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