第21話 信仰力の集め方

 妾が祀られていた時代に比べ、今の世は随分と生きやすくなった。

 あの頃は食うのに困っている者も沢山おったし、冬になれば毎年必ず数人は寒さで死んでおったもの。

 病になった時も薬なんて高価な物は庶民の手に入るはずもなく、見よう見まねの漢方もどきと自然回復を願って、連日のように家族の者が参拝しに来ておった。


 それに比べ、現代はなんと過ごしやすいことか。

 食べ物はそこらの店に溢れる程置いてあり、作るのが億劫な時は銭はかかるが専門の店に出来上がった料理を届けてもらう事も出来る。


 昔に比べやけに外は暑くなったが、家屋の中じゃと雨風を楽に凌げるのに加え、くーらーなる物のお陰である程度なら気温の調整も可能とはほんに便利な代物じゃ。


 薬も法外な値段ではなく、誰でも購入出来る程度の値段じゃし、昔と比べ効果も高い。

 

 和服はめっきり見なくなってしもうたが、洋服なる物も慣れれば中々。

 多種多様な種類があって着飾る事が好きな者にとってはたまらんじゃろう。


 位の高い者にしか開かれておらなんだ学問も今では国民全員が受けられるようじゃし、知識の差は昔ほどないのじゃろう。


 ここに来て少しだけじゃが、人の子の発展にはまっこと驚かされてばかりじゃ。

 特に娯楽の類いが妾としては驚いた。

 てれび、げーむ、まんが、しょうせつ、いんたーねっとに、すまほなる物まで。

 家にいながらにして、これだけの数の娯楽が存在しておるのじゃから。

 しかもこれで終わりではなく人によってはさらに増え、外で行える物も数に含めば、昔と比べ膨大な数となるじゃろうて。



「それにしても、妾の力はどうやったら戻るのかのう……」


 信仰力が貯まれば力を取り戻せる。それは分かっておるのじゃが、問題はどうやってその信仰力を集めるかじゃ。これが分からぬ。


 配信に出た時、すーぱーちゃっとなる投げ銭とやらの制度で金銭はもらったのじゃが、肝心の信仰力はさっぱりじゃったからのう。


 そもそも妾の事を信仰しておらなかったのか、配信の仕組みに問題があるのか分からぬが、あれとは別に考えてみようかのう。


 もともと妾がおった小さな神社跡は賽銭箱すら無くなってしまっておるから、あそこに直接詣りにという訳でもなさそうじゃが。

 また新しく、妾に対する賽銭箱を用意すれば良さそうではあるが、肝心の置く場所がなさそうじゃ。

 小さめの賽銭箱なら部屋に入れる事は可能じゃろうが、そうなると賽銭箱に銭を入れようと人の子が部屋に入れねばならぬし、もし噂になろうものなら殺到する可能性も大いに考えられよう。

 この部屋にそれを受け入れられる余裕は当然無いのじゃから別の方法を探さねばならん。


「ん~」


 駄目じゃ。何も良いのが浮かんで来ぬ。こういう時は一人で考えるより聞きにいった方が早いのう。



「――というわけなのじゃ」


 太陽が中天に差し掛かる時間帯、優の家にて四人仲良くテーブルを囲い、素麺を食べてる最中聞いてみた。


「うーん、賽銭箱は流石に置けんよなぁ。部屋のスペース的に場所取るのもそうだけど、参拝客が来るって事はだ。俺達が住んでる場所がバレるって事だからな。ご近所だけならとうにバレてるけど問題ないし。だがそれがネットで告知しようものなら、全国の視聴者がここに来るって事になる」


 少し休憩とばかりに水を飲んでいると、引き継ぐように澪歌が言葉を繋いだ。


「そうなると絶対に騒がしくなって、心ない人も必ず現れるからトラブルが起きて治安が悪くなる危険性がどうしても付きまとうの。そんな事になったらここに住みづらくなってしまうよ」


「そう、じゃな。やはり難しいかの」


 分かっておった事とはいえ、しっかりそう言われると中々来るものがあるの。


「…縁に対して投げ入れる賽銭箱が必要なんだよね?」


 先ほどまで思案をしていたのか、素麺も食べずじっとしていたミオが口を開いた。


「そうじゃ。ミオは何か良い案があるのかの?」


「ん、賽銭箱ならパソコンに作れば良い」


「あー! なるほど、確かに」


 ゆかりに対する賽銭箱、それ専門の物をネットで作れば良いってことか。

 それなら場所も取らんし行けそうだ。

 YouTubeのメンバーシップもそうだし、他にもファンサイトとかで作ろうと思えば容易に準備出来そうじゃないか?

 これなら参拝客が押し寄せてくるなんて事もないし問題ないだろう。


「なるほど! インターネットの中に作ってしまうんだ。ミオちゃん頭柔らかいね」


「そ、その方法なら可能なのかのう?」


「詳しくは食い終わってから調べてみるわ。――でも、可能性は一気に出てきたな」


「うむ! よろしく頼むのじゃ」


 諦めかけていた所に可能性が見えたことで、先ほどまで項垂うなだれていた耳と尻尾も元に戻り、ゆかりは再び素麺に箸を進めた。



「にしてもほんと、色々あるな」


 食べ終わった後、ゆかりにせっつかれる形で洗い物は澪歌とミオに頼み、リビングでノートパソコンを開き調べてみた。


 こういうの初めてちゃんと調べたけど、結構やってるとこ多いんだな。

 募集する側が設定した金額を毎月払うタイプもあれば基本的に無料で登録出来、その後欲しいコンテンツに設定されている金額を支払うタイプもあった。

 当然運営している所によって取り分も変わってくるし、サイトでのサポート面だって違ってくる。

 ほんと、どれが良いんだろうな。


「ゆかり、これだけ種類があるけどどれにしたい?」


「う~む。現状、力を失った妾には貰っても返せる物がないからのう。力が戻った暁にはお守りでも作って送りたいと考えておるのじゃが」


「なるほど、じゃあ――」


 基本的に無料で登録出来るのが良さそうだ。

 有料でも見返り無しのコースも作れるところ、――ここでいいか。

 取り分も他よりほんの少しだが良心的だからか、結構規模も大きい。

 利用者からの評判も上々みたいだし、サポート面も充実しているようだ。


「ここにするか」


「ん、ここなら安心」


 いつの間にか洗い物を済ませていた澪歌とミオが後ろから覗いていた。


「優君、名前は何にするか決めてるの?」


「分かりやすさ重視で『ゆかりの賽銭箱』にしようかと思ってるけど」


「ほぅ、それなら確かに妾だと分かりやすいのう」


「そうだね。分かりやすいのが一番だもんね」


「ん」


 三人とも賛成みたいで良かった。


「それじゃ、これで登録するな」


 必要な項目を入力し終えると、専用のページへと移り変わった。

 どうやらここでコンテンツの説明や設定などを行うらしい。


「えーと、取りあえずこのページの説明文から作ろうか」


[このコンテンツは視聴者のお主らは知っておると思うが、信仰力を失って何も出来なくなった妾の力を取り戻すために三人に協力してもらい作ってもらったのじゃ。

 もしお主らの中に金銭的余裕があって、妾を信仰したいという者がおったのなら、幾らでも構わぬのでここの賽銭箱に入れてくれると妾は嬉しいのじゃ。

 今は何もお返しは出来ぬが、力を取り戻した暁には、希望した者に妾の念を込めたお守りでも送ろうかと考えておる。

 力を取り戻すのにどれだけ必要なのかは妾にも分からぬがどうかよろしく頼むのじゃ]


「ゆかり、これで良いか?」


「うむ! バッチリなのじゃ!」


「あとはコンテンツに賽銭箱を追加したら完成だね」


「…賽銭箱に投入出来る金額に上限は付けるの?」


 あー、確かにどうしよっか。

 実際の神社だと上限なんてないから幾らでも入れれるけど、現実には千円以上入れる人なんてほんの一部だろうし。


「う~む、特に必要無いと思うのじゃが。大抵の者はご縁があるようにとかいうて五円にしたりするのじゃろう。なれば問題はないように思えるのじゃが…」


「じゃあ上限は無しに設定、っと。――しかしあれだな」


「ん?」


「折角さ、オンラインで出来るんだから、賽銭したらお礼の言葉でも流れるようにした方が良くない?」


「それは、言われてみれば面白そうかも?」


「そういうものなのかのう?」


「ん、縁。ここに向かってお礼言って?」


 いつの間に持って来たのか、録音用の機械をミオはゆかりの前に用意していた。


「う、うむ」


 コホン、と一つ小さく咳払いをし、息を吸い、ゆかりはそれに向かって口を開く。


「あ、ありがとうなのじゃ。――……これで、よいのかのう?」


 こういう事は初めてだったのか、平然を装っているつもりなのだろうが、ゆかりの頬は多少赤く染まっているように見えた。

 ミオも満足のいく物だったのか、グッとゆかりに向かって親指を立てていた。


「んじゃ、これを賽銭箱に入れた後流れるように設定して、――これで終わったかな」


「おお! 三人共ありがとうなのじゃ」


「良かったねゆかりちゃん。みんなやってくれると良いね」


「…たぶん直ぐに達成出来ると思う」


「ん、んん~、とにかく終わったし何か甘い物でも食べよ。――何かあったっけ?」


 わいのわいのと騒ぎながら設定が完了した画面を閉じる。

 後でTwitterに宣伝とリンクも貼っとこうかな。


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