第19話 帰宅配信

「のうのう、これは何なのじゃ~?」


「あー、これはな――」


 ゆかりを連れ帰った翌日、真っ昼間のリビングのソファに座り昨日撮った動画の編集作業をしている俺の膝の上、ゆかりがちょこんと座って広げた本の中を指していた。

 

 人間の歴史は数十年間隔で大きな変化を引き起こし、技術開発でいえばその間隔は更に短い。

 1983年にファミリーコンピューターが発売され、最新のSwitchが2017年。

 この間、半世紀も経っていないのだ。


 普通の人間なら充分過ぎる程時間が経っているという感覚だろうが、ゆかりにしてみればそうではない。

 数百年ぶりに人に会い、外の世界へ出てみれば何もかも初めて見る代物だったろう。


 実際、車を鉄製の巨大な箱だと思ってたし、エンジンをかければ地震と勘違い、走行中は見たことのない速さで流れていく景色に釘付けとなっていた。


 他にも炭酸ジュース飲んでビックリしたり、カーナビの音声に驚愕したりと帰ってくるまで数えきれない程の発見があったようで。

 そんな様子も撮影し、良い感じに今編集している。


 ちなみに澪歌とミオは買い物に行っており不在だ。

 お隣になったミオの部屋の家具を見に行っている。

 引っ越し祝いとゆかりの歓迎会には、贅沢に複数の店から出前を頼む予定だ。

 もちろん費用は俺持ち。いやー、我ながらなんという大盤振る舞いなんだろうか。

 少し前まで金に困ってたのに、今はちょっとの贅沢じゃ痛くもない。――嘘です。少し痛いです。

 それでもまあ、ミオに加えてゆかりまで出てくれるってんだから、直ぐに取り戻せるよな。


 てっきりゆかりもミオ達の買い物に付いていくものと思っていたが、この時代の事を少しでも知っておきたいと言って今、帰りに買ってきた歴史の教科書を読んでいる。

 しかしあれだったな、こんな目立つ耳と尻尾なのにコスプレ扱いだったのか、あまり回りからどうこう言われる事がなかったのは良かったな。


 ――……良しっ!

 編集作業終わり! さて、あとはこの何回分にも分けた動画達を、配信を始める前に見終われるよう予約投稿しとこ。

 最初からすっぽんぽんのあるからめっちゃ濃いモザイク処理が面倒だったわ。いっそのこと黒塗りにしとけば良かったかもな。

 まあでもその分、再生数は期待して良いのかもな。


 今のうちにTwitterの方で告知もやっとこ。

[お前ら数日振り!今晩、前回の経過報告の配信するから。新しいメンバーも紹介するし、その動画はあと一時間後位に上がるからそれも見てくれよ!]


 まぁこんなもんで良いだろ。――ん? ミオから連絡――って、そろそろ帰るのか。じゃあ出前の注文しとくか。




「「ただいま」ー」


 玄関のドアが開き、二人の声と商品が入った袋のガサガサとした音が聞こえてきた。

 途端にゆかりは教科書を開いたままテーブルの上に置くと、玄関へ走って行った。


「お帰りなのじゃ。――して、妾が頼んだ物はあったかのう?」


「あったよー。はい、分かりやすい歴史の本。全種類揃ってなかったから途中飛び飛びなのはごめんね」


 そう言って澪歌に渡されたのは、漫画で分かる日本の歴史シリーズだった。


 なっつかしい! 

 俺もそれ小学校の時読んだわ。

 読書の時間の時とか自習時間の時に読んで、そのシリーズ全巻読破したな。


「良かったなゆかり。――ん? ちょっとそれ貸して」


「構わぬが汚すでないぞ?」


 ゆかりから渡された漫画の表紙を見て、すぐに違和感の正体に気付いた。


 なんか表紙の絵が変わってる!?

 俺の読んだ時はなんかこうあれよ、もっと芋っぽいというか、着飾ってない感じの表紙だったけど、今のはイケメンと美少女ばっかりだな。これも時代の流れってやつなのか。――中身は変わってないとは思うけど、ちょっと気になるし、ゆかりが読み終わったら貸してもらお。



「ミオ、買った家具はいつ来るんだ?」


「明日、運んで貰う予定」


「明日か」


「ん、だから今日もここに泊まる」


「んー、まあ、そういう事なら仕方ないな」


 今日もソファで寝るのか。ここ最近ずっとソファな気がするけど、まあ明日からはまたベッドで寝れるし問題ないか。


 買ってきた商品を片付け少しのんびりしていると、出前の到着を知らせるインターホンが部屋に響いた。



「えー、じゃあ、ミオの引っ越しとゆかりとの出会いに乾杯!」


「「「かんぱーい」」」


 テーブルの上に所狭しと並べられた出前の品々の上で互いにコップを掲げる。

 ピザにチキンにハンバーガー。

 食い合わせとして相性が良さそうなこの三種がこれでもかとテーブルに広がっていた。


「おぉ~、なんとも芳しい香りがするのう。これはどうやって食べるのじゃ? 箸かのう?」


「いや、基本的にはこうやって、手掴みで食べるんだ」


 実際に食べて見せるとゆかりは感心したように息をもらし、見よう見まねで食べ始めた。


 四人という事もあり、少々多めに注文したので残るのではと心配したが、それは杞憂に終わったようで、テーブルの上にあれだけあった料理は全て綺麗に食べ尽くしていた。

 



「そろそろ時間だな」


 夜も更け準備はすでに完了し、配信の時間が今まさに訪れた。


『こん』

『こんー』

『待ってた』

『お久し』

『前回のが気になって毎日8時間しか寝れなかった』

『今晩は』


「お前ら久しぶり」


「みんな元気にしてた? 今日も来てくれてありがとね」


「前はいきなり乱入してゴメン。今回から僕も正式に参加するから、皆よろしく」



『!!ヽ(゚д゚ヽ)(ノ゚д゚)ノ!!』

『マジで!?』

『めでたい!\10000』

『優お前そこ変われ!!!\333』

『両手に花とか裏山』

『やったーー!!!\2000』



「早速のスパチャありがとな。嫉妬と羨望の声が聞こえたけど、まだこれで終わりじゃないんだよ」


『なん…だと…』

『マジか!?』

『もしかしてもう一人いるとか!?』

『なになに!?』

『もったいぶらずにはよ!!』

『気になる』

『はよ紹介して!役目でしょ!』

『期待!』


「そうだな。じゃあ早速紹介するとしよう。――ゆかり、出てきて良いぞ」


 俺の促しにリビングの端で待機していたゆかりは狐耳と尻尾をゆらゆら揺らしながら足を進め、ノートパソコンの前で足を止めた。


「――のう、これはどこに向かって話せば良いのじゃったか」


「ここ、このレンズのとこ」



『――――!?!?』

『いやいやいやいや、――マジ!?』

『耳と尻尾見えるんですけど\5000』

『コスプレだったらもうちょい作り物感が出そうなもんだけど』

『これってガチのマジのやつ?』



「おお! ここじゃったか」


 そう言って撮影しているノートパソコンのカメラを覗き込むような姿勢を取っているゆかりの姿は、緊張なんて微塵も感じさせない普段通りの姿を思わせる。

 初めてなのにこの余裕を出している様子は流石神様といっていい。

 きっと人に乞われて何かをするのも日常の出来事だったんだろう。

 

「妾はゆかりえんと書いてゆかりと読む。力を失くしてしもうたがこれでも一応神様なのじゃ。力を取り戻すためにも皆の者、妾を信仰してくれるととっても嬉しいのじゃ」



『のじゃロリキター♪o(゚∀゚o)(o゚∀゚)o♪\1000』

『お賽銭投げなきゃ(使命感)\500』

『今日から宗教変えるわ\3000』

『尻尾見せて!尻尾のつけねのとこ』

『はぁ~可愛いなぁ。心底持って帰りたい\2000』



「早くも信者獲得かのう。…にしてはさっぱり力が戻る気配が無いのじゃが。なんでじゃろ。――尻尾のつけねが見たいとは中々、不心得者もおるようじゃ。今宵は特別じゃぞ、もう二度とは見せぬからな」


 俺が首を縦に降ったのを見ると、ゆかりはノートパソコンの方に背中を向け、服のすそを持ち上げる。

 腰のつけね、そこに白い肌とは全く違う尻尾が生えていた。



『うおおおおおおっ!!!』

『ガチでマジじゃねえか!\1000』

『きつねっ娘萌え\2000』

『そんなんほんまにおんねんな』

『さっきの永久保存しとこ\8888』

『良い物見れた\5000』

『視聴者1万突破しとる!』

『いちまんおめ\10000』


 

 うおっ、ほんとに一万人突破してる!

 やっぱ配信前にゆかりの動画を上げまくったかいがあったというもの。

 にしてもあれだな。改めて見ると、うちの子らコンテンツ力の塊なのでは?


 澪歌は美人で胸も大きく、幽霊で色んな心霊現象起こせるくせに自身は怖がり。余裕を持った一面もあれば、ホラー物見た夜には一緒に寝ようと離れなかったし。


 ミオも綺麗で澪歌とほとんど同じぐらいの物を持ち、霊能力者って事で澪歌とゆかりを大いに助けた。動画や配信で他に武器になりそうなのはまだ分からないが、今でも充分過ぎるぐらい力になってくれた。


 ゆかりは可愛らしく、きつね耳と大きな尻尾が特徴的。発育は子供相応といった感じだが、そっち方面の需要はカバー出来そう。力を失った神様らしく、信仰力が集まれば力を取り戻すそうだが、どうなるやら。意外と好奇心旺盛で勉強熱心でもあり、これからどんどん現代の知識をつけていってもらいたいものだ。


 三人に比べて俺はどうよ? コンテンツ力、無くない? まあそれ今さらだな。

 だいたい俺一人にコンテンツ力あったら、就職なんてせずに今でも一人でYouTuberやってただろうし。

 そうなってたら三人に会う事も起こりえなかった訳で。

 そう考えると寧ろあれだな。三人に出会えたんだし俺にコンテンツ力無くて良かったわ。

 これからもこの出会いを大切に俺の出来る事をやっていこう。



『一万すげえええ!』

『ゆかりちゃん狐の姿になったりは出来るのかな?』

『尻尾もふりたい』

『うちにも欲しい』



「狐の姿に戻る程度であれば今の妾にも可能じゃ。――見ておれ」


 次の瞬間、配信画面の前からゆかりの姿は消え、着ていた服が宙を舞い、その下から狐になったゆかりが出てきた。


「どうじゃ、しっかりと狐の姿であろう?」



『すっっげぇ…』

『腹に顔うずめてえ』

『モフモフしたいわモフモフ\5000』

『それってさっきみたいな人間に戻るのも出来んの?\7000』


 おっと? 今それは――、


「当然じゃ、しかと見ておr――「はーい、ストーップ! ゆかりちゃん、人に戻る時はこっちで戻ろうね」


 配信画面の前で戻ろうとしたゆかりを、落ちていた着替えを拾っていた澪歌とミオに抱えられる形で画面の外へ消えていった。


「…危なかった。あのままだったら裸が映ってBANされてた」


 画面の外に居るミオの言うとおり、あのままほっといたら一発でBANされてただろう。

 ただでさえ未成年のそういう事には過敏なんだし、その裸となったらそりゃそうなっても仕方ない。

 ゆかりの年齢は少なくとも数百年らしいが、見てくれは未成年の少女そのものだし、言い訳なんて通らないだろう。


『惜しいw』

『……見たかった』

『あと少しだったのにぃ』

『ナイスBAN回避\1000』

『危ない危ない』

『ミオと澪歌ナイスディフェンス!\3000』



 その後も雑談などで盛り上がり、あっという間に数時間が経過し、もうすぐ日付が変わろうかという時間になっていた。


「ふあ~ぁ、ん~」


 大きなあくびをし眠そうにまぶたを擦るゆかり。どうやらもうそろそろ体力の限界が近いようだ。



『ゆかりちゃん眠そう』

『添い寝してあげたい』

『ぼちぼち配信も終わりか?』

『なんか腹減ってきた』



「ゆかり、眠そうだしもう寝るか?」


「ん~」


 返ってきたのは生返事。そろそろ寝かせた方がいいな。


「ゆかり、ベッドに行くぞー。歩けるかー?」


 ついに返事は返ってこず、ゆかりはミオの胸を枕代わりにするようにもたれかかって穏やかな寝息を立てていた。



『可愛いッ!!』

『すやすやしてる』

『まあ時間が時間だしな』

『高速で保存したわ』



 ここからは起こさないよう小声で話さないと。


「ゆかりも寝ちゃったし、今回はこの辺で終わりにするわ」


「バイバーイ、またね」


「また来てね」



『乙ー』

『お疲れ様です』

『おつかれー、楽しかった!』

『おっつおっつ』

『おつ』

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