第17話 出発前の準備

「…準備する物は覚えてる?」


 とうに日が昇り、鳥のさえずりも聞こえなくなった時間帯。

 あのあと結局泊まっていったミオと三人、リビングで用意する物の確認を行っていた。


 しっかし、ソファで寝たせいか体のあちこちがアレだな。

 泊まっていくって聞いた時はビックリしたけど、ミオには俺の部屋で寝てもらった。澪歌も昨日はテンション高かったし、寝ないものかと思ったがミオと一緒に寝たらしい。

 流石に年頃の女性をソファで寝かせて自分はベッドなんてのはな。良心が痛むわ。


 にしても用意する物って結構あったよな。


「ちゃんとスマホでメモってたから大丈夫だって」


 大きなリュックに、クーラーボックス。日焼け止めとスプレーをはじめとした虫除けグッズ。草刈り用の鎌や懐中電灯まで。向こうで買えるとは思うけど少しは持つ食い物や飲み物もか。

 なんか結構大掛かりだよな。いったいどこ行くんだか。――ちなみに出発は明日だ。


「ん、なら安心。僕は少し寄るところあるから。後で合流するから先に行ってて」


「りょーかい。私達は近くのホームセンターに行くんだよね?」


「そーそー。あそこなら大抵揃うだろうし。それじゃ、ぼちぼち行こうか」


 マンションの前でミオと別れ、澪歌と二人、照りつける日差しの中ホームセンターへ足を向ける。


 にしても甲子園も終わって時間が経つのに、未だ夏の気配は色褪せない。

 いくらエアコンがかかった室内は快適でも一歩外に出たらこの灼熱地獄だとたまったもんじゃないよほんとに。

 澪歌がそばにいるお陰で多少、ほんの少しではあるが涼しい気もするけど、やっぱこの季節は嫌いだ。さっさと秋と交代してほしいと心のそこから願うよ。


 澪歌といえば、幽霊になってから日が出ている時に外へ出るのは初めてなのもあって、俺とは対照的に元気そのものだった。


「優君優君、昼間ってこんなに暑かったんだね!」


 突如吹いてきた突風に大きな麦わら帽子と胸元の露出が少ないワンピースを抑えつつ、純粋な子供のように笑いながら話す。


「……おー、そうだな。しっかし元気だねえ澪歌は」


 俺なんてもう溶けてしまいそうなんだけど。日差しもそうだが、それ以上にこのコンクリートから来る反射熱がきっつい。どうにかなんないのこれ。

 あと少し、もう少し歩けばホームセンターのはずなんだし早く店の中でキンキンに効いてるクーラーで涼みたいわ。


「ほら優君、もう少しだから頑張って」


「あ゛~」


 ひんやりとした澪歌に手を引かれながら炎天下という地獄を脱しホームセンターに入っていった。


「あ~、生き返る」


 蒸し暑かった外とは違い、広大な店内をお客様に快適に過ごしてもらおうと、電気代なんて一切歯牙にもかけない程、涼しい風が火照った体を冷ますように流れていた。


「優君、どれから買いに行こっか?」


 未だ店内の冷房で体を冷やしている俺に比べ、澪歌は一番大きなカートを持って準備万端といった様子でそばに来た。

 買い物がそんなに楽しみなのだろう、きっと尻尾が生えてたらブンブンと勢い良く振っているに違いない。


「…取りあえず近いのから行こうか」


 まだもう少し涼んでいたいが、店の中歩いてる内に楽になるだろ。




「…お待たせ」


 必要な物はあらかたカートに入れた頃、用事が済んだのかミオが合流。


「結構時間かかったな。用事って何だったんだ?」


「ん、引っ越しの手続き。――僕、今日からお隣さんだから」


「ほんとに!? やったミオちゃん! これからいっぱい遊びに行くね」


「ん、僕も」


 なんて行動力だよ。確かにもう澪歌と仲良くなってるし、こうやって頼み事とはいえ一緒に遠出する準備もしてるけど。

 でもだからって隣に引っ越してくるとは思わなかったわ。

 まぁ俺としてもミオは可愛いし、でかいし、何より澪歌の恩人みたいなとこあるから大歓迎だけどさ。

 

「引っ越し祝いと言いたいが、それはまた今度だな。あと、買うもんは食べ物と飲み物ぐらいだが、何が良いんだろうか?」


「とにかく三人揃ったんだし見てまわろ」


「ん」

「それもそうだな」




「いやー、かなり買ったな」


 草刈り用の鎌人数分、紙コップに割り箸、チャッカマン。

 日焼け止め、蚊取り線香をはじめとした虫除けグッズ。

 それらが余裕で入る大きなリュックにクーラーボックス。

 食料と飲み物は乾パンやお茶といったものからこれから帰って食べるデザートまでと多種多様。

 まあこれだけあれば充分だろう。


「ん、帰って準備しよう」


「そうだね。さ、帰ろ優君」


 あー、嫌だなあ。このクーラーの効いた天国のような場所から、また地獄のような外に行かないと駄目とかほんとやだわ。

 帰るため絶対に行かないとって分かってるんだが、何て言うの本能がそれを拒否してるっていうか、出来る事なら出たくない!


「もうちょいゆっくりしてかない?」


「ダメ、明日に備えて早く準備した方が良い」


「そうだよ優君。私も早く帰って買ったデザート食べたいし」


 多勢に無勢、こうなってしまっては素直に従う他ない。

 

 行きよりさらに暑さを増した帰り道、元気に歩く女性二人とは別に、俺は暑さで溶けかかりながら二人に付いていった。

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