第12話 幽霊、ホラー番組を見る 後編

「――…ふぅ、すっきりすっきり」


「あっ、優君おかえり」


 手を洗ってトイレを出るとすぐそこに澪歌が華やいだ笑みを見せて待っていた。


「うぉっ! なんでそこに居んの! ビックリしたわ」


「だってほら――」


 澪歌が指差したテレビを見ると既にコマーシャルは明けていたらしく、二本目のお話が始まっていた。


「もう始まってたのか。一人で見てて良かったのに」


「いい、優君。ホラー番組は一人で見るものじゃないの。誰かと一緒じゃないと」


「そんな怖がらなくても。冒頭から怖いシーンなんて滅多にないんだし」


 未だぐずる澪歌に腕を拘束される形でテレビの前へと戻ってきた。



 さすが年に一回のホラー特番なだけあって今回も中々の物語が揃っている。

 ていうか今回あれだな、結構な割合で登場人物死んでるわ。

 一本目は生存者一人でそいつもじきに死にそうだったし、それ以外でも生き残ってる人の方が少なくないか?

 今回のはあれなんだな。怪異側の殺意が凄いことになってるわ。


 にしてもこうして見ると、澪歌で良かったような気がしてくるな。

 番組のはフィクションだって分かってるけど、もしこんな殺意マシマシのやつが相手だったら、俺はとっくに死んでたんじゃないかって思う。


 その点、協力前の澪歌は食器を叩き割ったり、夜中枕元に立ってたり勝手にテレビをつけたり消したりだったから。

 なんだろう、怖かったといえば怖かったよ、うん。出来る限り家に帰らないようにしてたし。

 それでもまぁ、今やってる番組に比べたらとても可愛らしく思えるな。

 それにしてもほんとに澪歌はこういうの苦手なんだな。今も涙目で俺の腕にしがみついてるし。

 ったく、澪歌だって俺に散々やってきたのに怖いの苦手ってのもおかしな話だよ。


 っと、もうこんな時間とは。あともう一本あるかどうかってとこだな。

 いやー、やっぱり自分の好きな番組だとニュースやワイドショーと比べると時間が経つのが早い早い。

 何なら夜通しやってくれても俺としては大歓迎なんだけどな。

 


『コマーシャルの後はいよいよ皆さんお待ちかね。生放送で霊能力者によるお祓いをしていただきます』


「…………は?」


 今何て言った?

 お祓い? 聞き間違いじゃなければお祓いって言ったよな。

 はぁ~、どうしてそんなことするんだよ。俺はホラー特番なんだから最後まで怖い話でいくと思ってたよ。


 番組表には、…うわ、書いてたわ。普通に見落としてたか。

 あ~、どうしよっか。この時間帯他のチャンネルはニュースとか面白そうな番組無いし、見るだけ見るか?


 でもお祓いってあれだろ。どうせ霊能力者がそれっぽい事やって、相手がそれに合わせる茶番だろ?

 澪歌にも見るか聞いてみよ。

 

「澪歌、どうするよ。次お祓いみたいだけど見るか?」


「お祓いだったら怖くない、よね?」


「怖くはないと思うけど、澪歌は大丈夫なのかなって。祓われたりしないか?」


「私に向かってお祓いするわけじゃないんだし大丈夫だよ。それに私、お祓いとかそういうの信じてないからね」


「なら大丈夫なのかな」


 他に見る番組も無いし、今まで楽しませてくれたから最後まで付き合ってみるか。


 コマーシャルが明けると広いお座敷に十人ほどがそれぞれ座布団の上に座らされていた。


『先生、どうぞお願いします』


 進行をつとめている恰幅の良い男性アナウンサーがそう促すと、奥の襖が開かれ先生と呼ばれた人物が現れた。

 

『先生は素性を明かされていないためこの様なお姿での参加となりますが、今日はよろしくお願いします』


『どうぞよろしくお願いします』


 襖の奥から出てきたのは全身着ぐるみで全く中の特徴が分からない明らかな不審者。

 足元に何か入っているのか、歩く度に珍妙な音が鳴っているし、声もボイスチェンジャーを使っているのか、男性か女性かの判別すらつかない。


「いや、これ放送事故では?」

 

 着ぐるみで出てくるとかインパクトが強すぎる。期待なんて欠片もしてなかったのに、何かもう既に面白い映像になってるわ。


 

『えー、私のやり方でやっていいと聞いたんですがよろしいですか?』


『はい! それはもう。お願いします』


『ありがとうございます。――ではそこの男性』


 先生と呼ばれた着ぐるみが指した方へカメラを向けると、そこには参加者の中でも一番顔色が悪そうな男性が映し出された。


『そう貴方です。――彼以外は何もないので帰っていいですよ』


『ちょっと先生!? 本気ですか。本気で仰ってるんですか?』


『――? ええ、もちろん。私のやり方でやらせていただきますので』


 ざわつく会場をよそに着ぐるみはさも当然のように言いはなった。

 さきほど好きにさせると言質を取られた以上、番組側としても従わざるを得ないようで、お座敷には着ぐるみとアナウンサー、そして指名された男性のみがカメラに映っていた。


「おいおい、何かそれっぽくなってきた。これも演出なら大したもんだけど。――澪歌にはあの男性に何か見える?」


 そう訪ねると目を凝らして画面をしばらく見つめ、俺に向き直った。


「ん? ん~、何かもやっぽいのが見えるけど詳しくはさっぱり」


「まじで見えるのか。じゃあ何だ、あの着ぐるみ本物って可能性が高いのか」



『……ここ半年、悪夢にうなされる毎日なんです。お願いします先生! どうか、どうか助けてください!』


 番組ではやつれて顔色の悪い中年の男性が、人目をはばからず涙を流し先生と呼ばれる着ぐるみに懇願しているところだった。


『すみませんがお断りします』


『『え?』』


 ほとんど迷う事なく断った着ぐるみに、思わず男性とアナウンサーから声が漏れ、着ぐるみを見つめた。


『先生、ちょっと先生! これお祓いのコーナーなんですよ! しかも生放送! 断るって何を考えてるんですか!?』



「これほんとにガチの放送事故では。あの着ぐるみどう収拾つける気だよ」



『この男性が一方的に霊の被害を受けているなら、私としてもきちんとお仕事してましたけど』


 一呼吸置いてさらに着ぐるみは言葉を続ける。


『貴方はお祓いを受ける前に警察へ行くべきだと思いますよ。そこにいる奥さん、とっても怒ってますから』


『――ッ! な、何故それを』


 心当たりがあるのか、男性はみるみると額に汗をかき狼狽えはじめた。


『何故もなにも、そこにいる奥さんが教えてくださったので。まだ信じられないのでしたら、貴方が行った殺害方法や死体を埋めた場所も話しましょうか?』


『い、いえ! あの、自首したら妻は許してくれるのでしょうか!?』


『――……優しい奥さんで良かったですね。今日の内に捕まったらとり殺すのを止めるそうですよ』


『そう、ですか。ありがとうございます! ――あの、スタッフさん。すいませんが今スマホが無いので、警察呼んでもらえませんか?』


『――……えっと、これはあの、我々はどうしたら良いのでしょうか!?』


『男性が言ったように警察を呼んでください

。――私はお仕事が終わりましたのでこれで失礼させていただきます』


 アナウンサーにそう話すと着ぐるみは珍妙な足音を鳴らしながらカメラの前から消えていき、アナウンサーと呆然としている男性だけが残された。

 遠くなっていく足音だけは暫く音声として入っていたが。


『……えー、まだ尺が余ってるのですが。取りあえずそうですね、先生が要請した通り警察を、――もう呼んでます? そうですか、ありがとうございます。それでは我々はここで警察の到着を待ちますので、一回スタジオにお返します』


 いきなり返されたスタジオでは、ベテランの司会者が慌てる事もなくさっきのお祓いコーナーや今までのお話の感想をゲストに振ってそつなくこなしていた。


「お祓いコーナーだったはずなのに、結局全くしなかったぞ。なんか放送事故っぽかったし、もしあの着ぐるみの言ってたことがほんとなら、本編とはまた違った意味でホラーなんだが」


「あの人本物みたいだったし、もしかしたら番組中が終わる前に、生で逮捕の瞬間見れるかもしれないね」


 怖い話を見ていた時のビクツキは何処へやら。

 滅多に見れない瞬間を見ることが出来るかもと澪歌は興奮気味に話している。


『――おっと。えー、どうやら警察が到着したそうですので現場に戻します』


 連絡を受けた司会者がそう言うと画面は一気に先ほどのお座敷へ変わった。

 今まさに到着したところのようで、けたたましいサイレンの音と共に警察官らしき数人の声が聞こえてくる。


『警察署の者ですが通報されたのはどなたですか?』


『あ、はい。我々になります』


 スタッフの代わりに喋るのが仕事のアナウンサーが警察の対応にあたるようで、カメラはその二人を捉えていた。


『それで自首がしたいとのことですが貴方で間違いないですか?』


『いえ、それはあちらの男性になります。我々は彼の代わりに通報しただけですので』


 アナウンサーが男性の方へ案内すると、男性はホッとした様子で両手を前に出した。


『逮捕、してください。…私は妻を殺しました』


『間違いありませんか?』


『……はい。私がこの手で妻を』


『では逮捕するよ。○○時✕✕分、殺人容疑で容疑者逮捕。――詳しい話は署の方で聞かせてもらうから。通報ありがとうございます! 貴方も少し事情聴取をお願いしたいのですが』


『今日はもう遅いので明日でも構わないでしょうか?』


『それはもちろん。では明日、ご足労ですが○○署の方までお願いします。それでは私達はこれで失礼します。ご協力ありがとうございました!』


 容疑者を乗せたパトカーが改めてカメラに向かってお辞儀をし、警察署へ向かって夜の町に消えていく。

 騒然とした現場に再び静寂が訪れ、役目を思い出したアナウンサーによって今一度、画面がスタジオに戻された。

 と同時に終了の時間となったようで、司会者がまとめに入り4時間に渡って放送されたホラー特番は、最後に衝撃的な結末を捉え終わりを迎えた。



「いやぁ、なんかとんでもないの見ちまったな。警察まで仕込みってのはないだろうし。まぁ明日のニュースでも――」


 感想を述べている最中、短いコマーシャルが明けると後番組のニュース番組が始まり、早速速報としてさっきの逮捕劇が報道され、警察署の前には先ほどまでとは別のアナウンサーが既に駆けつけ報道を行っていた。

 自身の枠で起こった出来事なだけあって、他の局のアナウンサーはまだ見えず独占といえる状態、なんて思っていると他の局の人間もちらほらと見えはじめた。


「はっや! 行動力が速すぎるだろ。ついさっきまで番組やってたのに、もう警察署にいるとか」


「こういうところは凄いよね。流石大手のメディアって感じで」


「そうだな。この対応の速さは見習いたいわ」


 この感じだと、新しい情報は明日にでも出てきそうだな。

 にしても、中々満足の行くホラー特番だったと思うわ。

 物語の質も演じている俳優も、個人的には満足のいく内容だった。

 お祓いコーナーが生で始まったときにはかなり白けたけど、こんな終わり方をするとは思わなかった。

 そういやお祓いなんて欠片もしてなかったけど、まあそれでもあれだったら視聴率と話題性はかっさらえたろうな。



「ん~、さて、ぼちぼち寝るとするかね」


 大きく伸びをするとあちこちの凝り固まった骨が心地よい音を鳴らす。


「え? もう寝ちゃうの?」


「いやいや、もうとかいうけど11時回ってるんだぞ。流石にそろそろ寝るって」


「徹夜でゲームしない?」


 俺は寝るつもりだったが、澪歌はそんなことは微塵も考えていなかったらしく、ゲームの準備をしていた。


「流石にしないって。明日な、明日。――じゃあおやすみ」


「ちょ、ちょっと待って」


 ゲームは断念した澪歌はリビングの電気を消し、ピッタリと俺にくっつくように部屋に入ってきた。


「なんだ、澪歌も寝るのか? 寝なくても大丈夫なんじゃないのか?」


「いや、あのね、大丈夫だよ。大丈夫だけど、たまには睡眠を取るのも悪くないかなぁって」


 落ち着かない様子で両手の指をくっつけたり離したり、明らかにしどろもどろな話し方。

 なるほど、これはつまり。


「もしかして起きとくのが怖いのか?」


 どうやら図星だったらしく、澪歌は分かりやすく体をビクッとさせた。

 まぁ番組中もあんなに怖がってたしこうなるのも無理はないか。

 仕方ないな、ベッドが狭くなるのは嫌なんだが。


「――ったく。そんなに怖いなら一緒に寝るか?」


「…良いの?」


「ベッドが狭くなるからほんとは嫌だけど。まぁ、今日はしょうがないだろ」

 

「ありがとう、優君!」


 狭いベッドの中、否応なしに体は密着してしまい、澪歌は番組を視聴していた時と同じように俺の腕を巻き込み、しがみつく形となっていた。


「優君、本当にありがとうね。おやすみなさい」


「はいはい。おやすみ――って」


 俺の返事よりも先に隣から規則正しい寝息が聞こえてくる。


 もう寝たのか!?

 いくらなんでも速すぎやしないか。まぁ、それだけ信頼されてるってことなんだろうかな。

 それにしてもほんとに狭い。これじゃ寝返りも打てないし。

 部屋のスペースにはまだ余裕があるし、次はもうちょい広いのにしようかな。

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