第11話 幽霊、ホラー番組を見る 前編
「――お、これは」
昼下がり、何気なくTwitterを見ているとある所に目が止まった。
Twitterは全世界でも有数なSNSで使用している人数も莫大。
そこへの広告効果はSNSをやっていない世代を除けば非常に効果的で、今やこれまでの新聞やテレビを使用するよりも効果があらわれる事も少なくない。
今もまたある番組の広告がでかでかとそこに表示されていた。
「――? どうかしたの?」
「ん? ああ、これこれ」
座っているソファの背後から覗き込んで来た澪歌に、その画面が表示されているスマホを見せる。
「えーと、真夏の心霊特番4時間スペシャル? 今日やるんだ。えっ、これ見るの?」
「当然よ」
夏といえば何を思い浮かべるだろうか?
学生ならなんといっても夏休みという長い休み期間だろう。
照りつける日差し、女性の薄着から透けて見える下着の色や健康的に焼けた小麦色の肌。海水浴でスイカ割りなんてのも良いな。
とかく人を開放的にさせる季節と言われているが、個人的には心霊の季節を押したいところ。
といっても男女で肝試しという名目で吊り橋効果を狙った物じゃなく、もっとこうホラーのようなの。
その点でいえばそういう映画やテレビ、漫画に小説は良いよな。
作り物だって分かってるのにその最中はドキドキするし、不意に家鳴りなんてした時には心臓バックバクになる。
中でもやっぱりテレビと小説が俺としては好きだ。
テレビは今日みたいな特番で新作が毎回のように見れるし、小説は文字だけだがその分想像力がはたらいて、他の媒体とはまた違った怖さが襲ってくるから。
にしても最近のホラーは年一回の特番ぐらいしか見れなくなったよな。
俺が子供の頃とかはある番組のひとコーナーで、季節なんて関係なく毎週のようにホラーやってたのに。
あの頃は自分でいうのもあれだが、よく見てたと思うわ。
怖いシーンになりそうだったら両手で顔を覆って指の隙間から見てたっけかな。
誰でもあったろうけど、その番組があった夜は決まって天井のなんでもない染みが気になって眠れなかったりしたし、夜中に目が覚めてトイレに行くのも怖かったなぁ。
大人になった今でもそういう番組でビックリする事はあるけど。まあ、いきなり大音量で音出されたりしたら大抵の人は驚くだろうよ。
それでも怖いって思う事はほとんどなくなったけど。
結局、創作だって現実にこんなのあるわけないって理解してるから、子供の時みたいに真に受けながら見るなんてしなくなったからな。
だからこそここに越してきて実際に心霊体験した時はほんとにビビったけども。
「忘れないように視聴予約しとくか」
点いていたテレビを番組表へ変更すると、すぐにその番組は見つかった。
夜7時から11時までの時間帯。
これはゆっくり見るために番組が始まる前には飯とか終わらせときたいな。
「澪歌も見るか?」
「えっ、う~ん。そう、だね。せっかくだし見ようかな」
何気なく聞いてみたが少し驚いた様子で返ってきた。歯切れもあまり良くないし、もしかして。
「澪歌、ひょっとしてホラー系苦手?」
「そ、そんなことないよ? 寧ろ小さい時から見てたし、それに私幽霊なんだよ? 幽霊が怖いの苦手なはずないよ」
そうは言ってるけど明らかに目が泳いでるんですけど? まぁ、本人がそういうなら俺があまり変に気を使う必要もないかな。
「そうか、良かった。じゃ予約予約っと」
よーし、これでおっけぃ。
あー、早く時間にならないかな。年一の楽しみだし、今から放送時間が待ち遠しくてしかたない。
『これは、私が実際に体験した出来事です』
黄昏時、早い夕飯も済ませ澪歌と二人、レースゲームをしている最中、チャンネルが変わり落ち着きのある女性の声と共に待ちに待った番組が始まった。
「あっ、あぁ、せっかく勝てそうだったのにぃ」
「しゃーないしゃーない。またあとでな」
手早くゲームの電源を切り、テーブルの上に置いていたコップのお茶を一口飲み番組を見始めた。
『ねぇ健二、ほんとに行くの?』
『ったり前よ! 心配すんなって、幽霊なんているわけねぇんだから』
大学に入って最初の夏休み。
高校時代よりさらに長い長期間の休みの間に、キャンプや旅行、海や花火などだいたい遊び尽くした私と健二、直也、紗綾の四人はこの日、付近では有名な心霊スポットである廃病院へ肝試しをしに行く事になったのです。
私としてはあんまり乗り気ではなかったのですが、『夏といえば肝試し! これをしないで夏を終えるとかありえねぇ!』と健二と直也は既にノリノリでした。
断る事も出来たのでしょうが、大学ではいつも行動を共にしていますし、もし断ったら今の関係が変わってしまう気がして。
私だって幽霊を信じているわけではありません。
それでも既に時間も遅く、だんだん繁華街から離れていき車のライトだけが頼りになってくると、いいようのない不安が大きくなっていくのを感じます。
『はーい、とうちゃーく! いやぁワクワクするわ』
車を走らせること数時間、ついに目的地である廃病院へ着いてしまいました。
時刻は既に零時を回り、車のエンジン音が消えると嫌に静かだと思ったのを記憶しています。
『ほらほら二人とも、そんなビビんなくても大丈夫だって。俺と直也がちゃんとまもっから』
『そーそー。いざって時は俺がぶっ飛ばしてやるって!』
『車で待ってたらダメ、かな?』
『駄目駄目、折角来たんだし。――大丈夫だって。何もおきやしないから』
自信満々に答える男性陣に対し、紗綾の待機案も呆気なく却下され、私達も仕方なく懐中電灯を持って二人に着いていきました。
もし中であんな事が起こると知っていたら、絶対に止めていたのに。今さら悔やんでも悔やみきれません。
『やっぱ有名なだけあって結構来てる奴等いんだな』
『だな。ってか俺達もなんか持ってこりゃよかったな』
彼等が懐中電灯で廃病院を照らすと、遊び半分で来たのでしょうか、色とりどりのスプレーで落書きがされているのを見付けました。
『おっ、ここ開いてんじゃん。っと、小さなガラスの欠片あるから気ぃ付けろよ』
元々は厳重に鍵がかけられていたと思われる扉も、既に何者かによって無造作に開けられていて、そこから気が進まないまま中へ入ると、一段と周りの空気が冷たくなっていくのが実感出来ました。
『結構らしくなってきたじゃん』
『どっから行くよ?』
入ってすぐの受け付け、でしょうか。そこも外と同様に落書きがあちこちに見受けられました。
ひび割れた壁、コンクリートの破片が落ち、乱雑に放置された書類に何処から生えてきたのか木の幹まで。
壁にかけられた院内の地図はボロボロで欠けているところが多いものの、それを参考にするようです。
この廃病院は地上5階、地下2階と大きく、全て調べようとしたらかなりの時間がかかりそうです。
『やべぇとこって何処だっけ?』
『あー、確か手術室とどっかの個室、あと霊安室だったはず』
聞いた話によるとこの病院は戦前から営業しており、戦争の最中は次々と負傷者や避難民が押し寄せ戦場そのものと言っても過言ではなかったそうです。
大きな病院とはいえ戦時中、あらゆる物資が足りてなく、また当時の技術では救えない命も多かったようです。
もちろん病院としては手を尽くしましたし、きちんとお寺に依頼して供養もしたようなのですが、それでも亡くなった人々の無念は晴れる事なく次第に病院内で心霊現象が噂されるようになったようです。
『霊安室って何処よ?』
『霊安室、霊安室。…あー、地下だな。でもそこは最後の楽しみに取っとこうぜ』
『それもそうだな。先に手術室から行ってみるか』
エレベーターなんて当然動いておらず、案内板にあった地図を頼りに3階にある手術室へ歩いて向かいました。
懐中電灯の心許ない明かりを頼りつつ、劣化が激しい廊下や階段を歩く道中、私達の足音と話し声だけが建物にやけに響きました。
『あれじゃね?』
健二の指差す方向、3階にある一番奥の部屋、[手術中]の明かりが煌々と存在感を出している部屋がそこにはありました。
『意外に早く見つかったな』
『もっと手間取るかと思ったわ』
興奮気味に話す健二と直也とは対照的に、私は今までとは比べ物にならない程の寒気が走りました。
『……なんで、明かりが点いてるの』
ここが廃病院になってかなりの年月が経過し、当然もう電気や水道も停止されているはずなのに、どうして遠くからでもそこが手術室と認識出来るぐらい明かりが見えるのか。
『もぅ嫌。……わ、私もう帰る』
大粒の涙を瞳に湛えながら紗綾が訴えた時、大きな音と共に手術室の扉が開かれ、手術道具が載せられた機械台だけがゆっくりとこっちに向かってきました。
『――いやぁああああ!!!』
『ちょ、なんだよあれ!?』
金縛りにあったかのように身動きが取れなかったのですが、紗綾の悲鳴で我に返り一目散にその場を後にしました。
『……いや、いやぁ』
『はぁ、はぁ、――……やっべぇなあれ、ガチじゃん。……おい、直也はどこ行った?』
無我夢中で最初に居た受け付けまで戻ってきたのですが、いつの間にはぐれてしまったのか直也の姿だけ何処にもなかったのです。
『ったくマジかあいつ。――……おーい! 直也ー! 聞こえるかー! 聞こえたら返事しろー!』
院内に良く反響する声量で健二が叫ぶと、遠くの方から返事が返ってきました。
『――おーい! こっちこっち! ちょっとこけて足怪我しちまって。悪いけど肩貸してくれ』
『おう! 今行くから待ってろ!』
『私も行くよ』
『いや、お前は紗綾に付いててやってくれ』
それだけ言うと健二は懐中電灯片手に声のした方へ消えていきました。
私も探しに行きたかったのですが、泣きじゃくっている紗綾を一人にする事も出来ず、その場に残りました。
どれだけの時間が過ぎたのでしょうか。
未だに健二と直也は姿を見せる気配は無く、一度は落ち着きを取り戻した紗綾も、この異常な状況に再びパニックを起こしそうになっていました。
紗綾と共に車まで戻って警察を呼ぼうとしましたが、圏外の為電波が通じず。
車のキーは健二が持っていたので電波が通じるところまで行くのも叶いません。
『紗綾、私二人を探しに行ってくるね』
『ダメ、ダメだよ。置いていかないで。一人にしないで』
『大丈夫、心配しないで。どうせあの二人がいつもみたいにふざけて隠れてるだけだから。引きずってでも連れて帰るから。ね?』
尚もダメだと私の手を取って主張する紗綾に対し、強気に振る舞ったのは今でも覚えています。
この時、彼女の手を振り払って二人を探しに行かなければ、もしかしたら紗綾だけでもと思うと今でも後悔しています。
『健二ー? 直也ー? いるんでしょー? いい加減悪ふざけは止めて出てきてよ!』
『おーい! こっちこっち!』
私の声に直ぐに反応がありました。やはり二人ともふざけていたのです。私と紗綾がビクビクして怖がっているのを陰で笑っていたのでしょう。そう考えると今まで怖がっていた私がバカみたいに思えてきます。
『まったく、二人ともふざけて、ない、で――ッ!!』
声した方へ懐中電灯を向けると、確かに二人は居ました。
互いの肩を支え合うように立っているものの、二人の首は太いパイプのような物で貫かれており、誰の目にも既に二人は死んでいるのは明らかでした。
『――……いやぁあああ!!!』
ここから先は記憶にありません。
気が付いた時には太陽が昇っており、私は外で倒れていたようでした。
車に戻ると紗綾の姿も無く、電波が戻ったスマホで警察を呼びました。
警察の到着後、廃病院からは健二と直也、二人の遺体が見付かったものの、紗綾は未だに見付からず行方不明になってしまいました。
私は二人を殺害した犯人として事情聴取を受けたものの、女性には到底出来ない死に方と証拠不十分なため捕まる事はありませんでした。
あれから私は精神的に不安定となり、今も精神病院に入院しています。
ただの遊び半分冗談半分のつもりだったのです。
けれどそれが許される場所ではなかったようで。
見殺しという形になるんでしょうか。私はそんなつもりはいっさい無く出来る事ならみんなと一緒に、また遊べたら嬉しかったのですがそうもいかないみたいで。時々、聞こえてくるんです。特に最近ははっきり私を呼んでるんです。
『おーい! こっちこっち!』と。
女性の独白と共に画面は暗転していき、先ほどまでの雰囲気を一掃するようなコマーシャルが流れ出した。
「うん、まぁ中々だったかな」
一発目というのもあるし、まだまだこれからのやつにも期待出来そうだ。
にしてもやっぱり大きな音のあったな。あれ強制的にビックリさせられるような気がしてあんまり好きじゃないんだけど。
というかあれだな。あんまり集中出来なかったな。主に隣のせいで。
そう思いながら隣に視線をやると、澪歌がコアラのようにしがみついていた俺の腕をようやく解放したところだった。
「澪歌、お前やっぱり怖いの苦手だろ?」
「その、少しだけ苦手、かな?」
そうは言うけど番組が始まった途端に手を握ってきて、怖そうなシーンになるとしがみついてきたのに、それを少しってのは流石に無理があるだろう。
腕に必要に押し付けられる柔らかな感触のせいで番組に集中出来なかったんだけど。
「幽霊なのにホラー苦手だったのか」
「ホラーは好きなんだよ。ただ毎回見たあと後悔するぐらいビクビクするんだけど」
「そんなに怖いんなら部屋行ってても良いのに」
「優君、何を言ってるの。ホラー見たあとに一人になる方がもっと怖いよ。こうして優君のそばに居ると安心するけど」
うーん、困った。
どうにも離れる気はないみたいだ。怖さは半分以下になるけどしょうがないか。
「優君は平気なの?」
「子供の頃から見てたし、最近は誰かさんのせいで耐性も付いたしな」
「ダ、ダレノコトカナー? ワカラナイナー」
「ったく、別にいいけど。――ちとCMの内にトイレ行ってくるわ」
「わ、私も付いてくよ!」
「ちょ、流石に一人で行かせろ」
しがみつこうとする澪歌を振り払い何とかトイレへ到着。
まったく。まだ一本目が終わっただけなのにあの怖がりよう。
まだまだ続くのにほんとに大丈夫か? 個人的には新鮮で良いけど、番組に集中出来ないのは痛いよなぁ。
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