第10話 夜通しゲーム配信

「これは中々良い感じだな」


 初めてのゲーム実況という事もあり少し不安もあったが、再生数、高評価数、コメント、そのいずれも好評で、特に再生数は既に十万再生を突破。


 また告知用に作ったツイッターのアカウントは早くも数万のフォロワーを獲得し、YouTubeのチャンネル登録者数に迫る勢い。


 ツイッターや動画のコメントには一回対戦してみたいといった類いが特に目立つ。


 でもそういう枠で配信するのもいいかも知れない。

 今まで見るだけだったおかしな現象を視聴者が実際に体験出来るし、一緒に遊ぶ事でさらに視聴者との距離が縮まる。何より二人でプレイするより最大人数の八人で対戦した方が面白くなるのは間違いないだろう。


「澪歌ー」


 まだまだ暑い昼下がり。ソファに座りワイドショーを見ながらもう何杯目かの素麺を口に運ぶ澪歌に呼び掛ける。


「どうしたのー」


「この前のゲーム実況好評でな、対戦してみたいってコメントが結構あって。どうだ、配信で視聴者と対戦してみないか?」


「出来るんならやってみたい!」


 めんつゆが入った容器をテーブルに置き、身をのりだし澪歌は答えた。


「お、じゃあ今日の夜にでもやるか」


 澪歌も乗り気なようで何より。

 今からツイッターで告知しとこ。

[今夜、前動画にしたゲームの配信するよ。ルールはたぶんステージランダムのアイテム有り、ストック制でやると思う。8人対戦で遊ぶので良ければ皆の参加待っている]


 取りあえずこんなんで良いか。

 さて、長時間はするつもりないけどいざ配信始まると結局長引くだろうし、始める前に晩飯とかも済ませといた方が良いだろう。今日は何にしようかな。

 そうだそうだ、配信予約もやっとかないと。あっぶな、すっかり忘れてたわ。







 遠くに聞こえていたカラスの鳴き声は消え、茜色に染まっていた空に夜の帳が降りる。

 晩飯時に僅かに聞こえてきた気の早い虫の音に、季節の変わり目を感じながら配信の準備を整えた。

 配信の時間まで少し猶予があるし、ちょっと見に行ってみるか。


 そんな軽い気持ちで枠を見に行くと、既に待機中の人数が数百人を越えており、雑談など思い思いに盛り上がりを見せていた。


「凄いね! もう皆こんなに待ってるんだ」


「そうだな。折角だし時間になるまでチャット参加するか」


「私がやっても良いかな?」


「おう。じゃあ、はい」


「ありがと」


 配信枠が表示されているノートパソコンを澪歌の前にやると、澪歌はぎこちない手付きでキーボードを打ち始めた。


『みんな、こんばんは』


 緩やかに流れていたチャット欄だったが、そこに配信者が参加した事で流れが一気に加速し、澪歌が打ったチャットは瞬く間に流れていった。


『こん』

『こん』

『ばんわ』

『こん』

『心霊体験が出来ると聞いて』

『ばんは』


 最初の方こそチャット欄を一つ一つ見ていた澪歌だったが、流れが早くなった事で追えなくなっていた。


『みんな、反応早い』

『今日はいっぱい遊ぼうね』

『動画で知ってると思うけど、私あんまり強くないから手加減してね』



『おけ』

『りょ』

『またまたご冗談を』

『心霊現象期待』

『もちのろん』


 うんうん。皆好意的な反応で良かった。

 さて、ぼちぼち配信の時間だし、準備出来てるか最終確認しとこうか。


 テレビは既に遊ぶゲームのタイトル画面が表示されてるし、ノートパソコンの方も大丈夫。

 配信用の機材もきっちり接続済みだし、問題はなさそうかな。

 っと、もう配信まで一分切ったか。

 そろそろチャットも止めさせよう。


「澪歌、もう始まるからそろそろストップ」


「もうそんな時間なんだ」


 そう返事をしながらキーボードを打ち込む。恐らく別れの挨拶でもしているのだろう。


『もうすぐ時間みたいだからみんな楽しもうね!』


 澪歌が打ち込み終わったのとほぼ同時に配信の時間となって、真っ暗だった配信の画面にゲーム画面と、小さなワイプ画面で俺と澪歌が映し出されていた。


『キター!』

『こん』

『こん』

『こん』


 配信が始まり既に千を越える視聴者がいる中、チャット欄はいままで以上の速さで流れる。


「こんこん。いやー、澪歌がチャットで言ってたけど、もう千人越えてるとか皆早いよ。いや、すっごい有り難いけど」


「こうして画面の向こうにいるみんなと一緒に遊べるって良い時代になったよね」


「そうだな。――じゃ、ツイッターの方でもやったけど早速ルールの説明をするな。えー、ルールはステージランダムのアイテム有り。ストック制で残機はそうだな、……3にしよう。8人対戦でガチバトルってよりお祭りって感じでハチャメチャなバトルになるかな。それと、対戦が終わるごとに対戦してた人は退出してもらって次の人と交代ね。OK?」


『おけ』

『おけ』

『OK』

『りょ』


「みんなも良いみたいだし、早速対戦しよ」


「そだな。じゃあ今から部屋作るからちょっと待ってて」


 オンラインで部屋を作るとあっという間に8人全員埋まった。


「はっや! まさに瞬殺だったな今の」


『orz』

『あんなの無理w』

『入れたー!』

『動画の時よりキャラ増えてる』

『待機待機』

『ホントだ増えてる』


「凄かったね。キャラはちゃんと隠しキャラも全部出したよ。とっても大変だったんだけど」


「違うモードで揃えたけど、出した後に調べたら対戦で全部出るって知った時の絶望感よ。録画は出来てるしそれも需要あったら動画にするわ。――って、もう全員準備出来てるし、俺達も選ぶか」


 全員のキャラ選択も完了し、選ばれたステージは空中に幾つかの足場がある一見何の変哲も無いありふれたステージ。

 背景が目まぐるしく変化していくと同時に、その作品の敵キャラクターが時折出現してはプレイヤーの邪魔をする点には注意が必要か。

 本来それなりに広いステージだが、8人対戦という事もあって結構狭く感じてしまう。


 キャラクター比率は、近距離タイプ4、遠距離タイプ2、万能タイプ2といったところ。

 俺が使っている近距離キャラもいつもなら近づくのに苦労するけど、今回みたいなパターンなら楽に近づけそうだな。

 なんて考えてたけど――、


「あれ!? 俺のどこ行った? ――あっ、そっちにって、ちょっとタンマ――」


 訴えも空しくステージの外に飛ばされた俺のキャラは、また違うプレイヤーのメテオを食らって早速残機を一つ減らしてしまった。


 いや~、考えが甘かった。

 8人対戦は澪歌と一緒にあらかじめ少し練習してたんだけど、やっぱりコンピューターと違って中身入ってると動きが全然違うわ。


 アイテムが出た時とか、コンピューターなら直ぐに取りに行くのに、皆はフェイントかけたりアイテムを餌にして使ったりで、何て言うか年季が違う動きをしてる。


 さっきのメテオだって別のプレイヤーが飛ばしたのに即座に反応してやってくるんだから、俺からしたらたまったもんじゃない。あんなの反応出来るかって話よ。

 今どきは皆こんぐらいの腕前は当たり前なのかねえ。


 もしそうだったらヤバイでしょ。ネット対戦なかった頃は友達の中で一番強かったのに、ネット対戦だとこんなもんか。ちょっと自信失くすわ。

 いや、まだ一機減っただけだし、勝負はこれからだよな!


「いやー、やばい事になってるな。まだ降りない方が良いだろこれ」


「飛んでけ飛んでけ、みんな飛んでけ~! はぁ~、これすっごい強いね」


 ステージでは澪歌が一定時間当たると大ダメージを与えつつかなり吹っ飛ばせるアイテムを振り回し、次々と他のプレイヤーの残機を減らしていた。


「ナイス澪歌! これでまたほとんど横並びになったわ」


 未だに残機を減らしていないのはまだ効果が続いているアイテムを振り回している澪歌と、ステージの端へ逃げるように移動しているもう一人。


「君も飛ばしてあげる――!」


 相手の攻撃を受けない為には基本的に二つの方法がある。

 回避する事と防御用のシールドを貼る方法。

 一部キャラにはカウンターという技もあるが、ここでは割愛する。

 

 回避は文字通り敵の攻撃に当たらない事だが、これは正直中々難易度が高くコンピューター相手ならまだしも、それほど力量に差がないプレイヤー相手でそれを成功させようとしても上手く決まる事は半々といったところだろう。


 その点シールドは攻撃を受ければ次第に小さくなっていくものの、安定してダメージを防げる。また攻撃の瞬間に合わせるようにシールドを展開するとジャストガード状態になって小さくなることなく防ぐ事が可能。

 掴み攻撃に弱いものの、それ以外の攻撃を防ぐには確実に働いてくれる良い代物だ。


 さて、戦闘画面に戻るとアイテムを振り回している澪歌の攻撃を崖際に居るプレイヤーは全てジャストガードで防いでいた。


「あれ? なんでそんな事出来るの!?」


「やっば、ちょっとこの人上手すぎるだろっ」


 一振でも結構な攻撃回数がカウントされるアイテムなのに、それをこうも簡単そうに防ぐあたり、この人かなり上級者だろ。

 仮に俺が同じ事やろうとしても出来て最初の一回防げるかってところか。


「うそっ! えっ、あぁ、止めて――」


 油断して近付き過ぎたのか、攻撃の合間を付かれ掴み攻撃を食らってステージの外へ放り出された澪歌のキャラは、空中でアイテムを振るったまま奈落へと消えていった。


「いやすっごいの見たわ。っと、今のうちに――」


 その後は乱戦とギミック、アイテムによってどんどん人は減っていき、いよいよ残ったのは澪歌とあの強いプレイヤーの二人だけとなっていた。

 残機は互い一つではあるが、澪歌の方は既に%が三桁近くあるのに比べ、プレイヤーの方は未だ一桁という状況。

 誰の目にも勝敗は明らかに見える。


 俺? 俺は空中から復帰しようとしたけど、復帰場所のとこに触れると弾かれるアイテム設置されて、何度もトライしたけど結局そのままやられてしまったよ。


「…? 来ないの?」


 そのままの勢いで一気に勝負が決すると思ったが、それとは真逆に残ったプレイヤーはこれでもかと距離を取りアピールをしだした。

 そこにはメッセージをあらかじめ入力しておく事が出来るのだがそこには――


[心霊体験したい!]

[動画みたいなのオナシャス!]


 と澪歌にお願いする内容が表示されていた。


『良いぞ良いぞ!』

『俺も見たい!』

『俺も』


「あー、どうする澪歌。チャット欄も乗り気みたいだけど」


「う~ん、ネット対戦だと出来るか分からないんだけど…。そんなに体験してみたいんだ」


 澪歌の対応に望みがあると見たのか、プレイヤーのキャラはアピールしたり高速でしゃがんだりと、これでもかと主張を繰り返していた。


「じゃあやってみるけど、何も起こらなかったらゴメンね?」


 澪歌がそう話した途端、ついさっきまで激しく動き回っていたプレイヤーのキャラは糸の切れた人形のように棒立ちとなって動かなくなっていた。


『ファ!?』

『これまじ?』

『いやいややらせでしょ!そうだよね!?』

『ましで動かんw』

『操作一切受け付けないんだけどヤバい(汗)』


「いやぁ~、上手く行くと思ってなかったけど出来ちゃったね。――それじゃバイバイ」


 相手に近付いた澪歌のキャラの何でもない弱っちい攻撃で、ステージからほんの僅かに外へ追いやられたプレイヤーは、何の抵抗も出来ずにそのまま最後の残機を失くしてしまった。



『マジか!』

『ガチで動かんかった草』

『次!はよ次やろ』

『これって操作戻るん?』

『チーム戦とかも面白そう』

『俺も体験してみたいわ』


「もうやってないし操作は出来るはずだよ」


「いやー、やっばいだろホントに。あんなん食らったらどうしようもないって。じゃあ次行こか。その内チーム戦もやってみよ」


 キャラ選択画面に戻り、さっきまで対戦していた人が抜けるとすぐにまた違う人で一杯に。


 その後は2対2対2対2や4対4、挙げ句の果てに1対7のチーム戦で遊んでみたが、澪歌に勝利出来たのは片手で数える程度しかなかった。

 澪歌が一人でこっちが七人の時なんて誰がどう考えても勝ったと思ったのにボッコボコにされたし。

 あの画面は酷かった。澪歌以外が男キャラだったのもあって『女に群がるゴブリンみてぇ』とチャット欄が盛り上がったのは良かったけど。


「……ふあぁ~あ。あー、ちょっとねむなってきた」


 大きく欠伸をしながら時間を確認すると、楽しい一時はあっという間に過ぎていくもので、既に新しい日付へと変わっていた。


「もう日付変わってたのか。あれだな、ちょっと遊び過ぎたな。流石に少し眠いしぼちぼち終わろうかと思うけどどうよ?」


『夜はまだまだこれから』

『かえって目が覚めてきたわ』

『コーヒー飲んで目薬もさしてるしまだまだ余裕』

『寧ろもう眠いの?』

『徹夜でもこちとら構わん!』


「まじかお前ら」


 確かに今現在の視聴者の数も多少減ったもののまだ数千人越えてるし、これ以上減る気配もまだなさそうだが。


「澪歌はどうよ。まだ余裕ある?」


「私は別に睡眠を取らなくても平気だから大丈夫だよ」


 そう笑いながら答えた澪歌の顔は本当にまだまだ余裕がみて取れた。


「――……じゃあ、しょうがないな。良し! お前ら、こうなったら折角だし徹夜でやるからな! 途中で脱落するなよ!」


『キター(゚∀゚ 三 ゚∀゚)』

『そう来ないと』

『さすが』

『キタ━(゚∀゚)━!』


 配信続行の声にチャット欄はいっそうの盛り上がりを見せる。


 鳴いていた虫の音すっかりと止み、草木の眠る時刻を過ぎてなお、その一室は煌々と光を灯したまま時間が過ぎていった。




「あ゛ー、次でラストで」


 窓から朝の日差しが射し込み、鳥のさえずりが遠くから聞こえてくる時間帯。

 話しすぎて少ししゃがれた声のまま優は配信画面に向かって言葉を放つ。


『うい~』

『おけ』

『流石にねみぃ』


 あれから夜通しという事もあって視聴者の数は減ったものの、それでもまだ千人以上は配信を視聴していた。

 最後の対戦は、皆最初の方と比べぐだぐだな動きとなっていたものの澪歌の勝利で幕を下ろした。


「あー、終わったな。そんじゃ配信もこれで終わるから皆最後までありがとな。俺は寝るわ。――え、これから仕事の人いんの? それは頑張れとしか言いようがねえ」


「みんなまた一緒に遊んでね。これからお仕事の人は行ってらっしゃい、気を付けてね」


『おつ』

『おつかれ~』

『おつ、また来るわ』


 かくして昨晩から続いた配信もようやく終わりを迎え、室内はまた日常を取り戻す。


「つっかれた。徹夜でゲーム配信なんてやるもんじゃないな。もう喉がヤバいって」


「私は楽しかったしまたやりたいな」


「マジか。……次はやるにしてもあれだな。もうちょい時間短縮するなり、他のゲームもありだな」


 ボードゲームにホラー系、ガンアクションもあるし動画のネタには困らんだろう。


「んじゃ俺は寝るんで。――おやすみ」


「おやすみなさい優君」


 多大な重力がかかる瞼を閉じないよう必死に耐え、フラフラな足取りでベッドへ向かう。


 あー、そういえばスパチャ有りにするの忘れてたな。

 まぁ、良いか。つぎの、配しん、の、とき、に――。




 



 

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