第8話 収益化達成

「――……ふ、ふふふ」


「優君、またニヤニヤしてる」


「いやいや、だってほら、これ見たらそりゃニヤニヤもするって」


 ノートパソコンの画面を指差すと、そこには収益化が達成された事を示され、既にそれなりのまとまった金額が引き下ろせるようになっていた。


 これで生活が安定する、とまではいかないが動画用に最新のゲーム機と幾つかのソフト、澪歌に数着の服を買ってもまだそれなりの日数は持つ程度には振り込まれていた。


 パソコンやマイクも良いのに買い換えたいけど、それは後回しでも問題ない。優先するとしたらやっぱり動画のネタになるゲーム器類だろう。

 当面は自転車操業になるが、もう数万人になった登録者がこれから先も増え続けたら生活の余裕も生まれてくる。

 それも後少しで達成出来そうだし。


 にしても、一番再生数多いのがホラー関係じゃなく、澪歌の食レポだったのは意外だった。

 視聴者曰く、真っ当なコメントするし食べてる姿が可愛らしかった、といったコメントが大半を締める結果に。

 肌の露出を控えめにするようあらかじめ一着買っていた服を着せたにも関わらずだ。

 …これはゲーム実況次第で、メインに組み込む可能性も有りかもしれない。

 


 いや~、それにしても、最初はほとんどヤケクソで始めたけど、まさかこうなるとはなぁ。

 心霊現象で再生数稼ぐ算段だったのに、今は元凶だった澪歌と協力関係。

 結果としてむしろこっちの方が良かったまるけども。

 っと、いつまでもパソコン見てないでそろそろゲーム機とか買いに行くか。

 通販だと届くまで時間かかるし、出来れば今日にも前々から撮ってみたかったゲーム実況もしたいし。


「よし、早速最新のゲーム機買ってくるわ」


「じゃあ私も――」


 もうすぐ近所のスーパー等が店を開こうかという時間帯。

 当たり前のように付いていこうとする澪歌を制止させるように右手を突き出す。


「駄目だ。いくら少し大丈夫になったからってこんな日中から連れてけるか。もし消えるところ見られでもしたら面倒だろうが」


 外を自由に歩いてみたい、という澪歌の希望を叶える為、初日以降もほぼ毎晩人気がない時間帯になってはその辺を散策していた。

 そのかいあってか最初は俺と接触を止めた瞬間に部屋ね戻されていたが、今は離れても十秒程度なら自由に動けるようになっていた。

 原因はさっぱり分からないけど、きっと段々慣れてきてるんだと思う。


「でも――」


「でもじゃないって。消える瞬間見られたら騒ぎになるし、下手したら尾行されて住所がバレるなんて事もあるんだぞ。そうなったら夜の散歩すら満足に行けなくなるけど」


 一応俺の言ってる事に異論は無いのか、それ以上澪歌から言ってくる事はなかったが、不満はあるようで頬を餅のように膨らませていた。


「代わりに、――ほれ」


「えっと、これは?」


 意図が分からないのか渡されたスマホの画面と俺に何度も目をやっている。


「ほら、澪歌も女性なんだし服とか興味あるだろ? お陰で収入も出来たし、欲しいのあったら選んどいて」


「良いの?」


 さっきまでの膨れっ面から一転し、嬉しそうな笑顔で聞き返してきた。


「あっ、でも、まだそんな余裕あるわけじゃないし、あんまり高いのは勘弁な」


「うん! ありがとう優君」


「それじゃ、行ってくるわ」


「行ってらっしゃい。気を付けてねー」


 上機嫌に手を振る澪歌に見送られ俺は部屋を後にした。



 ドアを開けた途端、むわっとした熱気と湿気が襲いかかり、相手を見付けるべく必死のアピールを行う蝉の鳴き声がけたたましく響く。

 まだまだ夏は終わる気配を見せず、今日も今日とて日光が痛い程眩しく地上を照らしていた。


「……あっつ、やっぱ通販にしとけばよかったか」


 部屋を出た事を直ぐに後悔するも、今から行ったら目的の物は確実に手に入るし、帰ってすぐにでも新しく動画を撮る事が出来る。

 更なる登録者の獲得と、何よりもっと生活を充実したものとする為に。

 自分自身にそう言い聞かせ、優は自転車を走らせた。


「あ~、ふぅ。着いた着いた。さっさと買ってこよ」


 信号に嫌われながらも自転車を走らせる事約十分。

 たったこれだけの時間にも関わらず目的の店に着いた頃には、汗が頬を伝い、服も張り付くといった有り様で、まさに日本のジメジメとした夏そのものだった。


「あ゛~、生き返る」


 店内は猛暑なのもあって冷房がこれでもかと効いており、火照った体も数分あれば冷ますのに充分で、逆に長く滞在すれば風邪を引きかねない程涼しく、現に何人の店員は長袖で業務に従事していた。


「さてさて、――おっ」


 視線の先には『入荷しました!』とでかでかと書かれたポップと共に、目当ての最新ゲーム機が綺麗に陳列されていた。

 世界的に大人気のゲーム機だけあって一時期、品切れ状態が続いていたが最近になってようやくそれも解消されつつあるが、今目の前に並んでいる分も遅くても数日の内に完売するのだろう。


「ソフトはどれにしよかな。何本か纏めて買っときたいとこだけど」


 そそくさとゲーム機本体を確保し、そのソフトコーナーへ足を運ぶ。


 ソフトのラインナップも充実しており、王道のRPGから大人数が遊べるパーティーゲーム等、多種多様の品揃え。

 どんなソフトがあるのか見てるだけでもかなりの時間を潰せそうだ。


 

 取りあえずホラーは要るだろ。後は、何にしよ? う~ん、当面は動画用と、配信で皆と遊べるのも良さそうだ!

 となるとパーティー系も確保して、コレも買っとくか。


「ありがとうございましたー、またのお越しをー」


 会計を済ませ店を出ると、行きより一層強くなった日差しが出迎えた。


「…暑すぎる」


 さっさと帰ろう、すぐ帰ろう。帰ったらアイスでも食べるか。

 そう決心し素早く支度を終えると、自転車を走らせ家路へ着いた。



 ガチャ、と鍵を回す鈍重な金属音が響き、鈍い音と共に室内の冷やされた空気が外気に触れ、家の主が大きな荷物を抱えて中に入る。


「ただいまー」


「おかえりなさい、優君。いっぱい買って来たんだね」


 鍵を開ける音で気付いたのか、澪歌は俺が玄関に入るとすぐにリビングから機嫌良さそうに小走りで駆け寄ってきた。


「ん、動画にしたら面白そうなの結構あったからついな。澪歌の方は何か良いのあったか?」


「うん。えっとね、こういうのとか。あと、冬物がセール中だったからそれも何点か欲しいかなぁ」


 リビングに荷物を置き、涼やかな室内で棒アイスを口にしながらスマホを受け取る。


 澪歌が選んでいたのは涼しそうな夏物とセールで割安になっていた冬物、加えて下着がそれぞれ数点ずつ。春と秋、どちらでも着ていけそうな物が一点。

 女物は相場がさっぱり分からないけど、どれもこれも俺が着ている物と値段はそう変わらない。

 ブランド物だったら卒倒してただろうけど、今どきはこの値段でもこんな良いものが買えるんだな。


「やっぱりちょっと数が多かったかな?」


「いやいや、そんな事ないぞ。澪歌にはもっと色んな服を着て欲しいしなっと」


 お気に入りに登録されていたそれらを全てカートに入れると購入ボタンを押した。

 これで近い内に澪歌の衣服も来るけど、クローゼットとかも使えたか後で確かめとこ。


「って事で全部買った。流石にどっかのブランド物だったら考えてたけど」


「ホントに!? ありがとー、優君!」


「いいって。それよりゲーム買って来たし、準備終わったら早速動画撮ってみるか」


「うん!」


 アイスもすっかり食べ終わり、汗でベタついた衣服も段々と冷やされ、上機嫌に鼻歌を口ずさむ澪歌と共に荷物の袋を開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る