第7話 長い1日の終わり

「ただいまー」


 コンビニ袋を手にげながらドアを開けるとひんやりとした空気が出迎えるように肌に触れた。


 あぁ~、生き返る!

 コンビニは中こそ涼しかったが、澪歌が居ない帰り道はそれはもう温度と高い湿度のせいでシャツが汗でちょっと張り付いてるし。

 帰るまでのほんの数分でこれだから夏は嫌だ。個人的に夏なんて人間が活動する季節じゃないと思ってるし、心底早く終わって欲しい。

 

「おかえり~」


 リビングの方から間延びした返事と微かにテレビの音声が聞こえてきた。


 あぁ、なんか良いね。こういうお帰りって聞こえてくるの。一人暮らしだと基本返事なんて無いし、昨日までは返事の変わりに食器が叩き付けられてる音が聞こえてきてたからなぁ。もうその片付けをする必要もないかと思うとすっごい嬉しい。


「優君優君。この番組面白いね!」


 澪歌はソファにちょこんと座り人気のクイズテレビを見ていた。

 良かった良かった。部屋に強制的に戻されたから落ち込んでたりしてると思ってたけど、杞憂だったみたいだ。

 落ち込んでる姿もきっと綺麗なんだろうけど、出来る限り今みたいに楽しそうに笑ってる姿が一番だな。



 コンビニの袋から商品をテーブルの上に取り出していくと分かりやすく澪歌の瞳が輝きを放つ。


「おぉ~、私が欲しかったの全部あったんだ! ありがとね優君」


 パフェにクレープにプリン、もう夜も更けた時間にこんな甘い物ばっか食べると普通は絶対に太るぞ。澪歌は幽霊だから関係無いだろうけどさ。

 とはいえまぁ、俺もコンビニのホットスナックやマックとかのファストフードを買い漁ってやけ食いみたいな事した経験あるし、とやかく言える立場じゃないけども。

 

「もう食べて良い? 良いよね?」


「あぁ、もちろん」


「やった! いただきまーす」


 言い終えるや手早くコンビニで付いてきたプラスチックの小さなスプーンを袋から出し、デザートを塞いでいたシールを剥がし上蓋あげぶたを取り除くと、最上部に鎮座するクリームをすくい口へと運ぶ。

 

「んん~~ッ!!」


 自然と口角が上がったその表情は端から見てもとても幸せそうで。よほど気に入ったのか一口食べる度に幸せを噛み締めているような表情を見せてくれた。

 しっかし普通に人間と同じようにちゃんと食べれるんだな。てっきり仏壇に供えるのと同じ感覚になる可能性も考えてたけど、どうやら違ったみたいだ。

 っといい加減腹減ったし、いつまでも見とれてないで俺も飯にするか。


 食事の時間はさほど長くはなかったが、不思議と今までにない安心感のようなものを感じた。

 思えばいつも一人で食べてたし、澪歌は幽霊だけどこうしてテレビを見て他愛のない話をしながら食事を取るってのも中々良いものだな。


 あ、そういえば、と飯をすっかり平らげてから思い出したように口を開く。


「澪歌、すっかり忘れてたけど、食レポの練習するんじゃなかったか?」


「……あっ」


 澪歌も忘れていたらしく、その問いかけにとすっとんきょうな声を上げた。


「――……美味しくって、つい普通に食べちゃってた」


「まぁまた明日からやればいいさ。それに、澪歌ぐらい美人だと普通に食べてるだけでも充分絵になるし。それはそれで需要がありそうだ」


「そ、そうかな? えへへ」


照れてる顔も絵になるなぁ。――あ、そうだ! あれも動画にしようか。


「ときに澪歌、新しく動画のネタあるんだけど、すこーし協力してくれるか?」


「新作!? 私に出来る事ならするけど、どんなの撮るの?」


 新しいネタに食いついたのか澪歌は身を乗りだしその目は爛々と光を放っていた。


「澪歌って一人だと部屋から出ようとしてもまた部屋に戻されるんだろ。だからその様子を動画で撮ろっかなって思って。どうかなこれ?」


「…うーん、それだけで良いの? 簡単なのは良いけど、それで皆見てくれるかな? それに、部屋のどこに戻されるのか私にも分からなかったけど大丈夫?」


「寧ろどこに戻るか分からない方がスリルがあって面白そうじゃないか! 協力してくれるって事で良いのかな?」


「もちろん協力するけど今から撮影するの?」


「あー、ちょっと待って。少し準備するから」


 食事で出たコンビニのプラスチックゴミをカメラに映らないよう片付けると、玄関口が見えるようリビングを仕切るドアを開けっ放しにする。

 これでリビングから玄関口まで遮る物は無くなり、部屋の一番奥から俺がカメラを持って澪歌を撮影していくスタイルになった。

 部屋の奥にカメラを三脚で固定するのも考えたが、部屋のどこに澪歌が戻ってくるか分からない以上、即座に追えるよう手に持っていた方が良いと思ったからだ。


「優く~ん、もう良いかな~?」


 玄関口で既に準備を完了していた澪歌が、やる気満々といった様子で手を大きく振りながら声をかけてきた。


「もうちょっと待って」


 カメラは――良し! ちゃんと回ってるな。それじゃ、始めるかな。

 わざとらしく一つ咳払いをし、カメラはそのまま澪歌を捉えた状態で俺は口を開く。


「やぁ皆。こんばんは、で良いのかな? たぶんタイトルに書いてると思うけど、これから一緒にこの部屋に住んでる自称地縛霊らしい澪歌が、部屋から出てみたらどうなるかってのを撮っていくからどうぞよろしく。たぶん面白いの見れると思うよ」


 そこまでカメラの向こうにいるであろう視聴者に向け一人で喋ると、前口上は済んだので澪歌に呼び掛ける。


「――澪歌。カメラも準備出来たし、もうやってくれて大丈夫だ!」


「分かった、じゃあ早速行くねー」

 

 ドアノブを回すと鈍い金属音と共に冷たい風が流れ込んで来た。

 澪歌がそこへ一歩踏みだした途端、ついさっきまでそこにあった後ろ姿は消え失せ、扉の閉まる鈍重な音だけが部屋に響く。

 肝心の澪歌はというとテレビの真ん前に立っていたので、その姿を収めるべく素早く、でもブレないようなスピードでカメラを向けた。


「そこに居たのか」


「うん、こんな感じでいいのかな?」


「そうだな。これを何回も頼む」


「任せて」


 澪歌はカメラに向けて笑顔で小さく手を振りながらそう話すと、また玄関から外へ向かって行き姿が消える。


「――あれ?」


 リビングの奥から見れる所には居ないらしく、録画中のカメラにも澪歌の姿は映っていない。


「澪歌? どこだー?」


「……あの、えっと、この場合ってどうしたらいいかな?」


 申し訳なさそうに声を上げる方にカメラをやると、リビングと俺の部屋を隔てる壁からちょこんと顔だけ出していた。


「そんなとこいたのか。で、何がどうしたんだ?」


「えっとね、普通に部屋から出たら良いのか、幽霊らしく壁を素通りしていくのが良いのか迷っちゃって。…優君、どっちが良いかな?」


 これはちょっとチャンスじゃないか? 

 元々は編集したの一つ投稿するつもりだったけど、ノーカットバージョンもちょっと考えてみよ。

 編集したやつはホラーっぽさ優先でこういったやり取りはバンバンカットしていって。

 まるで心霊動画みたいなのを先に投稿しつつ、ノーカットバージョンでこういった面も見せていく。


 どうだろう。行けそうかな? 一回のネタで二度楽しめるような感じになると思うけど。

 ――ま、折角思い付いたんだし、その方向でやってみるか。じゃあまずは、ホラーっぽさ優先で。


「そこはやっぱり澪歌は幽霊なんだし、壁すり抜けた方が絵になるからその方向で頼むな」


「ん、分かった」


 澪歌が短く返事をすると壁から出ていた顔が引っ込み、ドアの方からすり抜けて部屋から出てきた。


 その後も順調に撮影は進み、動画として投稿するのに充分な量は撮れた。


「澪歌。もう結構撮れたからそろそろ終わりにしよっか」


「分かった。それじゃあこれで最後にするね」


 澪歌の返事とほぼ同時にまたその姿は消えて、ゆっくりと閉まるドアの音だけが響く。

 

 カメラでも姿は確認出来ないし、これはまたどこかの部屋にいった可能性が高いか。

 俺の部屋か、風呂か、トイレか。

 どこになってもここで構えてれば撮れるな。

 

「……あれ? 澪歌ー?」


 おかしいな。さっきまでならもう出てきてたのに。ったく、最後だからって探しに来いとかそういうパターンか?

 まぁ、それぐらいはするけどさ。


「――……こっち、だよ」


 探しに行くべく足を踏み出そうとした瞬間、それを止めるように耳元で澪歌の囁く声が聞こえた。


 なんだ、後ろに居たのか。確かにそこは確認してなかったし盲点だった。

 にしても、後ろに居たんだったらもっと早く、声かけてくれてもよかったんじゃないか?


 いまなお澪歌から動く気配は無く、カメラを構えながら声の方へ振り向くと、顔の部分だけが綺麗にくり貫かれぽっかりと空洞が出来ていたモノがこちらを見ていた。


「――ッ!」


 怖っ! 澪歌のやつ、急に本気出してきたな。そりゃあ幽霊らしくとはいったけど、これはちょっと俺の予想を越えてきた。

 危うくカメラ落とすとこだったし、心臓だってまだバクバクいってるし。

 結構慣れたつもりだったんだが、流石に少しビックリしたわ。


「どうかな、怖かった?」


 カメラが自身に向けられているのを確認出来たのか、澪歌の顔は元通りになっていて、イタズラが成功した子供のような笑顔ではにかんでいた。


「まぁ、うん。まぁ、そうだな、少し」


「…へぇ、少しねぇ」


 俺の心境を見抜いたように澪歌は含みのある笑みを浮かべ「ほんとのところは?」と何度も聞いてくるものの、相手にしたら調子づかせる気がするので放置し、カメラの録画モードを終了させる。


「はい、撮影お疲れ澪歌。お前のお陰で良い物が撮れたよ」


「そうだよね。特に最後のとか良い感じだったと思うけど」


 ふふん、と得意気に語る澪歌に相づちをしながら変換作業をするためにノートパソコンをテーブルの上で起動させた。


「どうかな? 今回のってどれぐらいいけそう?」


「こればっかりは分からん。けど、二回分、というか二種類投稿するからそれなりに再生数稼げると思うぞ」


「二種類?」


「そ。最初は編集してホラーっぽさ重視にしたのを投稿して、その後ノーカットバージョンを載せる予定だ」


「へぇ~、今からその編集作業するんだ?」


「そうそう。ノーカット版はともかく、こっちはかなり手をいれないと駄目だし」


「せっかくだし、私にやり方教えてよ」


「ん~、そうだな。これ結構時間かかるけどやってみるか」


「やった。ありがとう優君」


 




「――……これで大丈夫かな?」


「あぁ、こんなもんだろう」


 編集版は最後の「――……こっち、だよ」の部分以外音声は入れず、振り返って澪歌のくり貫かれた顔がアップになった所で終了というもの。

 前口上や澪歌が壁から顔だけ出して聞いてきた所とか、最後の得意気な笑顔もぜーんぶカット。

 そのかいあってか、ホラーっぽく仕上がったように思う。

 前の配信で澪歌をもう知ってる人はあんまり怖がらないと思うけど、新規さんには中々心臓に悪いんじゃないかな。


 最初にこっちを投稿しといて、数時間後にでもノーカットバージョンを投稿したら相乗効果も期待出来るし、澪歌の可愛い部分も見れるしで登録者の増加もかなり期待出来そうだ。我ながら中々良い考えだと思う。



 澪歌に教えながら作業したのもあって、いつの間にか外から朝日が射し込み、鳥のさえずりが聞こえる時間になっていたようだ。

 だが、澪歌は物覚えが良いし、後何回かさせてみたら編集作業も任せられるかな。

 あー、流石に眠くなってきた。


「これで投稿押したら良いんだよね?」


「そうそう」


 小刻みに震える指をマウスから離し、落ち着かせるように一回、二回、澪歌は大きく深呼吸すると、再びマウスに手をやり編集が済んだ動画を投稿。


「…ふぅ。だ、大丈夫かな? ちゃんと再生されると良いけど」


「そんな心配しなくてもだいじょーぶだって。――じゃ、俺はそろそろ限界なんで寝るけど澪歌は?」


「私はみんな動画見てくれるか分からないからもうちょっとここにいるね」


「そう。もし昼過ぎても俺が起きて来なかったらノーカットバージョンも投稿しといて」


「ん、分かった。優君、お休みなさい」


「ん~、おやすみ」


 自室のベットに入った途端眠りに落ちた優は昼になっても部屋から出てくる事はなく、結局、再生数が伸びて上機嫌な澪歌がもう一つの方も鼻歌まじりに投稿した。

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