第6話 澪歌は部屋から出られない
「よかったぁ~、怪我はしてないみたいね」
「だから大丈夫って言ったろ。それよりちょっと作業するから」
作業といってもさっき配信の終わりで言ったアンケートの作成だからそんなに時間はかからないだろう。一応作る前に本人の希望も聞いておくか。
「澪歌、これから配信や動画撮っていく中でこれがやりたい、やってみたいって事とかあるか?」
「何でも良いの?」
「採用するかどうかは分からんけど、配信で言ってたアンケートの選択肢には入れようかなって思ってな」
「んー……そうだねぇ。さっきみたいな雑談も楽しかったし、皆でゲームもしてみたい。美味しい商品も紹介したいし、何よりやっぱり私幽霊だから心霊スポット巡りもしてみたいな! 幽霊が心霊スポット行くんだよ? 面白そうじゃない?」
「それは確かに面白そうだな。免許はあるけど、その前に部屋から出れるようにならんとだから、それは当分先になりそうだ。他のは物さえあればすぐに出来そうだしそっちの方アンケートに入れるわ」
作成したアンケートは以下の通り。
一つ目が動画と配信どっちがより見てみたいか。
二つ目はその種類。
雑談か食レポ、又はゲーム関係かその他。
三つ目には選ばれたジャンルの内容。
例えばゲームだった場合、RPGやアクション、ホラー等多用なジャンルの中から何が一番見たいか。
もちろん投票数が多いやつを優先するつもりだが、少なかったのもゆくゆくはやっていく予定だ。その形が動画か配信かは未定だけど、これでかなりストックが出来そうかな。
「まぁ、こんなもんかな。期限は明日いっぱいまでにしとくか」
「終わった? じゃあ次何する? 動画の撮影? 編集のやり方教えてくれるの? それともまた配信する?」
「めっちゃやる気のとこ悪いけど、流石にちょっと休憩入れようぜ。もうこんな時間だし晩飯にしたい」
「んー、分かった。私が何か作ろうか?」
「澪歌って料理出来んの?」
「お店レベルじゃないけど、それなりに自信はあるよ」
「ほぅ、それは食べてみたいけど、そもそも食材があったかどうか」
ひんやりとした空気が流れる冷蔵庫の中は食材らしい食材は何も無く、半端に残った調味料だけが存在感を放っていた。
米に至っては買い置きもしていなかったようでただの一粒すら無い有り様。
ならばとレトルトや冷凍食品に期待したもののそれらも全く備蓄されて無く、食べる物は何も無いというあまりにも酷い状態だった。ろくに自炊してなかったのがここに来て響いたな。
スーパーはチャリで十分位のとこにあるけど、今から米だの何だの買って帰るのはちょっとしんどいし、スーパーは明日にしよう。晩飯は近くのコンビニで適当に買ってくるか。
「優君、見事に空っぽだね」
「だな。あ~、食材は明日買いに行くから晩はコンビニで済ますわ。買ってくるけど、澪歌何か食べたいやつある?」
「今お金に余裕無いんでしょ? 私幽霊だから別に食べなくても平気だよ」
「いやいや、一緒にやってく以上そこもちゃんとせんと。それに食レポもやってみたいんだろ。それの練習にもなるしどうよ?」
「そこまで言うなら私も――、じゃあ良い機会だし私が買いに行くよ」
「それは有りがたいけど、そもそも部屋から出れんの?」
「それを試す為にも、ね?」
「なら一旦、任せる前に外に出れるか試してみるか」
「うん!」
俺と澪歌は玄関に赴き、澪歌は俺がいつも使っていたサンダルに足を通す。
今まで全く考えて来なかった新しい事への戸惑いか不安か緊張か、澪歌は自身を落ち着かせるように大きく深呼吸をしドアノブに手を掛ける。
「そこでしっかり見ててね優君。必ず外に出てみせるから」
「おう、気を付けて? な」
大きく頷いて見せギィ、と軋むドアを開け澪歌は部屋の外へ足を踏み出した、――瞬間にその姿は消え、先ほどまで澪歌が居た所には主を失ったサンダルが不恰好にドアに挟まっていた。
「…………優君。ダメだったよ」
サンダルを回収し玄関まで戻ると部屋の奥から澪歌が陰鬱とした空気を纏い、足に重しでも繋いでるのかと思える位鈍重な足取りで歩いてきた。
一目見て分かる程落胆しており、何か小さな声で繰り返し呟いていた。
「あー、ドンマイ。まぁいきなり上手くは行かんよな。コンビニには俺が行くから欲しいの何かあるか選んどいて」
コンビニの商品ページが写ったスマホを押し付けるように澪歌に渡し、財布を取りに部屋の奥へ。
めっちゃ落ち込んでるしデザートの一つや二つ追加で買って来ようか。なんて思案しながら玄関へ戻るとなにやら決意を固めた表情で澪歌が俺を見つめていた。
なーんかろくでもない事を頼んできそうな嫌な予感がする。ってもこのまま無視するって訳にもいかんよな。
「優君、やっぱり私一人じゃダメだったよ。だから、ね――」
フワッと香る良い匂いと柔らかな触感を伴って澪歌が俺の胸に飛び込んできた。
腕は即座に背中に回され決して離さない、逃がさないと主張するかのように。
「何だ、いったいどした澪歌」
「取り憑こうって思ったんだけどやり方分かんないし、しがみついたら行けないかなぁって」
「えぇ、くっそ歩きづらいんだが。それに夏場にくっつかれると暑――くない!?」
普通もっとベタベタムシムシしてるもんだろうに何だこれ!? めっちゃ涼しいんですけど!
やっぱ幽霊だと体温も低くなるもんなのか? こんな涼しいならエアコン要らずじゃないか!
「澪歌、お前体温ひっくいなぁ」
「幽霊だからねぇ。それより早くコンビニ行こ?」
どうにもこのまま付いてくるつもりらしい。このまま涼しいのは正直有り難い、なんせ暗くなったとはいえ外はまだまだ蒸し暑いからな。
とはいえ、この状態だとまともに歩けないし近場のコンビニまで一体どれだけの時間がかかるやら。
「流石にこのままじゃ無理だって、まともに歩けねぇし」
「じゃあせめて外に出るまで、ね、お願い」
「……しがみついただけで行けるとは思わねぇけど。これで無理なら大人しく待ってろよ?」
「――うんッ!」
しがみつかれながらも一歩一歩、小さな歩幅で前へ進みドアノブへ手を掛ける。
回された腕により力が入ったので、澪歌を見ると目を力強く瞑り成功するよう祈っているように見えた。
「――じゃ、行くぞ」
軋む音と共に外界との繋がりが生まれ、その境を一歩また一歩小さいながらも確実に外へ進んでいく。
完全に部屋の外へ出てもなお、俺の体にしがみつくひんやりとした体温は依然として存在し続けていた。
「いやー、正直上手く行くとは欠片も思ってなかったけど。ほれ、澪歌。外だぞ、もう目を開けな」
今だしがみついたまま、恐る恐るといった様子でゆっくりと
「――……外なんていつぶりかな。…ほんとにありがとね、優君」
「どういたしまして。それじゃコンビニ行くからそろそろ離れて欲しいんだけど」
「えぇー、もう少しこのままじゃダメ?」
「駄目。歩きづらくてかなわないからな」
「で、でもでも、離れちゃったら私また部屋に戻るかも知れないんだよ」
「そこは、…どうなんだろうな。部屋から出られないのは見たけど、もう出てしまってるんだしどうなるやら」
「もう少しだけ、もう少しだけこのまま歩こ?」
「――ったく、しょーがないな。あと少しだけな」
「ありがとう!」
好奇心旺盛な子供の様にあちこちに目をやる澪歌を伴いゆっくり時間をかけマンションの外へ。
道中、他の住人に見られないかちょっと不安だったが、その心配も杞憂ですんで良かった。端からしたらコアラの親子にでも見られかねんかったしな。
それと、もし離れた途端に澪歌が戻された場合に備えコンビニで欲しい物を金銭面も考え三個まで聞いておいたが、全部甘いもので占められていた。
こんな甘いものばかりだと太るぞと言ってみたものの幽霊だから全然問題ないらしい。全く羨ましい限りだ。
唯一の問題はコンビニに置いてあるかどうかだが、あそこ繁盛してるし多分大丈夫だろう。
「もうこの辺でいいだろ」
ここまではまだ大通りに面してなく、幸運な事になんとか誰にも見られずにすんだが、流石にこの先からは大通りに出るのでそうも行かない。必ず誰かしらに見られるだろう。
ただ見られるだけならまだしも、離れた途端に澪歌がその場から居なくなるって可能性もまだ消えてないし、もしその瞬間を見られでもしたら大騒ぎになるのは間違いない。
そうなったら説明とか求められそうで色々面倒だ。
「私は別にこのままコンビニ行ってもOKだけど?」
「流石に勘弁してくれ。この格好は端から見たらコアラの真似事でもしてんのかって思われかねんだろ。そんな姿見られたくない」
「ん~、じゃあしょうがないね。でももし離れても大丈夫だったら付いてくからね」
「そりゃあもちろん。何の問題もないな」
俺の体に纏わり付いていた力が徐々に弱まっていく。背中に回されていた手も今は力なく俺の手を掴んでいた。
小刻みに震える手を落ち着かせるように澪歌は一つ大きく深呼吸をした。
「……じゃ、離すね優君。いち、にの、さんッ――」
俺の手からひんやりとした触感が離れた瞬間、目の前から澪歌の姿は一瞬で消えていた。
「澪歌ー、居るかー?」
顔だけが消えた時と同じように、姿が消えても存在自体はそこに居るかもと思い周囲に呼び掛けるも返事は返ってこない。
どうやら部屋に強制的に戻されたと考えた方が良いか。
そうなると今後、澪歌が外に出たい時は俺と接触した状態じゃないと駄目なのかも知れない。まぁ手に触れてるだけでも大丈夫だったし、そんぐらいなら何も問題はないかな。
さて、澪歌も待ってるだろうし手早く買い物済ませようかね。
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