第5話 初配信
「良いか? 俺が紹介するまで大人しく待ってろよ」
「うんうん! ね、それでもうはいしんするの?」
「あー、もうちょい待って」
いざ始めようにも配信なんてやったこと無いから色々調べとかないと。
――カメラは、ノートパソコンので良いか? 画質もそれなりにあるし問題ない。マイクも安物だけど買ってて良かった。
あ、どうせならスパチャも有りでやってみたいけどどうなんだろ、出来んのかな。
えーと、登録者数千人以上はクリアしてる、……過去十二ヶ月の動画再生時間が四千時間以上!? ちょっと多くない!? 行けてるかこれ。
……十数分のが、合計約六万回だから、……行ってる! クリアしてたわ、すげぇ! ありがとう、ほんっっとにバズってくれてありがとう。
あとはチャンネルが収益化されているってのもあるのか。
条件自体は達成してるけど、昨日の今日だから収益化はまだだったか。今のうちに収益化の申し込みはしとくとして、残念だが今回はスパチャ無しで行くしかないかぁ。
取り敢えず内容は軽く自己紹介して、協力を取り付けるまで話し澪歌に代わるってのでいいかな。配信なんてやった事無いから何か緊張してきたわ。
配信タイトルは『同居してる幽霊を紹介していく』みたいなんで行くか。
「じゃ、そういう内容で今から始めるけど、さっきも言ったとおり紹介するまでカメラに映らない所で大人しく頼むぞ」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。任せて!」
ウィンクしながら親指をグッと立ててるが、何だろうな。逆に不安しかない。絶対なんかやって来そうな確信にめいた物がある。――まぁ兎に角、配信始めようか。
「あーあーあー、テステス、ちゃんと聞こえてる? 映像も大丈夫かな?」
スマホで確認すると少し映像にカクツキがある気がするけど、それ以外は特に問題無さそうだ。
てかもう既に百人以上集まってるとか凄っ! タイトルがタイトルだけにってのもあるだろうけど、ポッと出の新人のしかも事前予告無しの配信にこんなに早く見に来るとは思ってなかった。
こりゃ次からは予告ぐらいはしといた方が良いな。っと挨拶挨拶。
「えー、皆さん初めましてこんばんは。俺は優っていいます。これからよろしくどうぞ。えーっと、今回は俺が住んでる部屋に居た幽霊とめでたく協力関係になったので、その話をしていければなと思ってます。出来れば最後までお付き合いしてくれると有難いです」
お、コメント既にも結構来てるな。大体が
『幽霊見せろ』
『おっぱいちゃん早よ』
『乙π見に来た』と澪歌に関する事ばかり。
まぁ、同じ男として気持ちは嫌というほど良く分かるけど、ここは最初っから話して出来るだけ時間伸ばしてやる。俺のトーク力の見せどころだな。
「まぁまぁ、皆落ち着いて。早く見たい気持ちは分かるけどやっぱさ、どうやって協力関係に持ち込んだか話したいわけで。コホン、えー、あれは今朝の話になるんだが――」
ん? なんだこの音? 何か聞こえる?
それは最初は小さく、耳をすまさないと聞き逃してしまうほどだった。
何かを床に落としたような鈍い音、木の軋み、窓の開閉、子供達の笑い声、壁やドアをノックする音、使ってない電子レンジが調理の完了を報告、テレビの砂嵐が鳴り、ありはしない鳩時計の鳩が時間を告げる。
それらは次第に大きくなりマイクにも入ったらしく、チャット欄はにわかにざわつき始めた。
『何の音?』
『これガチ?』
『演出にしては凝ってる』
『ホラーやめろ』
『そういう良いからおっぱいちゃん早よ』
『ガチなんやめーや』
ったく澪歌のやつ、大人しくしてろって言ったのに。これから話そうって時に邪魔しよって。
「……えー、すまない。少し待ってて」
そう断りを入れ、澪歌の方に目をやるとしてやったりといった表情でピースしていた。
「ちょっと澪歌、なにドヤ顔してんの。大人しくしててって頼んだろ。――え? 分かった? もうしない? …頼むぞほんとに――ったく」
釘を刺すように
――澪歌、……ったくアイツは。そんなに早く出てきたいのか。俺が予定してた展開とはサッパリならんかったが、こうなった以上しゃーないか。
「分かった分かった。もう紹介するから後一分だけ待ってて。オーケー? 良し! ――……えー、皆さっきからごめんな。本来なら紹介までもっと引っ張りたかったけど、どうにも本人が早く紹介しろってうるさいのでもう呼ぶな。澪歌ー――ってやべ」
先ほどまで居た所へ声をかけるも姿は無く、一瞬見えた残像のような物を目で追うと丁度俺の真上の空間から急降下してくる姿があった。
予想外の登場の仕方に呆気に取られ、逃げ遅れた俺はそのまま澪歌の下敷きになってしまった。
あれ? 全く重くな――あ、重くなった。これじゃ澪歌が退くまでこのままかよ面倒な。というか、どんな登場だよ! 普通は横から入ってくるだろう。まぁインパクトは抜群にあったろうけど。こっからじゃパソコン見にくいし、スマホで見とくか。
「こ、こんばんは。幽霊の澪歌です。えっと、皆、よろしくね」
おいおい、あんな登場しといて緊張してるのか? どれどれ、コメントの方はっと。
『上から来るぞ! 気を付けろ!』
『登場の仕方よw』
『男死んだのでは?』
『ゆれ』
『でかい(確信)』
『男は犠牲になったのだ』
『デカイ』
『可愛い』
『顔見えないけど絶対可愛い』
『幽霊には見えない』
他にも色々あったけど、当然だけどほとんど澪歌の事ばかり。てか登場した途端一気にチャットが伸びて拾いきれねぇ。
「ね、ねぇ、優君。私何したらいいかな?」
「んー、まだ幽霊だって信じてない人も居るみたいだし、何か証明出来るような事、――例えば俺にやったやつとかしてみたらどうだ」
「そ、そうだね! えっと、じゃあ皆、これから少し酔うかも知れないけど我慢してね?」
画面の向こう側にそう告げるとすぐさま、ノートパソコンは羽が生えたように軽やかに浮遊し天井間近で停止。――かと思うと部屋を見回すようにゆっくりと左右に回転し始めた。
一通り見回すと更に上下の回転も加え部屋の中をジェットコースターも顔負けのレベルで縦横無尽に飛び回る。
ちょ、ちょっとこれ明らかやり過ぎじゃないか。スマホの画面で見てるけどもう何がなんやらわけわからん位にグッチャグチャじゃねぇか。
「澪歌、ストップ、ストーーーップ!!」
「えー、これからもっと楽しくなるところだったのに」
「いやいや明らかやり過ぎだって、兎に角一旦やめ、分かった?」
頬を膨らませながら渋々といった感じではあったが、回転を止めノートパソコンをゆっくりと元の場所に戻した。
「どうかな? 皆、これで私が幽霊って信じてくれる?」
そんな澪歌の思いとは関係なく、激しい画面の揺さぶりで酔ったのか、コメント欄のほとんどは吐いていた。まぁ、うん。そうなるな。
澪歌が普通の人間では無いのは皆分かったらしいが、幽霊より超能力者では? といった意見の方がまだ多いようだ。その意見も大概どうかと思うけど。ヤラセのコメントが少なかったのは個人的に意外だった。
「むぅ、まだ信じてくれないんだ。じゃあ次は見たい髪型言ってみてよ。髪の毛に触らないでその髪型になってみせるから」
あれやるか。確かにあれは画的にも凄い事なるし――って、いつの間にか視聴者千人越えてる! さっきまで百人位だったろうに、一体どこからたどり着いたんだ恐ろしい。この人達も登録してくれたら有難いけど。
「えーっと、コメント色々多すぎて追いきれないから適当に目に付いたのにするね。――じゃあ最初はこれ、みでぃあむ! 優君優君、みでぃあむってどんなの?」
「えーと、ちょい待ち。――あった、これだ」
スマホでググって出てきた指定された髪型の画像を澪歌に見せる。出てきた画像を澪歌は僅かに口角を上げて覗き込んでいた。気に入ったのかな?
「へぇ~、可愛いねこの髪型。でもみでぃあむっていっても色んなのあるんだね~。あ、これにしよっと。――どう、かな? 似合う?」
ノートパソコンに向き直った時には好き勝手に伸び放題だった髪は指定された髪型に早変わりしていた。
当然その髪型では顔も
『可愛えぇーーーッ!!!』
『すっげー美人!』
『天使降臨!』
『この子下さい!!』
「ねぇねぇ優君。見てよ、皆可愛いって言ってくれてるよ。ぅえへへっ、こんなに良く言われたの生まれて初めてかも。――もう死んでるんだけど」
「良かったな、実際美人だし当然の評価とも言えるけど」
「次はどんな髪型が見たいかな? 色々変えてみるから皆、いっぱいコメントちょうだいね!」
それから数十分もの間、澪歌の髪型ファッションショーが行われた。澪歌が目に入った髪型のコメントを拾い、それを俺がググって澪歌に見せ、その髪型に変える。
次第にのってきたのかモデルの真似事みたくポーズまでとる始末。
「いやぁ~、配信ってとっても楽しいね! これも来てくれた皆のお陰だね!」
気付けばもう一時間以上過ぎてるのか。配信って時間過ぎるの速いなぁ。評価も上々、時間帯も良かったのかいつの間にか上位の配信になってたみたいだし、出だしとしては最高に近い形じゃないか? これは今後配信も定期的に組み込んで行こうかな。
さて、そろそろ良い時間だし終わりにしようかな。
「じゃあ良い時間だしぼちぼち終わりにしよっか」
「優君、ちょっと待って」
一人満足げに頷き澪歌に終わりを促すも、ノートパソコンを見たままの彼女に止められてしまった。さっき流れたコメントの中に気になったのでもあるのか?
「超能力者じゃないよ、幽霊だよ幽霊! まだ信じてくれない人いるんだ。私とっても悲しいよ。悲しいからとっておき見せちゃおうかな。これなら絶ッッッ対に幽霊だって信じるから。優君、私の後ろに隠れるように立って」
何だ何だ、まだ信じてない奴いたのか。あれだけやって見せたのに中々頑固なのも居たもんだ。
「何する気か知らんけど分かった。でもその前に退いてくれるか? 流石にこのままじゃ動けねぇ」
「ご、ごめんね。ずっと座りっぱなしだったね」
澪歌が腰を上げようやっと俺は解放された。正直、腰にかかる尻の感触を思えばあのままでも一向に良かったけど。
「澪歌、この辺で良いか?」
位置取ったのは澪歌の真後ろ。隠れるようにとの事だったので、膝立ちの状態でノートパソコンは澪歌の頭で全く見えない状況だ。
「うん! 完璧! じゃあそのまま前見てて。皆も良く見ててね、今からとっておき見せるから」
あ~、めっちゃ良い匂いする。この香りなんか落ち着くしずっと嗅いでられるかも。っといかんいかん。これではまるで不審者じゃないか。言われた通りちゃんと前を見て――って、えぇ!!
「す、透けて、いってる!? え、ちょっと、澪歌? これ大丈夫なやつか?」
さっきまではしっかりと存在していた澪歌の体は、丁度俺の視界を塞いでいた頭の部分だけ段々とその存在感を希薄にしていき、最後は綺麗に消えてしまった。
「おぉ、ノートパソコンが良く見える! じゃなくて、澪歌、澪歌さーん? おーい、もしもーし! 返事してくれー」
「だいじょーぶだいじょーぶ。ほら、ちゃんと動いてるでしょ」
そう楽しそう? に小さく手を振りつつ澪歌は答える。
そう、消えたのは顔の部分だけで、それ以外のきっちりそのまま残っているのだ、消えた所との境目はきっちり皮膚に覆われていて思ったよりグロくない。ノートパソコンの画面には澪歌の体に俺の顔が付いているように映っていた。
いや、いきなりガチなの放り込んで来るな、怖ぇよ。声も反響しどっから聞こえてくるのか分からんし、コメント欄も一気にドン引きじゃねぇか。
「ね、ね、顔のあった所触ってみて」
「お、おう」
恐る恐る手を伸ばすと本来顔のあった場所は通り過ぎ、横に扇ぐように手を振っても何の感触も返ってこなかった。
「すっかすかだ、見てくれ皆、ほら。すっかすかよすっかすか。どーなってんのこれほんとやっべぇわ」
「凄いでしょ? 他の見えてる場所はちゃーんと触れるから確かめてみて」
「そう言われてもどこ触れば」
「どこでも大丈夫だしどこでも良いよー」
どこでもって言われてもなぁ。実際触ろうとしても他のとこもすかったりしそうでちょっとビビるわ、ここは皆の意見でも――そう思いノートパソコンに目をやると、
『おっぱい触れ!』
『乳行け乳!』
『おっぱいおっぱい』
『おっぱいから逃げるな』
とほぼ全員が胸に過剰な反応をした。
こいつら……。さっきまでドン引きしてた癖にこういう時は秒で反応してきやがって。まぁ、同じ男として気持ちは分かるけども。
――何かコイツらのコメント見てると俺が少しビビってたのが馬鹿みたいに思えてくるな。
「全くおっぱいばっかりじゃねぇかお前ら。といっても流石にそこ触ると通報されてBANされかねんから無理。――って事でここにするわ」
やれヘタレだの何だのといったコメントは一切無視し、首回りを撫でるように両手で触れる。
「ほぅ、首回りはサラッサラして、なんだ日頃からちゃんと手入れしてたのか。肝心のここ、顔との境目の断面は不思議な感覚だな。固くもなく柔らかくもなく、押せば少し沈むけど直ぐに反発するし。何かモニュモニュしてて、これなら暫くは触ってられるわ」
「ん、ちょ、ちょっと優君、触り方やらしいよ」
「いやいやいや、少し撫でたりプニプニしてただけだって! まぁ、もう皆にもガチのだって見せれたし止めるけどさ」
「そうだね。皆が信じてくれて私もとってと嬉しいな」
「え、何、その状態でも見えてるのか!?」
「そうだよ。固定されてる時と違ってこのままだと、どんな角度からでも大丈夫なんだよ」
「なにそれ凄い! 何か色々出来そうだなそれ。 ――さて、皆に信じてもらえたんだし、そろそろ戻って来て欲しいんだけど」
「良いよー」
さてさてどうやって元に戻るんだろうか。首から生えてくる? どこからともなくスライドしてくるのか、はたまた上から降ってくるのか? もしかしたら一瞬で元通りになるのか、めっちゃ気になる。これは何としても近くで見逃さないようにしたいところ。
「じゃあ戻るね」
「おー、いつでもいい――ぞぇッ!!」
――一体何が起こったのか。
澪歌を見ていたはずなのに、目の前に広がるのは見慣れた部屋の天井だった。
ああ、そうだ。澪歌の顔が戻った時近くで見すぎてたせいか、戻った瞬間に頭突きか衝撃かは良く分からんけど、それくらって弾き飛ばされ床に背中を打ち付けたんだったな。
ちょっと何くらったか分からんから後でアーカイブ化した動画で確認しよ。
にしても結構効いた。鼻血は出てないかな、――良かった大丈夫みたいだ。流石に次からは巻き込まれないように注意しとこう。
「だ、大丈夫!? 優君?」
ソファーから顔を出し心配そうに覗き込む澪歌に大丈夫だと親指を立てて見せ、起き上がり隣に座る。
ノートパソコンのチャット欄には放送事故だの、逝ったかだの好き勝手書かれていた。
「ったくお前ら、人を勝手に殺すんじゃない。それにしても頭突きか何か分からんけど、良い物持ってるな澪歌」
「ごめんねごめんね、怪我してない!? 大丈夫?」
「大丈夫だって。それにもとはといえばめっちゃ近くで見てた俺が悪いから。――それより流石にぼちぼち終わりにしようか」
「後で怪我してないかちゃんと見せてね」
「分かった分かった。――じゃ、そういう事で今回はこれで終わりって事で。次回はー、動画は直ぐに上げるけど、また配信もした方がいいかな? まぁその辺はアンケートでも取ってみるから良ければ皆回答よろしく頼む。じゃあ皆またな」
「バイバーイ。――終わったよね? 早く打った所見せて」
とまだ配信を切ってないにも関わらず、すぐさま澪歌は俺に対し身を乗り出してきた。
「いやちょっと待て、まだ配信切ってないから!」
「え、そうなの!?」
その後、直ぐに配信を切ったが、初めての配信は振り返ってみると、ラップ音やら笑い声が入り込んだのから始まり、まさかの上空からの登場、ノートパソコンは宙を舞い、色々髪型を変えてのファッションショーもどき、で最後は顔だけ目の前から消えていくっていう。何というかけっこーなカオスとグダグダぶりだったなと思う。
これでさらに伸びてくれると良いけどどうなるやら。
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