第4話 配信の前に
「ねぇねぇ、何してるの?」
すっかり空も茜色に染まりセミの鳴き声も幾分穏やかになった頃、俺の後ろでパソコンの作業を不思議そうに眺めていた澪歌が問いかけてきた。
「ん? ああ、これか。今、動画の編集作業してるんだ。流石に寝てた間のをそのまま流したら数時間分になるからな。それを…そうだな。今回のは十数分位に収めれれば良いかな」
「へぇ~、そんなの出来るんだ」
「基本的には要らないと思った所をカットして取り除いたり、後は何倍速かして早送りすればオーケーよ。何、興味あんの?」
「うん! なんだか面白そうだし一回やってみたい」
これはこれは、中々前途有望じゃないか? 澪歌も作業出来るようになったらその分楽出来るし、やってみたいっていうならやらせてみようか。
「じゃあ、次やるときは色々教えるし澪歌に頼もうかな」
「やった! ありがと。――気になってたんだけど、さっきから画面真っ暗だけど大丈夫なのこれ」
「ああ、大丈夫大丈夫。これ、澪歌がカメラにめっちゃ近付いてた時のだから」
「……あ~、あの時の。って、そこも流すんだ。カットしないの?」
「ここをカットは無いな。なんせ澪歌が初めて撮れたとこだぜ? その部分をカットしたら価値半減じゃん」
「ふ~ん、そういう物なんだ。これでほんとに動画再生? って増えるものなの?」
「そりゃもうバッチリよ。これ見てみ」
スマホの画面を昨日投稿したページに合わせて澪歌に見せる。
「これの再生数幾つになってる?」
「一、十、百、……五万数千になってるね」
え? そんなに?
――……ほんとだ。いつの間にかこんな伸びてた。評価も概ね好評、登録者数は千人まであと百人ちょっとまで詰めてるし。こりゃもう一本投稿したら千人達成出来るだろ!
季節柄ってのもあるだろうけど、やっぱこのコンテンツいけるな! うんうん、俺の目に狂いはなかった。あー、良かった。何とか食いつなげそうで。
「なんか嬉しそうだけど、これってそんなに凄いんだ」
「そりゃあもう! 日本、いや世界中の投稿者が日々大量の動画が上がってる中で、個人の新参者の投稿がこんな伸びるのって滅多にないんだぜ」
「ふ~ん、そうなんだ。じゃあ、今のところは上手く行ってるって事なんだね」
「そうそう。……因みに俺が学生時代にも投稿してた事あったんだけど、その最高再生回数何回だと思う?」
「うーん、さっきので驚いてたからそれよりは少ないって事でしょ?」
「まぁそうね」
「ん~、じゃあ一万ぐらい?」
「そんだけあったらどれだけ良かったか。――……正解は、たったの五百回だけなんだよ」
「え? 聞き間違いかな? …五千回、だよね?」
「いや、五百で合ってる。たったそれだけの回数しか当時はいかなかったんだ」
「でもそれじゃあ、お金なんてほとんど稼げなかったんじゃ」
「ほとんどどころか一円たりとて入ってこなかったよ」
最初こそ無根拠な自信と期待に胸を膨らませてやってたもんだったけど、その分、現実を知ってから折れるのも速かったな。結局当時は収益化なんて夢のまた夢だったし。
まぁ、トークが抜群に上手いとか顔だけで再生回数増やせる程のイケメンとかの武器も無く、やってる事は人気投稿者の劣化後追いばっかりだったし、今にして思えばあれ以上の伸びは欠片も期待出来なかったけど。
「それでも今は澪歌が居るし、上手くやってけそうだよ」
「そうでしょうそうでしょう。上手くいった暁にはそれ相応のご褒美を期待してるね」
「おう、任せてくれ」
「っし、これで投稿完了っと。頼むぞー、伸びてくれよー」
投稿後、ノートパソコンに向け祈るように両手を合わせる。
「ふーん、投稿するのもけっこう時間かかるんだ」
「もっとスペックの高いパソコンだと速く終わるんだがな、そんなん買う金無いし暫くはこのペースになると思う」
このノートパソコンも高校の時だから何年だ? 思ったより長い付き合いになってるな。ここのメーカー故障も無いし、長年使って愛着もあるけど流石にこういう作業にはあまり向いてないようだし、収入が入るようになったらこっちを最優先に、――いや。
ちらっと澪歌の方を見ると、最初に目に入るのは伸び放題の髪だが、その後はワンピースからこぼれそうな位に大きな二つの山脈に目がいく。
正直、これは非常に強力な武器だよな。男性のほとんどは目がいくだろうし、それ目当てで動画見に来る層も結構いるだろう。そういう視聴者層も取り込みつつやっていければと思うが、流石にワンピースだけってのも目の保養――もとい毒だし、服も優先的に検討しようかね。――ってそもそも、
「澪歌って他に服持ってないのか?」
「え? うん、これしかないけど。なぁに、やっぱりここが気になるの?」
イタズラめいた笑みを浮かべると、谷間を見せ付けるように前屈みになってみせた。
「まぁそうだな。今みたいな夏場はともかく、ずっとそんな格好で動画出る訳にもいかんだろ。冬とか見てるだけで寒くなりそうだしな。って事で他の服着れるか試しときたいし、とりあえずこれ着てみて」
タンスの中から適当な服を取り、澪歌に放り投げた。
俺の方が大きいからサイズは問題ないはずだがどうだろうか。
「え。えと。こ、ここで着替えるの?」
「いやいやいやいや、そのまま上から着てくれればいいから!」
「あ。そ、そうだよね。ビックリした~」
それはこっちの台詞だって! まぁ、ここで着替えても俺は一向に構わなかったが!
「ん、これ少し小さいね」
重ね着とかまるで関係なく入りきらなかったようで、どれだけ引っ張ってもおへそがチラチラ見えていた。原因は当然、胸にある二つの大きな物体。俺ならすんなり入るサイズでも胸が服を押し上げて、見事にパッツンパッツンな状態となっていた。
身長的にこのサイズで充分だと思ってたけど、あの胸の事を含めたらもう少し大きめの方が良いのか。こういう所に経験の無さが出てくるな。
その姿は実に扇情的な物で、下手したらワンピースよりこっちの方が劣情をそそるのではと危惧するレベル。
これはこれで動画映えしそうだが、他にネタが無くなったらこういう路線も考えておくとして、普段着れるような服も新しく買っていく必要がありそうだ。
つってもファッションとかさっぱりだし、何か適当なファッション誌でもダウンロードして澪歌に選んでもらうか。
「そうみたいだな。わざわざごめんな。もう脱いでくれて良いから。にしても服着る時、その髪鬱陶しくないか」
「あ~、ちょっとね。いつもはこれが落ち着くんだけど、服着る時はこれぐらいにしよっかな」
澪歌は事も無げにそう言うと、自身の髪に軽く触れセミロングへとたちまち変えてしまった。
必然的に隠されていた顔立ちも明らかとなり、深海を連想させそうな程、深い青を湛えた大きな瞳。小さいながらもスラッと伸びた鼻筋。とても柔らかそうな唇。
それぞれのパーツが黄金比といっていいレベルで配置されており、その辺のこっぱアイドルなんぞは相手にならない程の美人が現れた。
「どうかな? この髪型似合ってる?」
「……おぉ、初めてちゃんと顔見たけど、すっっごい美人。――じゃなくって! 何今の!? どうなってんの!?」
「え? え? 私、何か変な事した?」
「髪の毛だよ、か・み・の・け! なんかいきなり短くなったけどどーいう原理だよ!」
「あぁ、これぐらい簡単に出来るよ。ほら!」
楽しそうに答えると次から次へ髪型を変えて見せた。そのバリエーションは豊富なものでスキンヘッドから全身髪の毛に覆われる物まで出来、まさに伸縮自在といっていいものだった。
「はぁ~、すっごいなそれ。また動画のネタが出来たのは良いけど、呪いの人形でももう少し慎ましいだろ」
「ふふん、あんなのとはレベルが違うよ。――はっ! これが当たり前のように出来るてもしかして私、凄い霊なんじゃ?」
「かもなぁ。俺に触れるのもその関係なんかな」
何となくそう言ってみたがさっきまでとはうって変わり澪歌は少し悩んで口を開いた。
「…それは、……どうだろ。今までも沢山この部屋に来たけど、誰も触れるどころか姿さえ見えなくて。……それにすぐ出ていった人ばっかりだったから」
「澪歌にも分からないか」
「うん、たぶん相性というか、波長? みたいなのが合ったんじゃない?」
「そんなもんかねぇ。カメラに映ってるのもそういう関係?」
「深夜帯ならそうじゃない? あの時間帯なら特に意識せずに姿現せる事出来るから。でも今みたいに陽が出てる間も触れたのはさっぱり分からないけど」
「そっか。…じゃ、その辺は探り探りやっていこうか」
「うんうん。ね、それより新しく動画撮ろ?」
「どうした急に。それに何のやつにすんの」
現状ストックは、カメラの確認作業中から始めて澪歌の協力取り付ける所ぐらいしかないし、増えるのは良いことだけどネタ次第か。俺としてはゲームネタって行きたいが、肝心のホラーゲームは買った事も無いし、お金の余裕はあまり無いけど、なんか中古で良さそうなのあったら明日にでも買いに行くか。
「動画見てくれてる人いっぱいいるんでしょ? だったら私もちゃんと自己紹介したいなって思って」
「あー、なるほど。確かに挨拶は大事だな」
さっき投稿したのも既に再生回数は数千まで伸びてるし、評価も上々。コメントにいたっては、『この幽霊かわいい』『最初ビビったけど段々可愛く見えてきた』『ホラー終了のお知らせ』等、好意的な物が大半。
なんか心霊、怪奇現象から澪歌っていう単体の個性にチャンネルの趣旨がシフトしてる気がするけど、……まぁ、そっちの方が登録者も増えそうだし問題ないか!
「じゃあ折角だし配信でやるか?」
「はいしんってなに?」
「リアルタイムで動画とって、来てくれた視聴者とその場でやり取りが出来るやつだ」
「それ面白そう! 今からするの?」
「随分乗り気だな。じゃあ折角だしやってみるか。これから準備するからちょい待ってて」
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