第2話 カメラの確認

ゆう、母さん買い物行ってくるからお留守番よろしくね』


『うん、まかせて!』


 そう元気良く返事したかとおもうと、思いっきり抱きしめられた。子供の頃から出かける度に必ずしてくる、いわば恒例行事。

 子供の時だけならまだしも、思春期になっても、大学生になっても無くなる事はなかった。

 一時は止めようとした事もあったけど、ガチ泣きされそうになったからなぁ。どんだけ親バカなんだか。




「……ふぁ~あ、……もう、朝か」


 スマホで時間を確認すると、八時を過ぎたところだった。


「――っべ! 遅刻確定じゃねーか!」


 ――って昨日辞めたんだったわ。いやー、習慣ってのは恐ろしい。時間見た瞬間に上司に連絡しようとしてたわ。会社と上司の番号もう着信拒否してるのに。


 そういや、何か良い夢見てた気がするんだが何だったか? 夢のお陰か知らんが、久々にぐっすり眠れたし。

 じゃ、飯と昨日の動画チェックしたら、カメラの確認しようかね。頼むから何か良いの撮れててくれよ。




 テレビから流れるニュースを聞き流し、焦げ目の付いた表面にたっぷりとマーガリンを塗りたくった食パンを口に運ぶ。


「さてさて、昨日のはどんだけ伸びたかなぁー」

 

 動画の再生数は8000回を越え、評価も上々。期待していた一万にはまだ届いていないが中々良い調子じゃないかこれ!

 今回の為に新しく作ったチャンネルも登録者数はもう数百人いってるし順調順調。

 コメントは好意的なものから、やらせ乙っといった信じてない物まで色々あるけど、こんなに反応あったの初めてでただただ嬉しい。これは今回の収穫次第じゃ登録者数千人突破もあり得るんじゃないか?



 さて、どのカメラから見ようか。

 寝室は俺が寝てたから何かある確率が高そうだし最後にするとして。

 ここのリビングで確認作業をするからここのカメラは洗面所のが終わったら交換して見るか。じゃ、洗面所のからいってみよう。何かしら頼むぞ、本当に。



 期待と不安の中、カーテンを全開にしテレビをつけたまま、カメラの再生をどんな小さな音も聞き逃さないように音量を最大の状態にして始める。

 とはいえ、後二台残ってるのに標準速度だと日が暮れてしまうので三倍速で見ていこう。


 映っているのは洗面所とその奥に見える風呂場だけ。

 変な影や鏡に何かしらおかしな物が映り込んでる事も、奇っ怪な音声も無く、何の異常も収穫も無いまま動画は終わった。


「…………ま、まぁ。まだ二つあるし? これからよ、これから」


 そんな思いとは裏腹にリビングのカメラにも一切の成果が無いまま終了してしまった。


「やべぇよ、やばいってこれ」


 今のところ動画に出来そうなの無いのにあっという間に残り一つ。

 一番可能性がありそうだと思って最後にしたけど、この調子だとあんまり期待出来そうにないかもしれん。

 それじゃあ非っ常に困るので何でも良いので本当にお願いします。あんまり怖いのは勘弁だけど。


 祈るように最後のカメラの再生を始める。



「……ん? 真っ暗なんだけど? まさか、撮るの失敗した? ――いやでも、タイマーは動いてるし、……じゃあ何だよこれは」


 変な音を拾うことも無く時間だけが過ぎていく。画面には時折白っぽい線らしき物が見え隠れする程度。

 やばいって、こんなんじゃ動画になんないよ。


 そんな心境を一変させる事態になったのは午前二時を回った時。今までほとんど真っ暗だった画面にスゥーと引くような形で人影が出てきた。


 キターと思う反面、背筋に寒い物が走る。今まで真っ暗だと思ってたのはコイツがカメラに密着していたからか。もしかしたらずっと見つめあってたなんて事も考えられるしな。そもそも、何の音も出さずにカメラに密着しっぱなして怖すぎる。まだ何か言ってくれてた方が目的が絞れるかも知れんし良かったろ。


 顔は、髪が邪魔で見えないな、というより髪長すぎたろう。前は腰の長さ、後ろに至っては地面に着いてるし。

 片方の肩紐がずれたワンピースから、今にも溢れそうな胸元を見るに女性の霊と見ていいか。


 こんなの知り合いには居ないしどこかで会ったって事も――無いな。うん、心当たりは全く無い。

 そう考えるとやっぱりこの部屋に住み着いているヤツなのか?

 顔が見えないのが残念だけど、こんな大きい女性だったら寧ろ大歓迎だ。しっかし、コイツは何がしたいんだ?


 さっきからベッドの回りをぐるぐるぐるぐる。危害を加える気配も無いし、てか足でちゃんと歩いてるし、幽霊っていうよりただの不審者では?

 でもあれか、音量MAXにしてるんだしそれなら足音ぐらいは聞こえないとおかしいよな。音を出さない特殊な歩き方でもしてるなら別だけど、そんな風には全く見えない。


 それにしてもいつまで、っと。やっと止まったか。


 枕元で歩みを止め、俺の顔を見下ろす形で静止している。

 髪の毛が顔にかかっても寝続けている辺り、ほんとに爆睡してるな。普通くしゃみの一つでも出そうな状況だろうに、我ながら図太いというか鈍いなぁ。

 

 数分間変化も無く、また代わり映えの無い映像が続くかと思ったが、髪の間から伸びた手が俺の体に触れた――かと思うと驚愕したように大きく飛び退いた。


「……? 何だ今の? そんなおかしな事あったか?」


 腰は引け、恐る恐るといった感じで指差すように人差し指だけを真っ直ぐにし、俺の頬をツンと触ると、自身の指と俺を驚いたように何度も見ていた。


『――れた、さわれた、触れた!』


 触れた連呼して言ってる事は不気味そのものなんだけど、不思議と恐怖心は湧いてこない。

 どことなく嬉しそうに聞こえるのもあるけど、なんか触ってみたくて堪らないけど中々出来なくて、それが初めて上手くいった時のような、あまり上手に例えれてないけどそんな感じがして寧ろ微笑ましく思えてきた。


 頬を繰り返しツンツンして慣れたのか、俺に跨がるとベタベタとあちこち触り始めた。


 ……えぇ、なにやってんのこの子。野郎の体なんぞ触っても楽しくないだろうに。ほっぺたをグニグニ引っ張って、なんでこんなのされてるのに俺は全く反応しないんだか。うなされてる様子すら無いし、ちょっと爆睡しすぎじゃない? 我ながらちょっと心配になるわ。


 しっかしまだ触ってるし、流石にもう飽きそうなもんだと思うけど。もしかして残りの時間ずっとこれなのか? 


 なんて思っていたが、仰向けから寝相を変えようとした際、幽霊を巻き込む形で横向きになり、抱き枕とでも思ったのかそのまま離すまいと大事そうに抱き締めていた。

 

 いやいやいやいや、なにやってんだ俺! てかなんで触れてるんだ、向こうが出来るならこっちも出来るもんなのか?

 なんかめっちゃ幽霊もあたふたしてるし、俺は俺で胸に顔うずめたまま寝息たててるし。

 俺の拘束が緩んだ際に慌てて抜け出し姿を消したが、その時は既に夜が白んで来ていた。

 


 ――いったい何を見せられているんだろうか、ホラー目当てだったはずなのに。まぁ、最初の方は正直ビビったよ、怖いと思ったし良い画が撮れたとも思った。

 ところが今の状況はどうだ? これ、ホラーとして流せるか? 無理じゃない? いや、しかし、他に収穫も無かったしこれ投稿するしかないよな。

 ……何だろう、めっちゃ不安しかない。ホラー目当てで集まった人達にこれを出してもウケる気配まるでしないんですけど。まぁ、今回駄目でもまた新しいの次々に撮れれば大丈夫かな? 早速エンコードでもしようか、ってやけに静かだな。テレビはつけたままだったはずだけど。



「――ッ!」


 テレビはちゃんと点いていた。ニュース番組であろうスーツを着用している男女二人が映し出されていた。

 だが明らかに様子がおかしい。

 二人は原稿を読む事もせず、まるで俺を認識しているかのように、一切の感情を持たない死んだ目でこちらをただただ見ていた。

 異常な光景だ、いったいいつからこうなっていたのか。

 一気に背筋が凍っていく感覚を覚え、画面から目を背けられないまま、震える手でリモコンを取った途端テレビは勝手に消え、暗転した画面には椅子に前屈みになりながら冷や汗が大量に流れている俺と、その背後に俺を見下ろすような形でワンピース姿の女性が立っていた。

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