住んでる事故物件で頻発する怪奇現象をYouTubeに上げてみた

すらいむ

第1話 今日から無職!

「……あ~、これからどうすっかなぁ」


 ぶらぶらと揺れるつり革を仰ぎ見ながら一人呟く。

 つい数ヶ月前に希望と情熱を持って上京したものの、あまりのブラックさとパワハラに堪忍袋の緒が切れ、先ほど上司の顔に辞表を叩き付けて来たところだ。

 これであのブラック企業と縁が切れたと思うとせいせいするが、代わりに懐事情が厳しくなるのも事実。


「出来るだけ早く、次見付けないとなぁ」


 使う暇が無かったから多少の蓄えはあるが、それすら持って二、三ヶ月といったところか。あのお祈りされ続けた就活の結果がこれだもんな。

 サラリーマンの一生で稼げる金額が約二億って見た事あるけど、今は派遣とか終身雇用制度の崩壊で平均はさらに下がるだろうし、特別武器になりそうなスキルが無い俺は、このままだと平均より確実に下で終わるんだろう。

 何か、何か良いのは無いだろうか。




 特に良い考えが出るでもなく公園のベンチに腰掛けたまま、最寄りのコンビニで購入したパンを口へ運ぶ。


 いつもは部屋に戻って思案するのだが、上京してからは極力戻らないようにしていた。

 というのも住んでる部屋がいわゆる事故物件で、部屋にいると毎日のように何かしらの怪奇現象に遭遇していたからだ。

 漫喫でとも考えたが、資金面を考えたら公園になった。


「こいつらは良いよなぁ~、動画配信してぼろ儲けとか羨ましい限りだわ」


 スマホで再生していたお気に入りの配信者の動画を見ながら思わずこぼす。

 俺自身、彼等に憧れ、あと金とか知名度とか色々、学生時代にやってみた事はあったけど、結果はこれだよ。ご覧の惨状だよ。


 またやってみるか? 時間だけは有り余った状態になったけど…。

 まー、問題はやっぱり金、だよな。パソコンこそあるが、それ以前に生活がなぁ。


 一発でバズる神がかったネタでもあれば話は別だが。

 ゲーム実況とかは最新のゲーム機持ってない時点で候補から除外。ソシャゲも特にやり込んでるの無いしこれも駄目。

 クリエイト系や解説系も格別スキルの無い俺がしたところでって話だし。


 ……え? 詰んでないか?

 俺が出来そうなのって実況ぐらいしかなくないか?

 といっても何実況すんのって話よ。

 酒呑みながら野球実況ならちょっとしてみたいけど、俺にそんな需要ねーだろうし。



 あーだこーだと一人唸りながらも結局良い案は出ないまま時間だけが過ぎ、空もすっかり茜色に染まっていた。



 げ、いつの間にかこんな時間かよ。嫌だなぁ、帰りたくねーなぁ。部屋自体は良い部屋なんだが、心霊現象さえ無ければな。


 会社から電車で数駅、繁華街も近く交通の便も良い。部屋自体も1LDKで陽当たりも良好、当然風呂とトイレは別々でトイレも安定のシャワー機能付き。防音性も高く、マンションのセキュリティも高めの部類。

 これだけの物件にも関わらず月の家賃はほんの二万円。理由はさっき出てきた心霊現象に他ならない。


 …………心霊現象、か。いけるかな? どうだろう。でも今までで一番可能性はありそうか? 近年のテレビだと怖い話とかほとんど放送しないけど、需要自体はあるだろうし、そこにガチなの投稿したらバズりそうじゃないか?

 ……どうなんだろう? だが、やってみる価値はありそうだな。職探しはそれが失敗に終わったら考えよう! 

 確か近くの家電ショップまだ開いてたはずだし、必要なもん買って来るか!



「えー、この部屋が俺が住んでる部屋になります。あ、ガサガサ聞こえるのはさっき買ってきたカメラとかの袋です。…………ふぅ、じゃ鍵開けまーす」


 スマホで撮影しつつ、部屋の前で実況をしているけど、端から見たら完全に不審者だろうなぁ。


 嫌だなー、怖いなー。出来れば入りたくねぇけど、……カメラとかも買ってきたし、もう後には引けないよな。ただでさえ少ない貯金がさらに減った訳だし、何か撮れてくれないと生活そのものが出来なくなる。

 それは流石に勘弁だから、怖いけど何か撮れてくれよ。



 ガチャリ、と鈍い金属音と共に鍵を開き部屋へ入りスマホを正面に向けたまま後ろ手で鍵を閉める。

 いつものように「ただいま」と呟くと、それに返答するかのごとくリビングから床に何かを叩き付ける鈍い音が何度も何度も響いてくる。


「えー、こういう風にこの部屋当たり前のように怪奇現象起こるんですよ。じゃあ、音のしたリビング行きますね」


 ――あぁ、またこれか。毎日飽きもせずよくやる。

 これは良く知っている。なんせ越してきた翌日から帰宅した時は必ず起こっているからな。流石にこれには慣れた。

 とはいっても、いつもより足取りは重い。現状を実況しながらというのもあるが、撮影しているスマホに何か、普通ではありなえい何かが映り込んでるのではないかと、期待と不安が入り交じったまま画面にチラチラ目をやっているからだろうけど。


 リビングで先ず目に入るのは床に散乱した食器の数々。これらを片付けるのが帰ってきてからやる最初の事だ。といっても壊れた物は無く、一人暮らしなので数も少ないので一、二分で完了する。なんせ最初の頃に壊されてから食器類は全てプラスチックとかの壊れない物に変更済みだからな。


 リビングをぐるっと見回してもスマホには何も映らず、中々絵になるようなのは撮れないもんだな。

 ――と、不意に何人かの笑い声が聞こえ心臓が大きく脈打つ。


「――って、テレビかよ。ビックリさせやがって。今日はこれもくるか、これたまにしかないからビックリするんだよな。ってもう十分経ってる。画的えてきにまだ足りないっぽいけど、一旦ここで終わりにします。またすぐに続き撮るんで良ければ高評価、チャンネル登録よろしくお願いします!」


 宣伝は大事。こんな状況だからこそなおさらな。


 

 

 「良し、投稿完了っと。頼むぞー、伸びてくれよー」


 某大手動画サイトYouTubeにさっそくアップロード。ほとんど無編集だったのであまり時間かからなかったのは良いけど、どんくらい再生回数伸びるかね。需要自体はありそうだし、無名の俺でも一万ぐらいは狙えるんじゃないかとは思うけど、こればっかりはなぁ。逐一チェックしたいところだけど、続き撮る準備やら今のうちにしとくか。今回のやつは明日の朝にでも確認しよう。


 番組を見ながら帰る途中で買ってきた夕食のコンビニ飯を平らげると、機材の準備を始める。


 怪奇現象が起こる場所は主に三ヶ所。

 ここのリビング、それに風呂場と寝室だ。

 この三ヶ所に固定カメラを設置しようと思うのだが、リビングと寝室はともかく風呂場はどうするよ。

 素っ裸だしそこで起こっても大体モザイク処理しないといけない気しかしない。それに防水加工のあるカメラだけど、湯気でまともに撮影出来てないなんて可能性も十分考えられる。……うーん、とりあえず一回試して駄目なら隣の洗面所にしとくか。



「あ~、さっぱりした~。すっかり長湯しちまったなぁ。さて、何か撮れてると良いんだが」


 ニュース番組を聞き流しながらカメラの確認をするも、映っているのは俺の裸ばかり。多少曇りがかった他には特に目立った物も無く動画は流れて行き、結局成果は皆無といっていいものだった。


 何か撮れてると思ったんだけど成果無しか。どうしたもんかね。これはカメラを洗面所に設置で良いかな。

 成果無しも痛かったけど、風呂場設置だと上がる度にカメラを支える三脚とかしっかり拭かんと駄目だし、それは中々めんどいしな。そうだな、次から洗面所にしよう。


 


 寝室のカメラは隅のここで良いか。ここならドア以外の大体の場所はカバー出来るし。


 ふぁ~、何か今日は仕事辞めたり、怪奇現象撮ろうと準備したりで、仕事とは違う意味で疲れたな。でも不思議と悪くはない気がする。

 あとは何とか寝てる間にリビングと洗面所、それとここの寝室に設置したカメラで何か撮影出来てれば万々歳なんだけど。

 まだ怖くはあるけれど、撮れてないと生活していけないしなぁ。

 怖すぎず、けど中々刺激的で再生数稼げそうなのが撮れてると良いんだけど。

 それと今日上げた動画の方も伸びてるとありがたいが、どうなってることやら。こっちの方が怖いまである。


 ベッドの中でそんな事を思案している内に眠気が襲い、意識を手放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る