願いを叶える記事と、友の願い⑪
元々、友亜は冬弥が死んでしまったことを信じたくなかった。 朝起きれば、またいつものように『おはよう』と言って、笑ってくれるのを信じていた。
それが無理だと分かっていても、信じることしかできなかった。 そんな時に、霊となった冬弥が目の前に現れたのだ。 友亜は自分の心を守るため、冬弥の事故がなかったと思い込んだ。
そして今も、冬弥が消えたということを頭も心も信じようとはしない。
―――まだだ。
―――冬弥が消えたって、まだ決まったわけじゃない。
―――この学校のどこかにいるはずだ!
千晴が教室の入り口に立っているというのに、冬弥がどこかへ移動できたはずがない。 だがそんなことは関係ない。 それに幽霊としてなら、それくらいできるのかもしれなかった。
友亜はそんな希望を持って校内を走り回る。 まず最初に向かったのは、新聞部の部室だ。
「友亜? どうした?」
必死な形相で勢いよくドアを開けたせいか、部員全員に注目される。 見渡しても冬弥はいない。 先程まで冬弥が座っていた指定席だと思っていた場所には、別の部員が座っていた。
―――ッ、たまたま、たまたまさ!
―――あの人が勝手に借りて、使っているだけ!
確認もせず部室を飛び出したのは、否定されるのが怖かったから。 他も探しながら走り回ったがやはりどこにもおらず、最終的に辿り着いたのは――――教室だった。
「み、みんな!」
肩で呼吸をしながら叫ぶ。 教室では、部活に入っていない複数の生徒が談笑していた。
「友亜、どうした? そんなに急いで」
応対したのは、中学も一緒だった一人の男子。 話すようになったのは、高校に入ってからだろう。
「冬弥・・・ッ! 冬弥は!?」
「何の話をしているんだ?」
「冬弥がいないんだよ。 この教室にいるはずなんだ!」
「冬弥って、あの冬弥だよな・・・。 あまり、蒸し返さないでほしいんだけど・・・」
その男子生徒は、明らかに表情を暗く落とした。 友亜は彼の肩を掴みながら言う。
「どこにいるのか知っているの!?」
「ちょ、ちょっと! 友亜、お前おかしいぞ。 冬弥は入学式の日、事故に遭っただろ・・・?」
言いながら、友亜の前の机、そこへ目を向けた。 机の上には一輪挿しの花瓶に、白い花が生けられている。 今まで、そのようなものを見た記憶はなかった。
いや――――見ないように、心が拒否していたのかもしれない。
―――だって、あそこには冬弥がずっと座っていて・・・。
涙が零れていた。 もしかしたら冬弥は、花瓶がなるべく目に入らないよう身体でブロックしていたのかもしれない。 自分に死んだということを隠すように。
「あ、あぁぁ・・・ッ! ああああぁぁぁああぁぁ!!」
友亜はその場で泣き崩れた。 入学式の日、唯一の友達であり親友であった冬弥が事故に遭ったこと。 そのまま戻ってくることはなく、冷たく横たわる遺体に泣きながら花を備えたこと。
―――冬弥が生きているはずなんて、最初からなかったんだ。
信じることのできなかった心は、まるで関を切ったかのように溢れ出た。
「友亜!? おい、大丈夫かよ!」
冬弥が、死んでいた。 先程まで話していた冬弥は、最後の魂の灯。
―――もし“願いを500個叶えたら消えてしまう”と知っていたら、願いなんて一つも叶えることはなかったのに。
「友亜くん、いつもあの花瓶に向かって喋っていたよね。 だから記事に願いを書いてもらう時以外は、友亜くんに話しかけたくても我慢していたの。 冬弥くんっていう人、そんなに大切な人だったの?」
周りから見るとそう見えていたようだ。 それでも周りに人が集まってきたのは、やはり記事の願いの力なのだろう。
「大切な人だった・・・。 いや、今でも大切だと思っている」
友亜は窓の外から空へと視線を向けた。 もしかしたら冬弥が空へと昇るのが見えるかもしれないという期待を込めたが、ただ青空が広がっているだけだった。 肩を落とし、冬弥の席へと座ってみる。
何となく、まだ温もりを感じられる気がした。 友亜の周りには自然とクラスメイトが集まっていた。 様子がおかしいと思って心配してくれているのだろう。 しばらく泣いていると、千晴がやってくる。
「友亜くん・・・」
「あ、千晴、ちゃん・・・」
―――・・・そうだ、僕は告白されたんだっけ。
―――返事、してない・・・。
冬弥が消えたという衝撃が強過ぎて、恋愛なんて考える余裕はなかった。 それは今も同じだ。 頭の中が混乱しているせいで、何からどう対処すればいいのか分からない。
「友亜くん、大丈夫? これ、美術準備室に落ちていたんだけど・・・」
千晴に渡されたのは、友亜が記事を書くのに使っていた紙だった。 まだ空白が多い中、友亜が自分の文字ではない記事を見つけた。 先刻使っていた時にはなかったものだ。
『スクープ! 友亜が記事を書いて笑顔になる! たくさんの友達に囲まれ、幸せな日々を送った!』
また目から涙が溢れた。 それは冬弥が書いたのだとすぐに分かったからだ。 手に力が入らなかったのか、筆圧が薄く弱々しい文字。 そこに、冬弥の最期の想いを感じた。
「冬、弥・・・。 冬弥・・・ッ!」
それは先程まで、冬弥がいたという証拠だ。 幻覚でも錯覚でもなく、確かに冬弥はそこにいた。 例え幽霊のような存在だったとしても、自分のために傍に付いてくれていた。
冬弥の願い、それを理解すると立ち止まっていてはいけないと理解した。 もし心が折れてしまえば、折角自分を犠牲にしてでも自分のためにと願ってくれた全てが無駄になってしまう。
―――でも、今だけは、もう少し立ち止まっていてもいいよね・・・。
友亜はしばらく泣いていた。 その間ずっと、クラスメイトと千晴は友亜の傍にいてくれた。
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