第2話 「業者」は、ほっとけ

 「じゃあ、次の次、青谷あたりかな? たまきちゃん、そろそろ、彼に襲撃かけてやろうよ。びっくりするだろうな・・・」

 太郎君の提案に従って、手前の駅を出発するころから、私一人で取材開始。

 車掌さんの案内放送も、バッチリ。リポーターの私が、次の駅でのレポートに突撃だ。早速、車内を巡回。

 

 マニア君を、無事「補導」。

 「こんにちは、大宮病院のパーソナリティー、海野たまきです」

 にっこりと、マニア君にマイクを向ける私。

 マニア君はびっくり仰天。

 読んでいる雑誌「旅と鉄道」の最新号を思わず閉じる。

 「今や、鉄道旅行はスポーツだ!」なんだって。

 「スポーツ」目的とみられる長時間停まる駅は、すでにチェック済。


 「さて、今日、昭和59年4月3日夜、この山陰号に乗って夜を過ごしつつ、駅の入場券を買ったりスタンプを押したりしている人に、取材してみたいと思います。あの、どちらから来られたんですか?」

 「はい、岡山からこの青春18きっぷで、福塩線と木次線に乗って、出雲市まで出てきて、今日は山陰号で京都まで行きます」

 「明日は?」 

 「奈良線と片町線に乗った後、京都に戻って先輩の御自宅に伺います。あ、そろそろ、青谷駅で入場券を買ってこなければいけませんので・・・」

 「じゃあ、デッキでもう少しいいですか?」

 「は、はい」

 マニア君、もう観念している模様。

 

 ここで、一時録音中止。

 「何しているのよ、せいちゃん。あなたまた、駅を走り回っているの?」

 「あ、たまきさんこんばんは・・・今日はしっかり走って、集められる限り集めます。あ、この2日用の青い18きっぷ、これ、京都の河東さんからいただいたものです。明日は、河東さんの御自宅に行ってきます」

 「いいけど、気をつけなさいよ。おねえさんはねぇ、心配しているのよ」


「間もなく、青谷です。降口は・・・」


 デッキに移って、録音再開。

 案内放送が終わると、ほどなくして列車は停まり、折り畳み式のドアが開く。

 マニア君は列車を飛び出し、駅の改札へと走った。青い青春18きっぷに何やら押してもらい、入場券を買っていた。その姿をシッカリ録音して、ついでに彼が入場券を買っている姿も写した。少し息せき切って、彼は戻ってきた。

 「先ほどの方に伺います。駅で一体、何をされていたのですか?」

 「は、はい,18きっぷに途中下車印を押してもらって、それから、硬券の入場券を買ってきました。スタンプがあれば、スタンプも押しますよ・・・」

 「そういうことをして、楽しいですか?」

 「はい、楽しいです。列車に戻ってきたときの達成感が、何とも言えませんね」

 「そうですか、ありがとうございました」

 

 対向列車が来て、山陰号は汽笛を鳴らして出発。頃合いを見て、録音終了。

 「駅は運動場じゃないでしょう。とにかく、危ないことだけはしないでね」


 私の注意もものかわと、彼はまた、偏屈ハカセのところに戻って、鉄道の話。

 そこには、この列車で知り合った何人かの鉄道好きの人たちも来ていた。でも、こういう人たちの同類とは思われたくないので、私は太郎君のいる席に戻った。

 「面白い録音ができたわよ」

 「あのマニア少年の短距離走だろ・・・」

 そうこう話しているうちに、ついに、石本さんがやって来た。

 「お、仲良くやっとるのう」

 「あ、こんばんは」

 二人そろって、御挨拶。


 「あの米河が入場券買いに、「ぴゃーっ」と駅を走るところ、取材しとったじゃろう。あんなことやらかすマニアは、全国に結構おるで。今日も何人か沸いて出とるのう。なかにはなあ、車掌と駅員に頼んで鉄電をうまいこと使って、停まる駅停まる駅、入場券を買い集める奴もおるで。他にもな、電話帳で調べて公衆電話で駅に電話して頼む奴もおる。ようわからん奴らじゃ」

 「あの、石本さん、鉄電って何ですか?」

 太郎君が尋ねた。

 「鉄道電話、要するに、国鉄の業務用の電話のことじゃ。駅同士の業務連絡で、鉄道関係者はまずこれ使うからな、入場券集める奴らは、それを利用するんじゃ」


 「そこまでして集めて、楽しいんですかね?」

 私が尋ねてみる。

 「趣味は人それぞれじゃ。あんたも、あんな奴を取材して、楽しいかな」

 「彼みたいな子はこれまで出会ったことないですから、それなりに楽しいです。ああ見えて彼、結構かわいいところあるじゃないですか。もちろん、かわいいったって、太郎君の足元にも及びませんけど・・・」

 「ごちそうさん。まあ、あれこれ観察しよってみい、ホンマ、この世界、面白いけーの、それともなんじゃ、この大宮君を観察しとる方がええか?」

 「いや、それは・・・その・・・(間違いなく、そのほうが、いいです)」

 私の顔は相当真っ赤になっていたみたい。翌日太郎君に冷やかされた。

 石本さんが去って、今度はマニア君が寝台車方面から御帰還の途上を一時保護。また入場券を買いに行っていた模様。あとで聞くと、テレビの取材も受けたとか。

 

 「国鉄の人と仲良くなるのはいいけど、とんでもないことしてないわよね」

 「とんでもないこととは・・・」


 ここで、太郎君が私の発言を遮った。

 「もういいだろ。彼は彼なりに、社会性を身につけているんだからさ。中学校の『職場体験』なんかよりも、マニア君には鉄道現場での実地体験のほうが、ある意味、社会研修になっているんじゃない? おれはそう思うけど」


 マニア君は、知り合った同業者?の人と顔を合わせ、席を外していった。誰も見ていないことを確認して、太郎君は、私の唇をいささか強引に奪った。


「こらオオカミ君、こんなところで・・・」

「誰がオオカミだよ、たまき。あんな「業者」らはほっとけ、もう」


 乙女はひとまず大人しく、オオカミ君の腕にくるまった。テレビ放送では、私たちが並んでうとうとしている姿が映っていて、一時期知り合いの間ではひょっと・・・ということで噂になったけど、私たちはあえて、肯定も否定もしなかった。

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