第3話 ホームを走るのは、やめよう。

 列車は夜間走行時のお決まりとして「減光」中。ほの暗い車内で、私たちは、座席で仮眠を貪った。途中の鳥取では、公安官が便乗して車内を見回っていた。

 周囲の「業者さん」たちの話では、家出人の捜索か?という声も出ていた模様。


 少し寒気がして、二人とも目を覚ました。

 列車は、福知山に着く手前だった。

 ちょうど車掌さんが通りかかったので、新しい青春18きっぷに今日4月4日の日付を書き込んでもらった。

 

 「824レ ヨナカレチ」と、日付欄に書かれた。

 

 太郎君は、洗面所に行って水タンクから水を汲んできた。

 「こら、さっきはよくも、呼び捨てに・・・」

 「そんなことより、デッキにおいで。あ、カメラ持って!」

 私がカメラを持つが早いか、太郎君は私の手をグイと引っぱり、デッキに連れて行く。彼にこんな力、あったかしら。

 「たまきちゃん、これ! 早く写真!」

 「なに、これ」

 太郎君に言われるまま、デッキに張り出されている、ノートの切れ端に書かれた「壁新聞?」を撮影。

 赤ペンで書かれたスタンプの絵付で、何やら書かれている。


 「スタンプを押す人へ ホームを走るのは、やめよう。 山陰号より」


 なんじゃこれは・・・。もう面倒なので、録音取材は中止。

 だけど、せっかく福知山駅に着いたので、太郎君と私は自動販売機でジュースを買いに駅に出た。マニア君たち何人かは、入場券だけでなく、何やら、記念切符も買っていたみたいだけど、あえて声はかけなかった。列車に戻ると、例の貼り紙は、まだ貼られていた。テレビの取材陣は、福知山駅で切符を買う人たちを取材していた。

 列車に戻った私たちは、並んで座って、ジュースを飲みながら少し話した。

 「太郎君、一体あの貼り紙は何?」

 「まあ、マニア君みたいな「業者」の人たちに警告でもしているんだろう」


 そうこう言っていると、石本さんとマニア君が来た。

 「せっかくじゃから、あんたらも、三段ハネ、見に行ってみるか?」

 石本さんの案内で、私たちは寝台車へ。車掌さんに許可を得ているとか。

 カメラを一応持って行ったが、さすがに撮影ははばかられた。石本さんは、走行中の列車にストロボをたく馬鹿がおるけど、困った奴等じゃ、まして、夜の寝台車内なんかで写真を撮るのはのう・・・と、やんわりと「マナー」を伝授してくれた。

 「『三段ハネ』って?」 

 「ベッドが三段あるB寝台車のことだよ」

 太郎君が答えてくれた。マニア君や偏屈ハカセの御託宣よりよっぽどうれしい。


 私たちは、石本さんとマニア君に連れられ、寝台車をデッキからのぞいた。ちょうどデッキから少し離れた寝台のカーテンを少し開けて、中学生ぐらいの女の子の寝台客にテレビがインタビューしているので、それに紛れて4人で寝台車を観察。入口付近の中段と上段が、2人分ほど空いている。ずい分狭い寝台ねと、私が太郎君によりかかって述べたら、確かにそうだね、と返してくる。

 マニア君の弁では、この寝台は52センチだとか。昔のB寝台、かつての三等寝台車の標準タイプだそうです。寝返りも打ちにくそう。でも、通路の白熱灯の灯りが、やさしい。


 皆さん、カーテンを閉めて横になって眠っておられるから、あまり大きな声で話せない。車掌さんに小声でお礼を言って、私たちは座席に戻った。その寝台車がどんな車両で、どういう経緯をたどってきたかを、マニア君が解説してくれた。特に石本御大のご指摘はなかったから、間違いはなかったのでしょう。でも、この寝台車、そのときから30年とたたない以前は冷房がなかったとか、それで特急列車にも使われていたという話には、ちょっとばかり、びっくりした。

 ひとしきり話をした後、マニア君と石本さんは、自分たちの席に戻っていった。


 二人並んでうとうとしている間に、列車は「保津峡」という駅に泊まった。外はまだ暗い。のちに新線に付け替えられ、ここはトロッコ列車の走る路線となった。太郎君も、窓側から、もう少し明るければ風光明媚なはずの渓流を眺めている。オオカミ君の手が乙女の身体に忍び寄って来たから、そっと、払ってあげた。やり返してやろうかとも思ったけど、場所が場所なのでね。

 もうすぐ、京都。私たちは降りる準備を始めた。京都到着は5時24分。京都駅のホームで、奈良線に乗り換えていくマニア君と別れ、大阪へと向かった。

 あとで聞くと、マニア君は朝から入場券を集めていたみたい。石本さんは、各停で山崎まで行って、列車を撮影していたとか。

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