山陰号の一夜 ~ たまきさんの日記より
与方藤士朗
第1話 山陰号 1 1984年4月3日 出雲市発京都行
1984年4月3日。太郎君と二人でどこかに行こうという話になり、1泊2日で山陰を回ってくることに。青春18きっぷを買い、合計6日分を3日分ずつ分け合った。5枚組だけど、この春までは2日有効の青い券が1枚あった。そちらは遠慮なく、太郎君がせしめた。今日から2日間、その青い券を使うつもり。
その日は二人で、朝から伯備線に乗って米子へ行き、境港まで行って米子に戻ってから、出雲市に向かった。
境線の大篠津駅には、特急「やくも」の食堂車だった気動車たち(マニア君の弁では「キサシ180型」というそうで)が解体を待っていた。
こういう光景、鉄道好きでなくても辛い。
その後は、大社線に乗って大社まで行き、そろって出雲大社に行った。
その効果があったかどうかは、そのうち、歴史が証明するでしょう。
出雲市駅には、18時過ぎに戻った。
太郎君の弁では、今日1日で、「いい旅チャレンジ2万キロ」で言うところの3線区「踏破」ということになるらしい。ただ、これに参加するには始発駅と終着駅で自分が写った写真を添えて事務局に送らなければいけないということだから、彼はそんな面倒なことまでしなくていいだろう、ってことで、結局、参加しなかった。鉄研界隈にも、このキャンペーンに本格的に参加した人はいなかった。
私たちが京都までの一夜を過ごす山陰号は、19時23分に出雲市を出発する。すでにホームには、いかにも、な人が何人も集まってきていた。ホームを見渡すと、あれ? どこかで見たことのある人が何人かいる。
一人は、いかにも中学生っぽい少年。
もう一人は、20代半ばの少し背の低い人。
どうやらここで合流した模様。あのマニア君と、偏屈ハカセだ。太郎君、彼らを見て、「あちゃー」という顔。
「水入りどころか、塩酸か硫酸でもぶっかけられた気分だね」
と、ロングヘアーをそっとかき分け、こそこそと、私の耳元でささやく太郎君。
とにかく、あの二人にはできるだけばれないように、こっそりと場所を移動。
大きな文鎮型のディーゼル機関車に引かれ、白帯を巻いたきれいな青い客車たちの後ろにかなり傷んだ寝台車をつないだ列車が、ホームに入線してきた。彼らは別の車両に乗り込んだみたいで、当面、安心。乗客はそういないので、太郎君を窓側にして、私たち二人で並んで進行方向に座り、向かい側の席に荷物を置いた。これを鉄研の人たちは、「ワンボックス占領」というそうです。屋根には冷房が設置されているけど、この気温なら、冷房の必要はなさそうね。
列車は19時24分、出雲市駅を定刻発車。たわいない話をしながら、春真っ盛りの山陰の夜を東へと向かう夜行列車は、何だか、風情があっていい。
だけど、私たちの車両には、どうも、いかにも「旅」をしていますとか、「鉄道」が好きで乗りに来ていますって人ばかり。
正直、お近づきになりたくない人も。
大きなリュックの重装備で、知り合った鉄道好きの人と鉄道の話をしている高校生とか、何線と何線と何とか本線に乗って来たと嬉々として語る中学生とか、話を聞くともなく聞いていると、鉄道が好きで乗り回っている東大生らしき男性とか、山崎のカーブで明日撮影する人とか、明日の甲子園のPL学園との決勝戦を見に行く岩倉高校(もともと鉄道学校)の生徒さんとか。
他には、関東のファンが気に入らんなという青年、逆に、関西のファンこそ気に入れへんでと、わざわざ関西弁で言い返す関東方面の青年。
喧嘩によくならないなと思う。実際、東大生らしき人とその友人が、言い合いをヒートアップさせている二人をたしなめていた。なかには、気に入った人同士、住所交換している人たちも。文通などをするため。太郎君やマニア君がこうして知り合った人の中で、今もお付合いのある人もいるしね。
だけど正直、太郎君がいなければ、こんな空間は御勘弁かな、私は。
列車は駅に泊まるごとに人の乗降を繰り返し、京都に向かって進む。時々、列車の行き違いで少し長い時間、途中駅に停まるときがあるけど、そのときの光景に、何とも言えないものが。駅に着いて、客車の折畳みドアが開いたと同時に、あちこちの車両から何人かが勢いよく飛び出し、駅の改札へ向かう。その後彼らは、スタンプを押すか駅の入場券を買うかして、それが終わると、時間があればゆっくり、なければ走って、列車に戻ってくる。そうしたことが繰り返される。
なんとこの日は、あるテレビ局が番組制作のための取材に来ていた。夜行列車で旅をする人たちを、山陰号で一晩追って、1時間の番組にするとか何とか。カメラはもちろん、ホームを走って改札に向かう人たちも映していた。よく見ると、その中には、知っている人もいました。
そう、マニア君。
こういうときになると、彼は元気にお出ましになりますからね。
幸い太郎君が録音できるウォークマンとマイクと、録音用のテープを何本か持ってきているので、私もこの際、取材してやろう。
太郎君は、時刻表係。少し長く泊まりそうな駅を分析してもらう。
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