日下美由紀

妃陀羅

今頭礼央は話し出す。


「小早川が店に来た日、オレは男に監視されていると気づき、2人がグルだということはピンと来た」


「同じ店に勤めていた妹のハルコに男を尾行させて、小早川とその男と、もう1人女が合流したことを知った」


小早川の話では、舎人さんも比留間さんも今頭礼央に気づかれていないと思い込んでいた。

しかし入室した小早川の顔を見た時の驚愕した表情や、今の話から今頭は3人に気づいていたのは確かだ。

その点も含めて考えると、今頭ハルコという妹の存在を舎人さんたちは把握していなかったようだ。


「アパートにハルコが戻ってから2人で今後の方針について語った、つまりオレを監視するヤツ等がいる以上、オレたちの素性はバレていると考えた訳だ、オレたちが妃陀羅様の神子だと知っているなら相当にヤバいヤツだと判る、初めオレは身の危険を感じて地元に戻ろうと提案した、しかしハルコは妃陀羅様の意に沿わない勝手な行動には反対だといって聞かず、結果ここに残ることにした」


下手に質問すれば見透かされ、魔術で得たイニシアチブが失われる可能性がある。

質問は控えたが、突っ込みどころや疑問はいっぱいだ。


妃陀羅様とは?

妃陀羅様の神子とは?

身の危険を感じていると思っているなら地元に戻る方が筋は通っている、なのにハルコの言い分を採用したのは何故か?

つまりハルコは妃陀羅の意思を理解できる立場にある者と考えてよいのか?

同じ神子でも今頭ハルコにはできて、今頭礼央はできないのだろうか?妃陀羅の意思を知ることが。


「そんな話し合いをしているうちに深夜の2時になり、そろそろ寝るかというタイミングで上井戸鷹人が来た」


深夜2時に来訪者、知り合いか?


「本人なのか偽者なのか、その時には判らなかったが、結果妃陀羅様を呼び出したのだから本人だったのだろう、鷹人は妃陀羅様の霊場が判ったと言って、オレとハルコを誘い出し近所の河川敷まで連れて行く」


妃陀羅を呼び出したと言っている、妃陀羅とは神話級のクリーチャーなのだろうか?

それを呼び出したとなると、かなりの被害が報告されているはず、わたしがアリッサから教えられていないだけか?


「そこには高校生くらいの少年がいた、いつの間にか少年とオレたちはグールの群れに囲まれる、鷹人はオレたち『はぐれ堂出身者の末裔』だけに伝わる呪文の詠唱を始めた、鷹人からは何も聞かされてはいなかったが、オレとハルコも習慣となっている詠唱を一緒になって始める、グールたちでさえ詠唱をしていた、やはり鷹人が神子の魔力でグールたちから協力を得たのだろう、しかしグールの群れに力を借りるほどの代償はオレには用意できない、鷹人が何故それを可能にしたのかは判らない」


少年?まさか、あり得るのか?チームの警護を破って拉致するなど?

グールは見たことがある、アリッサが接触の魔術で呼び出したことがあるクリーチャーだ。

そして小早川が見た『今回の事件の発端になった今頭礼央の白昼夢』に出てきたクリーチャーがグールだ。

今頭礼央もアリッサと同じようにグールと接触できる、そして恐らく上井戸鷹人という妃陀羅の神子も。


「現れたそれが妃陀羅様なのかはオレには判らなかった、しかしハルコは確かに妃陀羅様だと呟いていた」


「妃陀羅様は白い大蛇のような姿に5、6人を一気に頬張れるような大口と赤く輝く6つの眼球をもっていた、いつの間にか足元は水浸しになっていて、それは川の浸水ではなく地面から湧いていた、グールたちが次々と足元に広がる水溜りに引き摺り込まれていく」


「オレは薄れていく意識の片隅で、大声を上げて土手から下りてくる男の声を聞いた『そうたろうさま』と言っていた、その男が持っていた懐中電灯の光だろうか、少年の顔に瞬間光が射して少年の左目だけが青く光っていた」


「その後オレが気づいた時は誰もいなくて、すっかり朝になり1人河原に佇んでいた」

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