女王様のお城へ

「まったく、おそろしい夢ですね! ホントにこれが『夢の国』なんですか? まるで悪夢じゃないですか!」

「失敬な。女子の希望の詰まった夢なんだぞ」

「ホントかよ? 乙女ゲームをしたことないヤツが、いろいろ間違って作ってるとしか思えない!」

「もう呪いにしか思えませんよ!」


 じとっと、紫庵とリゼがキャンディを横目で見る。


「アッサムは除外してやった。あいつは、ボクの作った夢には出してやらない」


「むしろその方が良くね?」


 弥月が無邪気に疑問を口にした。


「お前は、僕たちに仕返ししてるつもりなの?」


 仁王立ちになった紫庵が見下ろすが、キャンディはニヤニヤと笑うばかりだった。


      ★ ★ ★


 アッサム博士が行方不明の今、なぎは、帰り道のことは直接女王に尋ねるしかないと、クロッケー会場に一旦向かったが、アールグレイの母親で招待されていた公爵夫人が女王を怒らせたため、ゲームは中止となってしまった。


 公爵夫人は、女王を怒らせた罪で投獄された。一緒に連れてきていた子豚も。

 原因は公開されなかったが、女王は公爵夫人の言うことにいつも腹を立てていて、これまでも何度も投獄しているので、周りの者は「またか」という反応だった。


 そんな話を聞いて、なぎは戻ってアールグレイとリゼに報告しようと思ったが、それどころではない二人の様子にしばらく見入ってしまった。


「お幸せに……」


 小さく呟いてから、そうっとその場を去った。

 親切な二人のイケメン。

 絵になってたなぁ。


 城の敷地を囲む植え込みに沿って歩いていくうちに、足取りが重くなっていく。


「これからどうしたら……白ウサギに聞こうにも、リゼさんにはちょっと聞けそうにないし……」


 途方に暮れていると、いつの間にか城の正門にたどり着いていた。


「あら? そこのあなた、どうしたの?」


 噴水を背に立つ、赤い豪華なドレスを着た女性が声をかけた。

 金髪を結い上げ、ガラス玉のような碧く澄んだ瞳。


 綺麗な人だと思っていると、その後ろからはハートの柄の赤と白のチェックの布を前と後ろに下げた、見覚えのある青年が現れた。


「またリゼさん?」


 でも、少し服が違ったかしら?


「リゼ、あの女の子を呼んでいらっしゃい」

「はい。女王様」


 あの人が、女王?


「メアリー・アン女王陛下がお呼びです」


 青年は近くまで来てもなぎには覚えがないらしく、不思議そうな表情を浮かべている。

 これまでに出会った『リゼ』と違うのは、片手にトランペットのように見える金色の管楽器を持っているところだった。


「見かけない子ね。迷子なの?」

「あ、はい! 女王陛下」


 なぎは女王相手にどんな挨拶をするものかわからなかったが、とりあえず、ペコリと深く丁寧にお辞儀をした。

 

 女王はやさしく笑いかけることなどはせずに、じろじろとなぎを上から下まで見つめている。


「時々、こういうことがあるのよね。迷い込んで来るあなたくらいの少女が」


 なぎは自分を、少女と呼ぶような年齢ではない、二十歳は過ぎていると言いたかったが、外国人から見る日本人は幼く見えるだろうから仕方がないと思った。


「それで、その少女たちは、どうやって帰ったのですか?」

「質問しているのは私よ!」


 突然女王は声を荒げ、なぎは口を噤んだ。


 これまでの話を総合すると、女王は気に入らない人物はすぐに投獄していた。機嫌を損ねてはいけない。


「も、申し訳ありません、女王陛下」


 なぎは頭を下げた。


 道という道は、彼女が管理しているという。

 許可さえもらえれば、彼女の使う特殊ルートも使わせてもらえるかも知れない。

 なんとかそれを聞くまでは、彼女を怒らせて投獄されるのだけは免れたい。


「女王様、お茶の時間です」


 それは、救いのリゼの一声だった。


「あら、もうそんな時間? あなたも一緒にお茶とお菓子でもどう?」


 突然、女王はウキウキとし始めた。


「はい。喜んで」


 ホッとしたなぎは、美味しいものを食べている間なら、機嫌もいいに違いない、そこでなら「道」の話も切り出しやすいかも知れないと期待に目を輝かせた。


 大理石で出来たどっしりとしたテーブルに、赤と白のチェス盤のような艶のある床。

 二〇人ほどの席が並ぶが、椅子にかけるのは女王となぎの二人だけで、端と端にいるので対面していても非常に離れていた。


 公爵夫人のところで見たカエル執事のような、貴族のような服を着た、カールしたカツラを被った身なりの良い魚やカエルたちが間隔を開けて立ち並び、扉の前には、チェスのポーンのような丸い頭をした筒状の身体に鎧をまとい、手足を生やし、尖ったスピアを持った、物々しい警護も気になる。


 ゆったりしたティータイムとはならなそう……


 緊張感漂う中、テーブルにはケーキや果物、クッキーなどが次々と運ばれ、並べられていく。


 リゼは、トランペットを斜めがけの皮ベルトで背追って、紅茶を淹れていた。

 淹れにくくないだろうかと、ちょっと気になる。


「どう? お口に合うかしら?」


 上機嫌で、メアリー・アン女王が尋ねる。


「はい。とても美味しいです。お茶も」


「あら、それは良かったわ!」


 ナイフとフォークでタルトを切り、口に運んでから、再び尋ねる。


「それで、あなたは、どこに何をしに行くのかしら?」


「白ウサギを追うっていうだけで、目的もわかりませんし、なんかもう帰りたいです」


 なぎは疲れたように笑った。


「どこに帰るというの?」


「……そういえば、どこに帰ったらいいのかしら?」


「あなた、この私をからかっているの?」


「いっ、いえっ! 決してそんなことはないんですけど、……覚えてないんです」


「タルトがないわ!」


 突然、女王は立ち上がった。


「私のタルトはどこっ!?」


「どうされましたか? 女王陛下」


 リゼがぱたぱたとやってきた。


「今食べていた、このお皿にあった私のタルトがなくなったのよ! 誰が食べたの!?」


「誰も横から食べたりは出来ませんよ、陛下」


 リゼがなだめるが、女王はまったく聞く耳を持たなかった。


「横取りした者の首をはねるからね!」


 ひやっと、誰もが背筋の凍った顔になり、ざわつき始めた。


 一人ずつの顔を、女王はじろじろと見ていった。


 正面に座るなぎと目が合った時だった。


「……お前ね? 私のタルトを食べたのは?」


「えっ!?」


 ガシャッ! という金属同士がぶつかる音に、なぎは驚いた。


 なぎのすぐ背後でポーン兵たちが取り押さえたのは、人間サイズのトランプに爽やかな男性の顔と手足の付いた者だった。

 トランプの絵柄はハートのJだった。


「ちっ、違うんだ! 僕じゃない!」

「なんでこんなところにトランプ兵が紛れこんでるんだ!?」

「神妙にしろ!」


      * * *


「あれって、ライバル店の店長じゃね?」


 弥月が鏡の中の『ジャック』を指差す。


「ホントだ」

「赤の国のヤツじゃないのに、夢に出てるのか?」


 リゼと紫庵がキャンディを見る。


「思い付きで」

「……キャスティング、忘れてたんだな……」

「……そうですね、きっと……」


      ★ ★ ★


「危ないところだったわね。あなたも後ろからこっそりタルトを食べられてしまうところだったわよ。あいつは後で首をはねておくから、安心して」


 メアリー・アン女王は、やたらとにこやかになぎに言った。


「あの、そのくらいで処刑って……ちょっと可哀想じゃありませんか?」


 おそるおそる言ってみたなぎの発言に、一同驚き、すぐさま後ずさった。


「それに、わたし、ずっと陛下の方を見てましたが、その人がどこかからお皿の上のタルトを取ったところなんて見てませんし、少しその人にお話を聞いてみてからお考えになってみてもいいんじゃないでしょうか?」


 言い終わるとハッとしてなぎはキョロキョロと見回した。周囲の者は逃げる体勢になっている。


 ……え? なに?


「私の言うことに逆らうつもり? そう、あなたもこの私を怒らせるのね? だったら裁判を開くわ! そこのジャックと一緒にお前も裁判にかけるからね!」


「えええ〜〜〜〜っ!」


 なぎが愕然としていると、あたふたと召使いたち、ポーン兵たちが走り回った。


 そこは一気に法廷へと移り変わり、傍聴人席と陪審員席には、鳥や魚、その他服を着た動物たちが座った。


 リゼが金色の管楽器を吹くと、裁判官である赤の女王メアリー・アンが現れ、被告人席にはなぎと、『現実世界』での『港の見える丘ティールーム』の店長の顔をしたトランプ兵ジャックが座っていた。

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