タルジーの森でなんでもない日のお茶会を
木漏れ日の差し込む中を進む三人に、賑やかな声が聞こえてきた。
木々の先には、大きなテーブルと、十人分ほどの背もたれ付きの椅子が並び、テーブルの上にもカップとソーサーがきちんと並べられていた。
テーブルの中央には、ティーポットとケーキ類、サンドウィッチ等もある。
「よお! お姉ちゃん、かわいいねぇ! 一緒に茶ァ飲まない?」
突然目の前に現れたのは、なぎよりも少しだけ背の高い、跳ねまくった金髪に茶色い
* * *
弥月が、持っていた煎餅をポロッと落とした。
「なにあれ!? ナンパしてるーっ! チャラい! っていうかヘン!」
「ふははは! 思い知ったかダージリン! オマエはここでは、最っ低でアタマのおかしいバカって設定だ!」
「アタマのおかしいバカって? ……二重にバカってことか!?」
「そうだよ!」
二人の少年が騒いでいる前でも、鏡は淡々と状況を映し出す。
抱きつこうとした挙動不審なダージリンから、とっさにアールグレイがなぎを庇っていた。
騒ぎ立てるダージリンを捕まえて椅子に縛り付け、鏡の中のリゼもそれを手伝っている。
★ ★ ★
「おいっ! なにすんだよ、チェシャ猫! 時計ウサギ!」
暴れている三月ウサギを、リゼと一緒にぐるぐると縄で椅子に括り付け終わると、アールグレイはなぎに向き直った。
「ふうっ、危ないところだったね! 怪我はないかい?」
「はい、大丈夫です。アールグレイさんもリゼさんも、助けてくれてありがとうございました!」
「三月ウサギには気を付けた方がいい、三月のウサギは気が狂ってるからね。今は夏だからいないと思ったんだけど」
「は、はあ……」
縄を解けだのなんだのと騒がしいダージリンに、リゼが大きめのティーポットを被せた。
ティーポットを被ると、ダージリンは静かになり、そのうち眠ってしまったように下を向いて、こくっ、こくっと船を
* * *
「どうだ、ダージリン! 後で仕返ししてやるって言ったよな? ボクをポットに押し込んだ時と同じ目に合わせてやったぞ! いい気味だ! あーっははは!」
「別にお前の変な夢の中の話だから、今のオレは痛くもかゆくもないけどな」
多少は意気消沈していた弥月だったが、笑い過ぎてソファからズリ落ちたキャンディは床に尻餅をつき、「いたたっ! もう! オマエのせいだからな!」とそれも弥月のせいにし、ブツブツ言いながらソファに座り直した。
★ ★ ★
「アールグレイ、見て下さい、こんなものが……!」
なんでもない日のお茶会を始めていたリゼとアールグレイ、なぎだったが、テーブルの上にあった手紙をリゼが見つけた。
「これがアッサム博士の席に」
それは、城からの手紙であった。
アールグレイが目を通し、険しい表情を浮かべた。
「帽子の男アッサム博士は、城の牢に入れられてるのか!?」
「おそらく、メアリー・アン女王の機嫌を損ねて、処刑されてしまうのでは?」
処刑と聞いて、なぎはびくっと身体を震わせた。
「城の牢に忍び込むのはいくらなんでも無理だな」
「ええ、見張りがいるので無理ですね」
「だけど、クロッケーのゲーム中なら警備隊は女王の警護に回るから、牢屋の番人もいないだろう」
そんなことってあるのかしら? と、なぎは思ったが、この世界での常識かも知れないので黙っていた。
「だから、参加者のフリをして紛れ込むのがいいかも知れない」
「でも、招待状がないと……」
「いや、飛び入り参加も出来るんだよ」
「そんなことが……! それは知りませんでした!」
くるっと、二人は揃ってなぎを見た。
「なぎちゃん、クロッケーのゲームに参加してくれない?」
「ええっ!? でも、わたし、やったことないし……」
「ハリネズミのボールを、フラミンゴの
「???」
リゼの説明からは、とても簡単なこととは思えない。
「メアリー・アンは初心者にはやさしいんだ。自分より下手に決まってるってタカを括ってるからね。やったことなくても簡単だから大丈夫! クロッケーの最中に、僕とリゼがアッサム博士を救出するから」
「カギの場所は、ぼくが仲間の白ウサギに聞いてきます」
仲間?
さっき会った白ウサギさんも仲間?
その他にも『リゼさん』がいるのかしら?
セキュリティ甘っ!
ふとそんなことを考えたなぎだが、これもまた黙っておいた。
「わかりました。そのアッサムさんて博士をお二人が救出するために、わたしはなるべく時間を稼ぐようにします」
「きみはなんて賢いんだ!」
ぎゅうっと、アールグレイが勢いでなぎを抱きしめる。
ぼわっと、なぎの顔が赤らんだ。
「ああっ、ごめん、ごめん! つい……」
「い、いいえっ」
慌てて手を離すアールグレイも、頬がいくらか赤い。
オレンジのような、紅茶のアールグレイと同じ、ベルガモットの香りがした……。
紅茶の記憶は、あるみたい。
好きな香りだった気がする……。
なぎはしばらく赤くなったまま俯いていた。
* * *
ぼーっと鏡を見ていたリゼと紫庵だったが、ふと紫庵が我に返った。
「これって、もしかして……! なぎちゃんと僕がカップリングになっちゃうヤツ?」
し〜ん、と静まりかえり、誰も答えない。
紫庵だけがニマニマとしている。
「そっかぁ。こっちの世界ではなぎちゃんには怒られてばかりだったけど、それはきっとセクハラ野郎のせいで男嫌いになってたからだったんだな! 夢では最初から僕には好印象みたいだし、こっちの世界でもトラウマさえなかったら、僕ともすぐにでも仲良くなれたかも知れなかったんだね!」
「これならアズサにも嫌われないかも知れない!」と言いながらはしゃいでいる。
「トラウマが原因じゃなかったとしたら、何がいけないんだろうね?」
キャンディが淡々と疑問をぶつけた。
「あっちの紫庵なら大丈夫ってことは、やっぱ中の人に問題あるんじゃね?」
「ふ〜ん、弥月、こっちの僕は中身がダメだって言いたいの?」
腕を組み、紫庵が弥月を上から睨んでから、リゼと交互に見た。
「二人とも、夢の中でなぎちゃんが僕にホレても文句言うなよ?」
「別にオレは全然構わねぇし」
弥月がケロッと応える。
「いいんじゃないですか? さっきのイケオジとかチョイ悪とかヘンタイ白ウサギなんかよりは」
リゼも応えると、紫庵は目を見開いた。
「え? リゼ、ホントにいいと思ってるの?」
「はい。アールグレイなら……いいです」
にっこりと微笑んだリゼを見つめた紫庵は、無言になった。
キャンディは二人をチラッと見てから、鏡に視線を戻した。
★ ★ ★
「あれが、お城の裏門です。あそこに仲間がいるので、ちょっと待っててください」
リゼが走っていった。
なんとなく雨雲のような黒い雲の混じった雲に、城の上空は覆われていた。
「なんだか
三角の尖った赤い屋根の細長い塔が集まったような城を、こわごわとなぎは見上げた。
「赤の城はいつもあんなもんだよ」
アールグレイは何気なさを装ったような答え方をした。
「大変です!」
すぐに戻ったリゼが慌てている。
「アッサム博士は脱獄して、グリフォンに乗って、どこかに飛んでいってしまったそうです!」
「ええっ!?」
なぎは愕然とした。
この国にはグリフォンなんて生き物が当たり前のように飛び交ってるんだろうか? と思いはしたが、そんな疑問よりも落胆の方が大きかった。
「メアリー・アンはすぐに怒って牢にブチ込むけど、その後は忘れてることが多いんだよね」
アールグレイが肩をすくめた。
「どうすれば……」
「……メアリー・アン女王なら、道を知ってるかも?」
リゼが考えながら言うと、アールグレイも大きく頷いた。
「道という道は女王が管理しているんだ。だから、許可さえもらえれば、彼女の使う特殊ルートも使える」
「そうなの?」
「それなら、きみの帰り道にも使えるかも知れないね!」
なぎが期待を込めた瞳で二人を見上げる。
「じゃあ、そのまま作戦決行してくるわ。クロッケーで親しくなって、女王様に帰り道のことを相談してみます」
「頼もしいね!」
アールグレイは、なぎの頭にポンと手を乗せた。
なぎはあたふたしたように慌てて離れると、二人に手を振り、城に向かっていった。
「なぎさんのこと、好きなんですか?」
リゼが、少し淋しそうな笑顔で尋ねる。
「健気で可愛いよね、彼女。僕の気持ちはわかってるよね?」
アールグレイの碧い瞳が、リゼの紅茶色をした瞳をとらえる。
なぎが戻ってくるが二人には見えていない。
「リゼ、ホントにいいと思ってるの?」
「はい。アールグレイなら……いいです」
「それなら、もう……遠慮はしない」
アールグレイはリゼを強く抱き寄せた。
「僕には、幼馴染みのきみしか見えていない」
「本当に……?」
リゼの瞳が潤み、二人の唇が近付いていった。
「ずっとこうしたかった!」
「……ぼくも……です」
立ち止まって茫然としていたなぎは顔を真っ赤にすると、二人をじっと見つめてから、うんうんうなずき、そうっとその場を去っていった。
* * *
「ぎゃーーーーっ! なんなんだよ、これーーーーっ!」
「見てはいけませんっ!」
リゼと紫庵が騒ぎながら、鏡の前に並んで立ち塞がった。
「しかも、なぎちゃん、見ててショック受けたっていうより、なんか理解したって感じで去ってったし!」
「完全に誤解されてますよ!」
「夢の中なら誤解じゃないんじゃね?」
と言った弥月に続いて、キャンディが咳払いをして威張ってみせる。
「女子の好みをブレンドしてあるからね。BL要素と糖分マシマシで♡」
「やめて!! ちょっと長くないですか、この濃厚シーン! もうムリ! そうだ! 早送り! 早送り機能はないんですか? この鏡はー!」
「そんなのあるわけないだろ。どこまでもバカなウサギだ」
鏡から漏れてくる二人の愛のささやき——
「わーっ! 耳も塞いでくださいっ!」
「聞くなっ!」
リゼと紫庵が鏡の前に背を貼り付けたまま、騒いで音をかき消そうとした。
「そ、そうだ! 歌でも歌おう! 弥月、お前、なんか歌え!」
「ええ〜? オレ、鏡見たい。なあ、今何してんの?」
「お子様は見るんじゃないっ!」
「お子様じゃなくても見ちゃダメです!」
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