66.始点

 突然映像が切り替わって、スタッフ入り乱れてバタバタする様子が映し出される。慌てて画面から散っていくスタッフだったけど、司会者も困惑は隠せないようだった。


『続報が入り次第、お伝えします』


 と報じた後はCMになってしまった。

 私も、乱れた感情をどうしていいかわからない。こんなに突然、勝手に。

 誰か知らない人の手に渡るよりは、ツバメが持っていてくれる方が全然いい。星への墓参もきっと自由にさせてくれるだろう。理性ではわかっているし、父さんが私のためにそうしてくれたというのも解ってる。

 それでも、自分のことを何一つ自分で解決できないまま、お婆ちゃんに託されたことを他人の手に委ねるしかなくなったという事実が辛い。あるいは……私などいなくても、ツバメは一人でやっていけてしまうという現実が辛いのかも……


 私がもっとしっかり、伯母様の言う通りに崋山院の自覚をもって、早くから勉強していればよかったんだろうか。それとも、もっと早く崋山院の名前に甘えるのをやめていればよかったんだろうか。

 ぐちゃぐちゃな気分のまま、ツバメに詰め寄る。


「ツバメ、お願い」

「いやだ」

「まだ何も言ってないっ」

「……じゃあ、言ってみろよ」


 溜息交じりの声は、私のお願いを確信しているようだった。


「何年かかるかわからないけど、必ず、払うから……!」

「嫌だ。売らねぇ」


 苦々しい顔をしながら、それでもきっぱりとツバメは拒否した。


「前に言った。一度手に入れたもんは、手放さねぇ。お嬢さんにも、売らねぇ」


 それ以上どうしていいのかわからず、ただ茫然とツバメを見上げる。


「……そう言うが、維持費は大丈夫なのか? そういうことを鑑みて、紫苑さんは……」

「知るか。どうにかしようと思えば、どうにかなる。俺には、真っ当じゃない方法がいくらでも」


 言い切る前にノックの音が響いた。訪ねてくる人に心当たりがない。全員が黙って視線を合わせて、飛燕がそっとドアに近づいた。


「どちら様ですか」

「私だ」


 その声に飛燕がドアを開ける。


「父さん……! ひどい。どうして勝手に!!」

「おっと。悪い。飛燕、紫陽しはるを頼む。今は殴られてやる暇はないんだ。津波黒つばくろ君、いいかな」


 飛びかかる勢いの私を飛燕に押し付けて、父さんはツバメを呼んだ。仏頂面のまま、ツバメは肩をすくめる。


「早急すぎやしませんか? ホテル内ここで放送してたのかよ」

「話をする前に逃げられると困るからね」

「くっそ眩しい昼行燈だな」

「なんとでも」


 ツバメと、アンドゥも一緒に部屋を出ていく。ドアが閉まると、なんだか力が抜けてしまった。飛燕に運ばれるようにしてベッドに腰を下ろす。柔らかく沈み込む感覚に、どうしてか泣けてきた。


「……っ! 紫陽様……」


 動揺した飛燕に、立ち上がった冨士君の気配も感じた。


「ごめん……大丈夫。私も、なんの涙か……わかんない」


 そっと、飛燕が胸を貸してくれる。


「冨士様。紫陽様が落ち着かれるまで、少し……」

「……そうだな」


 冨士君は飛燕の傍で膝をつくと、飛燕の腕の中にいる私に向かって続けた。


「紫陽。俺はしばらくこのまま崋山院にいる。レースには参加するつもりはないが、手を抜くつもりもない。もし、紫陽が崋山院の名前を必要とするなら……できることはある、と、覚えておけ」


 冨士君は立ち上がると、飛燕の肩をぽんと叩いたようだった。


「今は頭に入らないかもしれないから、落ち着いて聞かれたら教えてやってくれ」

「……わかりました」


 声にも複雑さを滲ませて、飛燕は答える。

 冨士君が出ていって静かになると、涙は堰を切ったように流れ続けたのだった。





 しばらく世界が暗転して、はっと気づくと自分でもだいぶ落ち着いたのがわかった。飛燕は相変わらず軽く抱き締めていてくれていたけど、ずっと中腰だったと気が付いて申し訳なくなった。アンドロイドだから、大丈夫と言えば大丈夫なんだけど。


「飛燕。ありがとう。もう大丈夫」


 ゆっくりと離れた飛燕を見上げて、口をへの字に曲げてやった。


「安藤のバカ」

「……申し訳ございません」


 ふっと笑って、まだ目尻に残った涙をそっと拭われた。


「タオルを濡らしてきましょうか」

「いらない。座って」


 向かい側の、使われていなくて綺麗なままのもう一つのベッドに飛燕は素直に腰を下ろした。


「私、安藤紫陽になるの?」

「そうですね」

「安藤と結婚したみたい。それなら、最初からそうすればよかった」

「光栄です。名前は……別のものも提案したのですが……」

「うん。父さんて、そういうとこあるよね。それで、何がどうなってこういうことになったの?」


 飛燕安藤は溜息をひとつついてから、背筋を伸ばした。


「元をたどれば、天野様との顔合わせの時です。あちらの付き添いの方を調べていた紫苑様が、ちょっと用心しよう、と」

「そんなに前から?」

「相馬は、揚羽様の件で最後まで絡んできた一族の名前で……まあ、心証が悪いんです。ただ、顔合わせでもおとなしかったですし、あれきり顔も見ませんでしたから。天野様親子は、よく言えば普通で、だから、小さな違和感を見過ごしてしまったんでしょう」

「何に緊張してたのかってこと?」


 飛燕は頷いた。


「用心はしてたんです。だから、報道が出た時もすぐ動けた。ただ、目的がどこなのかはっきりしなかった。星なのか、紫陽さんなのか、揚羽様なのか。二重の予防線として冨士様を使って、天野様側の情報も集めようとしていました。あちらも電子での痕跡は極力残らないよう動いていたので……天野様の次の移動先が掴めず、それならいっそ炙り出してやろうと、カフェで会うことをリークさせたのです。言っておきますが、冨士様は反対されてましたよ?」

「どうして冨士君だったの? 天野さんと仲がいいというだけじゃ、協力してくれるかわからないじゃない」


 飛燕はちょっと困った顔をした。


「それは……私の口からお話しすると、ちょっと角が立つ気がします……紫陽さんは、飛び石のところで水に落ちた時のことを全部思い出したわけではないのでしょう?」

「え? それが何か関係あるの?」

「多少は……」


 余計気になって、一生懸命思い出そうとしたのだけれど、結局何も思い出せなかった。




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