65.激震

『取り急ぎのこととなりましたので、合同会社からの再出発ということになります。ゆくゆくは株式会社に出世していけたらいいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。さて、もういくつかお知らせがあるのですが、まず、皆さんをお騒がせした件も含めました私からの報告をお聴きいただきたく存じます』


 父さんが少し息をついたタイミングでツバメの端末が鳴った。

 画面を見て顔をしかめながら耳に当てる。


「俺は知らねぇ」


 一言でぶつ切りして、電源も落してしまった。そのまま冷たい目でアンドゥを見下ろしている。

 ハッと、私もアンドゥを見た。安藤は、どこまで知ってたの?

 二つの視線に気づかないように、アンドゥは毛づくろいなんてしている。飛燕を仰ぎ見てみても、父さんならそこは共有させないだろうと思えた。

 ざわついた気持ちのまま、父さんの話の続きに耳を傾ける。

 偶然の出会いと、交流の話。実体験を交えた軋轢の話。その上で、婚約には至っていないこと、マスコミの対応にも皮肉を付け加えていく。


『――と、少し脱線してしまいましたが、つまり、このままでは私たちがしてきた苦労を娘の代にまでさせることとなる。それはどうだろうと。私の見た範囲では、若い人たちの中には垣根を越えたい人もずいぶんいるように見受けられる。そういう人たちが安心して働ける場所を提供できれば、一番なのかな、と。ですので――』


 いつものように飄々としていた父さんが、すっと表情を引き締めてカメラを見据えた。


『崋山院の名は置いて行こうと思います。かといって、妻の旧姓を名乗る気もありません。どちらとも新しい関係を築くために、また、父母の名に甘えないためにも。いろいろ考えたのですが、あまりいい名前は浮かばなかったので、母の秘書をしていた者の名を借りることにしました。『安藤』といいます。『昼行燈ひるあんどん』などと揶揄されることもある私には、語呂的にもいいかもしれませんね。なお、懇意にしてくださっている所にはお声がけさせていただいておりますが、まだまだ人材が足りません。我こそは、という企業様、個人様も張り切ってご連絡ください』


 画面の下の方にURLと読み取りコードがでる。最後に茶目っ気たっぷりに宣伝して父さんは笑った。

 ……私は笑えない。


「……『安藤』? 揚羽さんはどうするの?」

「揚羽様も、ご了承のようです……それから、ああ言ってますが、結構な数の企業に声をかけているようです。担当企業全部とはいかないでしょうが、崋山院には痛い数引き抜く気ですね。久我側の企業にも……」


 飛燕はちらりと冨士君を見た。


「『天龍社』にも、声をかけているようです」

「……久我からの離反は多くないだろうが、それでも紫苑さんならいくつか引っ張っていくだろう。基本、崋山院や久我にちょっと反発を感じている人たちを繋いでたんだ。世間が思うよりは、多い数集まると思う……」


 映像から目を離さない冨士君が言う。その淡々とした様子は、私たちのように今事態を知ったものとは違う。


「……冨士君、いつから……? って、いうか、ずっと、父さんの? どうして?」

「俺のことはいいから。まだ終わってない」


 全然よくなんかないけど、確かにまだ映像は続いてる。

 久我はもちろん、父さんのことだから、崋山院にも寝耳に水のはずだ。今頃、私の時の倍以上はパニックになっているんじゃないだろうか。ツバメにかけてきたのは、きっと横山さんだ。

 ちょっと可哀想に思いながら、『報復』という二文字を思い出してドキドキしてきた。まさか、ね?


『ちょっと、個人的な話をさせていただこう』


 水を口に含んでから、父さんは少し座り直した。一人で撮っているのだろう。誰からの質問も、端末の鳴る音もない。誰にも邪魔されないためには、それが一番だ。

 報道は中継を切ることも出来るはずだけど、多分、そんなことはしない。


『娘は今年晴れて成人したとはいえ、まだ学生だ。それが、母からの星の贈与でずいぶん振り回されている。私としては、母の思い出をそのまま留めたい気もあるのだが……それによって娘の将来が捻じ曲げられるのはいただけない。私が崋山院を離れることで騒動が収まってくれるのならいいのだが、過去を鑑みても、おそらく、そうはいかないだろう。そこで……少し調べたんだが』


 父さんが手元のパソコンの画面をカメラに向けた。カメラは少しズームして、「権利書」の文字が読み取れる。画面を戻すと、一息ついた。


「え……?」

『どうやら、複雑な手続きがなくとも、ある人には星を譲れるらしい』

「嘘……」


 聞こえないと解っているのに、私は立ち上がって父さんに抗議した。


『娘が権利を手放したら、星を管理してくれている人間に全権が渡る。母の遺言はまだ有効のようだ』


 ツバメを見る。ツバメも、壁に預けていた身体を離して私を見た。


『ここに、彼女の指紋データもある』


 見覚えのある小さな器具に、私は声もなく冨士君に視線を移す。

 呆然としていた彼は、気付いて小さく頭を振った。


「そう使うとは……」

「嘘……やめて? やめてよ……! 飛燕……安藤!!」


 思わず叫んで、でも、どうにもならなかった。

 それは、つまり安藤も、そうするのがいいと判断したということだ。

 パソコンに繋がれた器具と数回の指先の動き、それだけだった。


『これで、うちの娘は崋山院とも縁がなくなり、星の持ち主でもなくなった。くだらない名前のやり取りに使われることのないことを願います』


 『受理されました』の文字の浮かぶ画面をもう一度カメラに見せつけて、父さんはその向こうで一瞬だけ申し訳なさそうな顔をした。すぐにキリリとした表情に戻ると、「最後に」と付け加える。


『新しい星のオーナーとは、早急に話し合いたい。お互いのためにも』


 画面の向こうから、明らかにツバメを真直ぐ見つめて一礼したあと、映像はスタジオに戻ったのだった。




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